洋上の合流
ラ国往復船はただ一隻でだんだんと薄暗くなる海を進んで行く。
前後左右共に陸地や戦艦光源率いる艦隊はもう見えない。
この船の武装は申し訳程度に12cm砲が前後に一基ずつ設置されている。
つまり、仮装巡洋艦ないし輸送船として使おうとしていた名残である。
方は船橋で舵を握りながら船長も兼任していた。
そもそも、船橋には方とモワの二人しかいなかった。
他は部屋で休むか、機関室を動かしていたり、見張りをしている。
「ねぇねぇ」
二人しかいない船橋ではモワは甘えるような口調で方に話し掛けていた。
「何だ。ねぇねぇねぇねぇ言いやがって」
「お菓子頂戴?」
「ハロウィンにはまだ遠いいぞ」
そんな雑談をしていたら、気が付けば辺りは暗くなり、暗い海には本船がただ一隻、暗室の中に灯るろうそくのように揺らいでいた。
ボーーー。ボーーー。
船首左舷側に一隻の艦が警笛を立て続けに鳴らしながら接近して来る。
甲板で見張りをしていた中立騎士団達は気になってアリのように左舷に集まった。
すると口々に歓声を上げた。
方は気になって双眼鏡でその艦の艦首に上がっている旗を見る。
そこにはラ国海軍旗がハラハラと夜風に揉まれながらはためいていた。
巡洋艦広丙である。
広丙は「貴船は何者なりか」と発光信号で伝えてくる。
方は小型探照灯片手に露天船橋に上がり探照灯をカチカチと照らす。
広丙は発光信号の意味が伝わったようで速力を落としてラ国往復船の左舷につく。
ラ国往復船も速力を落として“こういう事”に慣れた人なら広丙に飛び移れるようになった。
方はたまたま広丙が来た事を報告しに来たカーロに一言も言わせずに船長と舵を任せて自身はモワと一緒に広丙に文字通り飛び移る。
甲板では方が飛び移る姿に歓声が上がった。
そして二隻は並走しながらお互いに大声で情報交換を行う。
ラ国往復船の船長にはカーロが任命され、巡洋艦広丙には方とモワ、トンがいる。
方がラ国往復船から広丙に飛び移った時、いつもなら出迎えてくれるはずのトンはそこにはいなかった。
「すまんモワ。少し待っていてくれ」
方はそう言って一人で広丙の露天艦橋へと行く。
露天艦橋にはトン以外誰もいなかった。
トンは方が来ると敬礼しながら方へと向いた。
もうそこには何も知らなかった頃のトンはいなかった。
彼は痩せた腕で方の片手を無理矢理握る。
「…暖かいですね」
ボソッと手を握りながら言う。
「読んだか。あの手紙」
トンはコクリと頷いて悲しげな顔をする。
「方元帥。あなたの事ならあそこに嘘は書きませんよね?」
「…書かないな」
「そうですか。それで、そんなに遠慮して、らしくないじゃないですか。いつもみたいにドカッと構えてくださいよ!!」
トンは手を強く握りながら強気の口調で言う。
方はしばらく目を点にしていたが、すぐに口元がニヤリとした。
その顔はいつもトン達が見ている顔であったが、まるで子供が泣くのを我慢しながら笑っているように見える。
「六時の方向より艦船あり。識別不明!」
艦後部から響く見張員の声でトンと方は手を離して一斉に振り向く。
その艦は艦橋のみ明かりを灯し、それ以外は無灯火だった。
しかも、その艦は速かった。
「ワ国からの追っ手か!?」
広丙の乗組員達は頭にその考えがよぎる。
身体は自然と動き、戦闘配置につく。
いつでも砲撃出来るように。
しかし、その指示はいつまで立っても出ない。それどころか、戦闘配置を解くように指示が出た。
その艦はだんだんと暗闇のカーテンを払いながら近付き、全容をあらわにする。
方はその艦を見て思わず叫んだ。
「駆逐艦秋雲!!」
トンも駆逐艦秋雲は見たことあったし、なんなら乗組員全員がこの艦を見た事がある。
駆逐艦秋雲は広丙に近付くと次第に減速し、左横に並ぶ頃にはほとんど同じ速度になっていた。
横並びになった時にどうしても広丙の全長が105mでありおよそ118mの駆逐艦秋雲は巡洋艦にうつる。
方はトンにお願いして、艦橋付属の探照灯で発光信号を送る。
その間に方はこっそりなぜかトンのベルトに細い糸でぶら下がっていた紫色に輝く小石を取る。
その小石をしばらく片手でクルクル回していたが、ヒュッと軽く後ろに投げ、遠くへやった。
その小石は、シュテルベンが入れた物だった。
トンが発光信号で送った内容は「貴殿は何者か?」である。すると駆逐艦秋雲は艦橋の中から「方の知り合いである」と送り返す。
トンは確認のために振り返って方の表情を伺う。
方は首を縦に振った。
「了解した」
それ以降、特にやりとりも無く、三隻は並走しながらラ国ナトウェール湾を目指す。
月が斜め上で輝いている午後九時頃、広丙の乗組員は無言で戦闘配置につき、雲一つない真っ暗な空を睨んでいた。
事の発端はほんの少し前、駆逐艦秋雲の電探が九時の方向に謎の影を捉えたのだ。
その影は迷い無くこちらに向かってきているのだ。
三隻は左から駆逐艦秋雲、巡洋艦広丙、ラ国往復船の順に横並びで航行し、万が一に備えて戦闘配置についていた。
だが、駆逐艦秋雲は三石と坂井の二人しかいないため、回避に全力を尽くすしかないのだ。
そのため二人はジッと電探から送られてくる情報を見つめる。
坂井は苦い顔をしながら「やっと脱獄したのに、ラ国と同じで艦と闘うまでが一セットなのかな…」と漏らす。
三石もコクリと同調するように頷く。
実は三石達は大日帝国第一航空戦隊によって第二臨時戦時軍港に連れて行かれた後、牢屋に閉じ込められていたのだ。
その間、駆逐艦秋雲は兵装や機関が軍事におけるオーパーツとして壊さない解体しないギリギリで、徹底的に研究されていた。
もちろん三石達はこの状況に嫌気が差し、脱獄を決意。
ちょうどそこに主人公補正を超越した差し出し物、王水とワ国特別任務遂行隊が使っている毒ガスマスクが匿名で舞い込み、牢屋の鍵穴に王水を流し込んで脱獄。
それが二日前の出来事だった。
「結局、脱獄の時の物の差し出し人って誰でしょうね?」
坂井がそう言うと三石はフッと笑いながら「考えるまでもねぇ。雲神だろ」と答えた。
確かにここに雲神の姿は無い。
彼女は第二臨時戦時軍港に拘束される前に「人探し」とだけ言ってフッと消えていた。
「あの時言っていた“人探し”はいつ頃終わるんかな」
「少なくともこんなに時間がかかるんだろうな」
二人は少し煽るような口調で言った。
まだ謎の艦影とは距離がある。
すると階段を駆け上がるような音が狭い艦橋にカンカンと響く。
そして、艦橋の扉を勢い良く開けて雲神が出て来た。
「失礼じゃな。神はすぐに人探しを終えるものじゃ!!」
雲神はそう叫ぶ。
三石と坂井はクスリと笑うも、そこに安堵の笑いも含まれていた。
「それで、探している人は見つかったか?」
三石がそう聞くと、雲神は「探し物は時間をかければ見つかるのじゃ。…たまにな」と答える。
「…一応見つかったんだな」
「まぁ、のう。もうすぐそこにいるぞ」
三石と坂井は艦橋をキョロキョロと見回したが、特にそれらしい姿も無ければ影も無い。
三石達は暗い疑いの目を雲神に向けるが、雲神は目をキラキラさせながら曇り一つ無い清々しいドヤ顔をしている。
「どこにいるんですか?」と聞きたいが、雲神の顔を見る限り、なんというか、聞きにくい。
三石はお茶を濁すように「へぇ~」と言う。
するとドヤ顔はそのままで、「今に分かる」と力強く言った。
それと同時に電探に大量の飛来物の影が写る。
そして、その飛来物は音速を超えていた。
「ミサイル…なのか」
坂井は電探を見ながらそう溢す。
「そうじゃのう」
坂井は電探から目を離して雲神を見つめる。
彼女はまだドヤ顔をしながら余裕そうに仁王立ちをしていた。
「何か策でもあるのか?」
「フッ。有るぞ。今に見ておれ」
雲神は片手を天に上げてパチンと指を鳴らした。
それに呼応するかのように駆逐艦秋雲の全兵装が勝手に左舷へ向き、暗い空へその主砲を、機銃を向ける。
そして、艦橋の中が一瞬、昼間のように明るくなった。
主砲が一斉に火を噴いたのだ。
暗い空に小さな花火が六発上がった。その花火は周りの飛来してきたミサイルを引火させ、さらなる大花火を暗い夜空に咲かせた。
炎はしばらく空で燃え続け、闇に吸い込まれるかのように消えていった。
「始まりの合図ですかね」
トンは大花火の上がった場所を眺めながら言う。
「そうだな」
彼らは相変わらず露天艦橋で戦うつもりであった。
海で冷やされた冷たい風がそんな彼らを追い出すように激しく吹く。
耳も痛ければ、手も痛い。それでも彼らは露天艦橋にとどまる。
「そうだ。方大臣。これが終わったらお願いが」
「何だ?」
「いつぞや言っていた休暇、今度こそ出して下さい」
「そういえばまだだったな。無事にナトウェール湾に帰投出来たら休暇だな」
「それと、あの方は?」
そう言ってトンが見つめる先にはモワがいた。
モワは無言で主砲を操作している砲手達を興味深そうに見つめていた。
その見つめられている砲手達の顔は夕日のように真っ赤である。
「あぁ、彼女か。何かついてきた」
「全く。広丙は関係者以外立ち入り禁止です。…まぁ、最近まで甲板一帯が子供の遊び場でしたが」
駆逐艦秋雲は主砲の装填音が機関の音と共に静かな艦橋にこだまする。
「どうやって、動かしたんだ」
坂井はそう溢して辺りを見回す。
ーーーこんな芸当が出来るのは秋雲しかいない…!!
しかし、いくら艦橋を見回しても本人はここにいない。
不安な、何とも言えない気持ちで雲神を見つめると、彼女は床を人差し指でピンと指していた。
その指がさす方向を見ると、一本の黒焦げの枝がポツンと床に転がっていた。
「…もしかして、秋雲が使っていたあの棒?」
坂井はそう言ってこの炭化した棒切れをヒョイッと持ち上げる。
棒はパラパラと灰を散らし、ついには先端部分がポキリと簡単に折れてしまった。
折れた断面を覗くと、まだ中心は焦げていないが、周りは真っ黒である。
「誰か生きてるか、コレ」
「うむ。生きとるぞ。ずっとテレパシー未満のもので会話しているがな」
坂井はアルメリアの異次元の生命力に絶句しつつも、中に誰がいるのか、気になっていた。
言われずとも誰がいるか分かっているのに。
「秋雲が、中にいるのか?」
三石は坂井の疑問を言葉にしたような質問を雲神にする。
「そうじゃ」
今、もう一度、冷静に考えれば良かったのかも知れない。
だが、この世界は極端に人間の思考を、記憶力を、曇らせる。
それはいくら抵抗しても、レーベンですら無駄であった。
そんな曇った思考の中、行動で抵抗する者がいた。
駆逐艦秋雲への攻撃後。やかぜ艦橋。
「全部防がれちゃったね」
ドラはそう言いながら椅子に座り、身体を左右に揺らす。
「全部計画通り。どうせ今はあいつら無敵だからね。だから、私達は時間稼ぎで十分」
シュテルベンはまだまだ余裕な素振りで炭酸水を飲み始めた。
やかぜは波をスルスルと切り裂きながら駆逐艦秋雲へと接近する。
圧倒的な技術力の差が、今、三石達に牙を向ける。




