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脱出

ーーーワ国中核研究所事件前夜。レアメタル作戦から数時間後。

 午後八時半頃、ラ国巡洋艦広丙会議室。


 この日の会議室は陸海交通防衛隊のトップはもちろん大臣や名のある政治家そして国王もおり、部屋はすし詰め状態であった。

 国王は会議室の椅子に座りシンとする部屋に声を響かせる。

 「皆のもの。現状我が国は中立騎士団団長カーロ並びに海上交通防衛隊大臣方が行方不明である。さて皆に聞きたいのだが、彼らを救出するべきか否か?」

 全員は何も言わずに下を向くだけだった。


 本来なら国の機密情報を持っているため早急に救出に行かねばならないだろう。だが、間違え無くワ国の特別任務遂行隊が出張ってくる。彼らと戦闘を行うにはこちらも相応の犠牲を覚悟せねばならない。

 そもそも、ラ国交通防衛隊には上陸戦の技術も無ければ考えも無い。

 つまり全く上陸戦がどういったものなのか分からないのだ。

 一応クロイ戦争で薄々知見はある。

 だが世界有数の軍事大国に見様見真似の作戦が成功するとは思えない。


 会議室は異様に静かだった。

 扉の外で警備していた兵士達も何の物音も聞こえないため顔を青ざめて扉に耳をつける。


 静かになって五分後、ついに外政を司る大臣が口を開いた。

 「助けに行くのは非常にリスクが伴うため、止めたほうがいいと思われます。それに彼らも軍人です。生き恥を晒すような行為はしないかと」

 財政を司る大臣も首を縦に振る。

 しかしこれに反対するように内政を司る大臣が「彼を助けに行ったほうがいい」と叫んだ。

 ここから議論は平行線を辿った。

 救出派と反救出派はほぼ同数であり、国王は無言不介入を貫く。

 一方、トンは方大臣の代理として出席していたが、彼は立場を明確にせずに石像のように黙り込んでいた。

 やはりどうしても方から貰った手紙の内容が思考の足かせになる。


 「言わないの、自分の主張?」

 トンの耳元でシュテルベンの囁き声がした。

 もちろんトンはシュテルベンの事など微塵も知らない。

 トンは声のするほうへ視線を向けた。そこには影絵のように真っ黒な人影が立っていた。

 トンは続けて目線だけで周りを見渡したが、誰もこの真っ黒な人影に気付いている人はいない。

 いや、見えている人はいない。

 「誰だ貴様は」

 「方の古い古い太古の友人だよ〜」

 彼女の口調は親しみやすい感じであったが、トンは険しい顔をして彼女の話をまるで悪魔の囁きだと聞く耳すら持たない。

 「ねぇねぇ」

 その後、いくら話し掛けても無反応のトンにシュテルベンは真っ黒なスタイルでも何となく唇を尖らせている様子が見えた。

 「本当にコミュニケーション出来ないね。権力者は」

 シュテルベンは呆れたようにそう言う。

 これにトンは何となく苛ついた。

 「何だと?」

 影絵だが、それでも分かる。

 真っ黒な顔にある白い口が弓の弦のように割れた。彼女は悪者のようにニッコリ笑う。

 「自覚はあるんでしょ?話し合わないといけない」

 「ぐぅ…」

 トンは低い唸り声を上げて苦い顔をする。

 「だったらさ、会いに行けば?」

 子供に言い聞かせるように優しく言う。

 それと同時にこっそりと明らかに怪しい紫色の光を放つ小石をトンのポケットに入れた。


 トンはしばらく静かに考えていたが、小石を入れられて間もなく、「そうだな」と言った。

 そして、トンは会議に救出派として積極的に参加した。

 これには思わず周りは驚いた。

 トンを無理矢理大臣代理として連れ出した陸上交通防衛隊大臣も開いた口が塞がらなかった。


 トンは反対派を瞬く間に丸め込んだ。

 もちろん反対派は一言二言反論はしたが、結局のところ、「艦隊を指揮するのは私だ」とトンの辞職も辞さない覚悟に容易く押し返された。

 こうして、方の救出作戦は決定された。

 出撃艦は巡洋艦広丙ただ一隻である。

 一応、フィランチ連邦が後続で巡洋艦一隻と駆逐艦二隻を派遣してくれるそうだ。


 一方、ナトウェール湾から北東に約五十海里地点。のかぜ型護衛艦弐番艦やかぜ艦橋。


 「アッハハハハ」

 シュテルベンは艦橋のど真ん中にある赤い席から突然立ち上がり、大声で笑う。

 ドラは全身がブルリと揺れ、外の景色を呑気に眺めるのに使っていた双眼鏡から手を離す。


 およそ三時間前、午後五時十分同地点。

 サトウキビ防衛戦以来、シュテルベン達はやかぜと共に長らく海を揺れ動いていた。

 やかぜの他に試験艦竹空など、防衛戦以来行方不明になっていた艦艇がやかぜを中心に円陣を組んで機関を停止していた。

 ちなみに、試験艦竹がサトウキビを吹き飛ばしたのは“やかぜ”がレーダーで捉えていたが、どうしても憶測の域を超えず、他の艦艇には知らせていなかった。


 “やかぜ”は試験艦竹空以下数隻に十劉湾に即刻帰還を命じる。

 ドラはシュテルベンのこの判断に反対だった。

 「何で食料満載しているのに帰らせたの?」

 「いや〜。そろそろ私達も動こうかなって」

 「動くったて何をするの?いつもは用意周到なのに最近は食って寝ての生活してたじゃん。何の用意も無いよ?」

 「今からでも遅くないと世間は言う」

 「は?」

 シュテルベンは赤い席にどっかりと身を置き、艦長帽子で顔を覆う。

 「周りの警戒しといてね」

 そう言ってから間もなく帽子の中からシュテルベンの寝息がスースーと聞こえてきた。

 ドラは呆れながらも双眼鏡片手に辺りを見回す。


 そして、現在、午後八時五十分。

 シュテルベンはアハハハハと笑いながら起き上がった。

 「どうしたの?」

 ドラはシュテルベンの表情を伺うように恐る恐る聞く。

 するとシュテルベンは上機嫌なようで高い声で「さっさと機関動かして」と言った。

 唐突な事は今に始まった事ではない。

 ドラは艦橋から遠隔で機関を始動させる。

 煙突からはうっすらと灰色の煙が立ち上り、艦が振動する。

 「どこ行くの?」

 「北に向けて行く。敵艦は巡洋艦広丙並びに駆逐艦秋雲だよ」

 やかぜは暗い暗い海に白い波を立てて決戦の場所へ向かう。



ーーー現在。ワ国中核研究所地下三階。

 レアメタル作戦の要とも言われた箱の中にあったスイッチはすでに押された。

 「我が世界の勝利だ!!」

 その押されたスイッチの近くではアサガオが大声を上げて喜んでいた。

 バスはもちろん、他の特別任務遂行隊も彼の様子には怖気づく。

 その後しばらくアサガオの不気味な笑い声のみが響いていたが、バスが「貴様ら!!」と叫び、笑い声はかき消された。

 バスが銃口を向けた先はモワ達を邪魔した二人と四班班長が座り込んでいる。

 「バス班長!!」

 何人かがバスの両腕を抑えようとするも、パッパと振り払われて意味が無い。

 まさに彼らに鉄槌が下されようとしていた。

 そこに割り込むように機銃音が部屋に響いたそれと同時に壁とほぼ変わらない姿の扉が空から降ってくる。

 全員は何だと思い音のした方向を見た。

 そこには敵との戦闘中、行方不明になっていた特別任務遂行隊隊員達の他にも見慣れない服装の兵士達がいた。

 見慣れない服装、しかし方はよく彼らの服装を見ていたし、知っている。

 ラ国中立騎士団の服装だ。

 方はすぐに身構える。

ーーー万が一、特別任務遂行隊と中立騎士団が対立したら。

 だが、方の心配は杞憂であった。

 「おおこれが特別任務遂行隊の力ですか」

 「おうよ。中立騎士団の皆さま方も十二分に素晴らしかったですね」

 それぞれの隊員、団員はとても仲が良い雰囲気でお互いを褒め称え合いながらドアの外れた穴からぞろぞろと出て来る。

 その中には中立騎士団団長カーロもいた。

 カーロは方を見るなり一直線に方へと向かう。

 「方元帥!!」

 「カーロ団長、大丈夫か?」

 「はい。髪を多少切られた程度です」


 カーロに連れられて他の中立騎士団の人達も方へ集まる。

 一方の特別任務遂行隊もバスの周りに集まった。


 「バス様。特別任務遂行隊、全員無事です!!」

 「そうか。それにしても本当に大丈夫だったのか?」

 「はい。あの敵に気絶させられた後、なぜか排気ダクトに放り投げられましてね。それで排気ダクトを朦朧とした意識の中で進んだらあの中立騎士団が軟禁されている部屋に到着しました。その後は共同で脱出しました」

 「なるほど…」

 バスはなぜここに中立騎士団がいるのかは分からなかったが、多分方を守って一緒に捕まったのだろうと考えていた。

 バスが考えている間、助けられた隊員達は部屋の隅で二人の特別任務遂行隊に歩兵銃を向けられながら両手を上げている三人を興味深そうに見ていた。

 その三人の中には四班班長もいる。


 「あいつらどうしたんだ?」

 一人の助けられた隊員が元からいた隊員に小声でこっそりと聞く。

 するともう一人の隊員も小声で「命令違反でああなってる」と返す。


 方達には時間が無かった。

 あのスイッチを押して何が起こるかはイマイチ分からない。

 方はガラスケースの中から救い出した金髪の少年を抱えて階段を上がる。

 その後ろにモワ達やカーロ達も続く。


 その様子を見たバスは反逆者三人と声の枯れたアサガオををさっさと縛り上げて階段を上る。


 先に階段を上がり、一階についた方達は外の光景を見て悲しげに手を上げた。

 中核研究所の扉を出た先には中世の騎士のような兜を被り、それ以外は革製の服やズボンを着たモダが彼らの前で仁王立ちしていたのだ。

 そのモダの左右には翼のように広がった第九特別任務遂行小隊が銃を構えもせずに突っ立っている。

 「方閣下」

 モダは兜を外さずに叫ぶ。

 「手を上げなくとも大丈夫です。我々は女王の命令を遂行するだけですから」

 そう言って懐から一枚の紙を取り出す。

 そしてその紙を見ながらモダは話し始める。

 「元海軍大将、方とそれに従う者達へ。我々は貴殿らがワ国から無事脱出出来るように最善を尽くします」


 モワ達はポカンとしながらモダの話を聞いていた。

ーーー何か、助かるのかな?

 目の前には特別任務遂行隊を送り届けた軍用車や装甲車が続々と並ぶ。

 それらの車は「どうぞ。お入りください」と言わんばかりに扉が開いている。

 しかし中立騎士団やモワ達はしばらくは警戒して入ろうとしなかった。

 そこにレーベンが「疲れた〜」と言いながら車に入る。そして車の中でどっかりと横になる。

 全員は顔を見合わせてから一人また一人と車に乗る。

 最終的には場所の取り合いになり、次々と車に殺到した。

 そんな中、モダは方を捕まえて革製の手提げバッグを渡す。

 「方閣下。この中にワクチンが入っています」

 「ワクチン?」

 「はい。…ラ国内戦時に私のほうでも機関銃の弾を非殺傷性九一式6mm化学弾を魔族等にも打ちました。…その、打ち込んだのですが、部下が彼らにも怪我を負わせてしまって、あの車にお金があります。それを賠償金として渡してください」

 モダが指差す先には一台の車があった。

 方はワクチンの入ったバッグと少年を抱えてその車の運転席に乗る。

 助手席には少年とバッグを置く。

 車はボンボンとエンジンを吹き、いつでも発車出来るようになった。


 「モダ!!」

 そう呼びかけるのはバスだった。

 中立騎士団が車に乗り始めたと同時にバス達特別任務遂行隊も中核研究所から出て来た。

 「何だ?」

 「アサガオと反逆者はどこに入れとけばいい?」

 「…反逆者?とりあえず、予定通りそこの装甲車の中に監禁しておけ」

 バスは手で部下にジェスチャーを送り、部下達はアサガオ達をその装甲車に監禁する。


 モダとバスはエンジンを元気に吹かす方の車を見ながらぎこちないながらも話し合った。

 「本当にこれが女王の命令なのか?」

 「紛れもなく女王の命令だ」

 「そうか。俺達、降格だな」

 「バス特別任務遂行中佐はそうだが、私はクビだな」

 「災難だな」

 「女王のワガママは今に始まった事ではないだろ?慣れたわ」

 「お前凄いな。…もしかすると、今では些細な事なのか?」

 「…かも知れないな。レアメタル作戦のスイッチは押されたのだろ?もうヒルノフエと全世界の“相互確証破壊”は崩れた。今は彼ら(異世界の人間)の機嫌取りに回らねばな」

 「それで、モダ殿。次の命令は?」

 「そうだな。彼らを安全に護送しろ」


ーーーいつになったら出発するんだ?

 方はそう思いながらアクセルに足を乗せていた。

 方の車以外、運転席には特別任務遂行隊隊員がおり、方はそれらの車について行かねばならなかった。

 しかし、その車達は一歩も動こうとしない。

 すると、方の車の前をバスが走り抜けて行った。

 バスは一番先頭の装甲車に乗る。

 それからすぐに車達は動き出した。

 方はその車達の最後尾を走る。


 この一見危うそうな車の長蛇の列は特に問題も起きずに午後四時半にナトウェール湾に到着した。

 ナトウェール湾には長らく行方知れずだった試験艦竹空と他の艦艇そして何よりも試験艦竹が湾内に停泊している。


 ナトウェール湾に到着した車から順に中立騎士団団員が降りていき、特別任務遂行隊の隊員に従って街中を歩いて行く。

 街は依然として外出禁止令が出ており、憲兵と警察しか街にいない。


 閑散とした大通りを歩く彼らは今のこの街からしたら異様な光景である。

 もちろん憲兵や警察は彼らをジロジロと見る。ましてやその団体の中にラ国の中立騎士団も居るとなると更に注目を集めた。


 彼らは桟橋に止められているラ国往復船(排水量4200トン、全長103m)に乗り込む。

 方も少年を背負いながら手提げバッグを持つ。

 そしてバスの力を借りながら賠償金の入った箱を船に下ろした。


 すると言うまでもないとはいかないものの、当然とも言うべき事が起きた。

 十劉湾警備府司令長官が来たのだ。

 警備府司令長官に今回の件は全く知らされていなかったからだ。

 「君達、一体何をやっているのだ!!」

 警備府司令長官は大声を上げて船に燃料を積み込む中立騎士団を睨む。

 バスはため息をつきながらもその間に入る。

 「司令長官殿。無申請な事、ここでお詫び申し上げます。ですが、今は一刻を争うものでして」

 「あっ、そう…です…か」

 警備府司令長官は丸い汗をかきながら目を左右に忙しなく動かす。

 特別任務遂行隊、特に66v確保作戦の生き残りは軍内部ではかなり()()()存在であり、畏敬の念があった。

 警備府司令長官はその後は特に何も言わず二、三度頭をペコペコと下げて警備府へと帰って行く。


 こうして何とか無事に船は出港準備万端になった。

 方は最後に桟橋でバスとこの後について話し合っていた。具体的には今後のラ国と女王との関係についてだが、両者共に実際のところは個人的会談であって、憶測と要望が多分に入っているためすぐに忘れてしまった。


 方は船に乗る直前、バスに「クラッキによろしく」と言って船に乗った。

 「そうですか…」

 バスは方が船に乗ったのを最後まで確認するとフウとため息をついて街の方向を見つめる。

 すると、家の影から一人の海軍軍人がスッと表れ、桟橋へ向かう。

 本来なら白い服装に所々石炭や機関室の炭や黒が入っており、少し汚い印象を受ける。それでも肩章は大将を表す物である。

 「クラッキ大将。別に盗み聞きしなくとも直接来れば良かったじゃないですか」

 「あいにく恥ずかしがり屋でな」

 クラッキは方の乗る船を見上げながら名残惜しそうに言った。


 先ほどまでいつも通り街中を散歩していたが、あたふたと慌てながら警備府へ帰る司令長官が気になり事情を聞いた所、バスがいるようで、クラッキはバスに挨拶する為に来たが、方が桟橋におり咄嗟に身を隠していたのだ。


 「アサガオの逮捕はどうした?」

 クラッキは藪から棒にそう聞いた。

 バスは焦った。

 本来、中核研究所への襲撃は陸軍の上層部しか知らず、海軍など知る由もないからだ。

 「…アサガオは捕らえたのですが、スイッチの奪還に失敗し、アサガオの計画通りのレアメタル作戦が発動しました」

 「そうか。今回の作戦の指揮官は?」

 「モダです」

 するとクラッキは顎に手を当ててうーんと唸り始める。

 「階級が、低過ぎるな。またモダ家で入れ替わりが起きたのか」

 「恐らく、そうだと思います」

 「やっぱりあそこの貴族は怖いな」

 モダ一族はワ国でも名のある名家であり、特に医学や科学で成果を上げていた。

 一見そこの家は貴族としては普通、に見えるが、たまに兄弟同士で入れ替わりが起こる。らしい。

 クラッキも一応貴族の家系であり、モダ家とは繋がりがあった。


 二人はしばらく根も葉もないモダ家に関する噂話をしていた。

 すると、ラ国往復船はブオオオンとシンとしていた湾内に象の叫び声のような警笛を鳴らす。

 そしてゆっくりとその船体を桟橋から離し、だんだんと湾口目掛けて進んで行く。

 「クラッキ大将、追いかけなくていいのですか?」

 「海軍軍人たる者、艦の行動で示せ。か」

 クラッキはバスに親指をピンと立てた後、走って停泊中の印沼級戦艦三番艦光源へと向かう。

 光源はちょうど定期対空警戒の為に機関を動かしていた。

 そこにクラッキは乗り込んで来たのだ。

 「どうしましたかクラッキ大将!?」

 年季を感じるヒゲを伸ばした老練の光源艦長は息を切らしながら入り込んできたクラッキを心配そうに見つめる。

 「今すぐに出撃出来るか?」

 「はい。ちょうど出ようと思っていたところで」

 「そうか。私も一緒に連れて行ってくれ。それと湾内にいる間はあそこのラ国往復船を護衛してやれ」

 「了解しました」

 光源は煙突からモクモクと黒い煙を立てて湾内を進む。

 その様子を見た一緒に警戒任務に行く予定だった艦艇は急遽予定を大幅に繰り上げて続々と煙突から煙を出す。

 光源はラ国往復船と並走し、他の艦艇は光源の意図を悟ったかのようにその二隻を中心に円陣を組んだ。


 クラッキは露天艦橋に上がりラ国往復船を横目で見つめる。


 一方、ラ国往復船の甲板には溢れんばかりの人数が辺りを見回していた。

 突然本船の周りを囲んだ艦艇に敏感になっているのだ。

ーーーもしかして俺達を沈めようとしているのか!?

 彼らの頭の中はその事でいっぱいであったが、この船の中で唯一、方とレーベンだけがこの陣形の意味を知っていた。

 二人は船橋で双眼鏡を構えながら並走する戦艦光源を見つめる。

 方は露天艦橋を見ると思わず「あ」と声を漏らす。

 そこにはクラッキが堂々と仁王立ちしていたのだ。

 方の気持ちには懐かしい気持ちと成長したなとシンプルな母性から来た感情が湧き上がっていた。

 奇妙な事に、このナトウェール湾には彼らがかつて設計した試験艦竹を初め、印沼級戦艦光源もいる。

 ここに来てどこか不思議な縁を感じざるを得なかった。


 光源率いる艦隊はナトウェール湾を出たと同時に消えた。

 艦隊は北に向かい、ラ国往復船は南に向かう。

 方は最後に発光信号で「護衛感謝スル」と戦艦光源に送った。

 戦艦光源も発光信号で「是非に及ばず」と返す。


 クラッキはだんだんと離れて行くラ国往復船を見ながら突然鼻歌を歌っていた。

 光源艦長は久しぶりに鼻歌を歌うクラッキの姿に「今日は何か良いことが起きたのだろうな」と考える。

 そして、「何かありましたか?」とラ国往復船が完全に見えなくなったところで聞いた。

 するとクラッキは嬉しそうに「旧友に会った」と答える。

 「そうですか。では試験艦竹や竹空の事後処理書類、頑張って書いてください」

 クラッキの目はだんだんと虚ろになって、明後日の方向を見つめる。


 日はだんだんと落ち、辺りは暗くなる。

 西の地平線には太陽が接し、地上を世紀末のような光景にしていた。

 「光源艦長!!」

 その時、見張員の大声が露天艦橋に響いた。

 光源艦長は即座に「何だ」と答える。

 「一時の方向に識別不能の艦あり。恐らく巡洋艦かと」

 クラッキはその報告を聞くとすぐにその方向に双眼鏡を向ける。

 そこには高い白波を上げて海面を切り裂くように進む巡洋艦らしき艦がいた。

 「あの様子、30ノット以上は出ていますね…」

 光源艦長はそう言った。

 確かにそのぐらい出ているかも知れない。だが、100m級船体で30ノットなど、ここら辺で聞いた事が無い。

ーーー大日帝国の新型巡洋艦か。

 クラッキはそれしか考えられなかった。

 新造艦の情報は大将であるクラッキに間違え無く伝わる。しかし、今回の30ノット艦については一切聞いていない。

 そうこう考えている内に謎の巡洋艦は遠くの南の海域に消えていったーーー。

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