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ワ国中核研究所事件(後編)

 部屋から出た。

 その時にはもう機銃音は聞こえなくなっていた。

 数十人いた人達は瞬く間に壊滅した。

 特別任務遂行隊。

 普通の兵士以上に強い筈だ。それが一瞬で壊滅した。

 今は十人ほどしかいない。

 明かりがあって一見怖くなさそうな白い廊下を走る。

 頭がこんがらがって全く整理がつかない。

 それでも、多分、全員は今、一直線にアサガオ博士がいる部屋に無意識に向かっている。

 今何をすべきか、わかる人などいない。

 それほど実戦経験のある者が自分以外ここにいない。

 もうアサガオがいると言われている部屋の扉は目の前にある。

 偶然的にあの人達を囮にしてたどり着いてしまった。

 一人が扉のドアノブに手を掛ける。

 そして、ゆっくりと扉を引く。

 もしこの先に一体でも敵がいれば間違え無く全滅する。逃げおおせたとしても後ろからあの人達を倒した敵が来れば挟み撃ちで逃げられない。

 不安と恐怖を胸に拳銃をだんだんと広がる扉に向ける。

 「待て撃つな!!」

 三分の一ほど開くと、扉の隙間から誰かの叫び声が響いた。

 そして、扉を勢いよく開けて一人の特別任務遂行隊の人が出てくる。

 その後ろから特別任務遂行隊のロゴがついた色褪せた赤い服を着た人がひょっこりとガスマスクの顔を覗かせる。

 だが、その人もすぐに顔を引っ込ませた。

 「あなた方が増援で間違いないか?」

 誰も答えなかった。

 フリー六はこのまま沈黙が続くのはまずいと思い、口を開く。

 「一応はそうです」

 「そうですか。私は四十人ほど連れて行くと聞かされましたが。とりあえず中に入って下さい」

 そう言われるがまま全員は部屋の中に入る。

 部屋の中は見たことのある薬品から初めて見る名前の薬品まで様々な薬品が棚に収められて管理されていた。

 「なるほど。これだけしかいないのか…」

 フリー六達が全員入って来るなり、赤い服の人は落胆のため息をつく。

 「班長、まだ来てくださっただけマシじゃないですか」

 扉で対応していた人が言う。

 「そうだな。まだマシだな」

 どうやらこの部屋にはもともとこの二人しか居なかったようだ。

 赤い服の人は薬品のある棚から一つの橙赤色の液体が入ったボトルを取り出す。

 そして、それを床に垂らす。

 すると、床は白い煙を上げて小さな穴をつくり出した。

 その穴は少しずつ拡がっていき、白い煙が途切れた頃には人一人通れるほどの大きさになっていた。

 「よし。この穴から突入し、アサガオを捕らえる。もはや手段は問わない」

 赤い服の人は強気の口調でそう言った。

 そんな彼の視線の先には穴の中にある地下に続く階段があった。


 チャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリン


 突入しようとしたその時、またあの不快な鈴の音が響く。

 「タイミング最悪だ」

 赤い服の人は拳銃を取り出して廊下をノロノロと歩きながら迫る敵にその銃口を向ける。

 その拳銃は1890年型対艇用12mm回転式拳銃だった。

 「もしかして」

 フリー六達はあの色褪せた赤い服が突然とても頼れるモリに見えた。

 心の中に希望が宿る。

 「そこの諜報員。名前はえっと…」

 赤い服の人はフリー六を指さしながら頭を抱える。

 「フリー六です」

 そう答えると赤い服の人は手をポンと叩き、「そうか。フリー六か。今からお前だけでアサガオを捕まえて来い」とサラリと言う。

 あまりの唐突な言葉に一瞬躊躇ったが、赤い服の人は「さっさと行け」と言わんばかりに手をシッシと振る。

 「分かりました」

 フリー六は床に開いた穴に飛び込んで階段を疾風のように降りる。

 フリー六が穴の中に入って行った事を確認すると、赤い服の人は大声で叫んだ。

 「お前達。フリー六がアサガオを捕まえて来るまで持久戦だ。弾が無くなってもナイフで時間を稼げ。いいな!!」

 部屋にいた全員はやれやれと思いながらも歩兵銃を構える。

 全員、あの赤い服の人が誰なのかを知っていた。

 彼は特別任務遂行第一中隊隊長バスだ。

 かつて生存率0.0%と言われた“66v確保作戦”を生還した特別任務遂行隊の英雄である。


 部屋の扉を少し開けたその隙間やなぜか屋内なのに付いている窓を割ってそこから廊下を歩いてくる敵に向けて歩兵銃の銃口を出す。

 「総員、撃ち方始め!!」

 枝のように飛び出していた歩兵銃は一斉に火を噴いた。

 敵、と呼ばれている存在は瞬く間に地面に倒れ込む。

 しかし、敵はゾンビ以上の不死身だ。

 倒しても倒してもしつこく起き上がる。

 そして、少しずつ距離を詰めている。

 そこにバスは酒瓶のような瓶を投げ付けた。

 すると敵は油のように燃える燃える。

 「歩兵銃の弾が無くなっても拳銃で応戦しろ。それも無くなったらナイフだぞ」

 バスの歳の割に透き通った声は銃撃音が響く中でも良く聞こえた。

 もうバスを除く全員の口からニヤニヤが消えない。

 あの有名人が後ろにいる。そしてその人が俺達に指示をくれる。この根拠の無い安心感。

 それらが彼らをニヤニヤさせていた。

 時間が経過するに連れて弾倉の底が見えて来る。

 もう何人かが拳銃で敵に応戦していた。

 この時間が立つにつれて不利になるこの戦場に更に不利になる要素が加わった。

 それはあの白い煙幕だ。

 突然部屋の中に吹かれた白い煙は全員の視界を遮る。

 「この煙は部屋のどこからだ!!」

 バスは煙を振り張らないながら身体が震えるほどの大声で叫ぶ。

 「分かりません。空中から突然」

 煙の中から一人が言う。

 部屋の中はまるで分厚い雲の中にいるように少し目の前も白い煙だ。

 近くの仲間の様子も分からない。


 チャリンチャリン。


 あの鈴の音はもうすぐそこから鳴っている。

 「うわあああ!」

 煙の中から悲鳴が響いた。

 助けようと全員が思った。しかし、この右も左も分からない濃煙の中で探すのは至難の業だ。

 襲われている班員は敵に組みひしがれた状態で地面に背をつけていた。

 敵はスタンガンを身体に突き立てるべく、細い腕を思いっ切り振り下げている。

 それを阻むように班員はその腕を必死に掴む。

 だが、外見によらずまるでゴリラの如き強さが班員を圧倒する。スタンガンで気絶させられるのは時間の問題だった。

 「うぅ」

 あまりの腕の力に班員はうめき声を漏らし、スタンガンは刻々と身体に近付く。

 敵がなぜ気絶させてくるか分からない以上気絶させられる事は避けたい。

 すると、突然敵の顔に一本の銀色の銃身が向けられた。

 次の瞬間、電車の急ブレーキのような鉄と鉄が擦り合う音が目の前で鳴り響いた。

 その音と同時に敵は部屋の隅まで吹き飛ばされ、班員は九死に一生を得た。

 「大丈夫か?」

 バスがそう言って手を差し出す。

 彼の銃口からは煙がハッキリと上がっている。

 班員を引き上げるとバスはすぐに吹き飛ばした敵を見る。

 敵は、全くの無傷だった。

 1890年型対艇用12mm回転式拳銃。

 文字通り対艇用の艦載小型対艇砲だ。もともとは黎明期のワ国軍艦に装備されていた銃であり、これは水雷艇対策や極力主砲などの巨砲を使う前に敵船に対してダメージを与える代モリである。

 だが、それが効かなかった。

 「あと何分持つかな」

 バスは倒れている敵を見ながらそう呟いた。


 「ハッハッハ!!」

 バス達が戦っている部屋の地下ではアサガオの子供のような笑い声が響き渡っていた。

 「特別任務遂行隊ともあろう者達が苦戦している!!」

 「ハァ…」

 方は雑に作られた木製の椅子で縛られた状態でその様子を見ていた。たまに吐く苛つくようなため息交じりで。

 そんな方が突然言った。

 「彼を知り己を知れば百戦殆からずだな」

 「何だと?」

 アサガオは方の下に駆け寄ると殴り倒す勢いで胸ぐらをつかむ。

 「なぁアサガオ。お前の目標は何だ?」

 「私の目標は貴様ら異世界の人間の完全根絶だ」

 「油断したろ。その目標にあともう少しって。俺は正直焦ったよ。まさかお前がここまで徹底的なんてな。けど、お前を見ていて分かったことをもとにまた一から考えた。だが、結局お前は詰めが甘い。百里を行く者は九十を半ばとす。貴様はことわざに反する事を二つ犯した。もうここまでだ」


 バン!!


 扉が勢い良く開き、そこから拳銃を構えたフリー六が出て来る。

 「手を上げろ!!」

 彼の声はこの密閉空間の研究室に良く響いた。

 流石のアサガオも方の胸ぐらから手を離し、よろけながら後ろへ下がる。

 「特別任務遂行という名前がついているだけはあるな。だが所詮は一人!!」

 アサガオは懐から赤いスイッチを取り出し問答無用で押す。


 バタン


 部屋の隅で何が倒れた音がした。

 フリー六はすぐに音がした方向へ銃を向ける。

 しかし目線だけはアサガオに向いていた。

 カツッカツッと革靴が硬い地面を踏みつけるような小さな音がシンとした部屋に響く。

 「まさか本当にやって来るなんてな」

 「見ないと思ったら…」

 フリー六は視線をアサガオから()()()()に移す。

 第二特別任務遂行大隊四班班長。

 奴がそこに立っていた。

 「四班班長殿。金塊はキチンと渡しているんだから仕事はしなさいよ」

 「分かってますよ。アサガオの旦那」


 班長はアサガオとフリー六の間に割り込むように立っていた。

 もちろん班長の手には拳銃が握られている。

 だが班長はその拳銃をフリー六に向けようとしない。それどころか呑気に話し掛けて来たのだ。

 「おいフリー六。取引をしようぜ」

 「お決まりの展開ですね。それで取引とは?」

 「金塊を一本やるからこの件から手を引け」

 「何だと!?」

 突然アサガオは叫んだ。

 両目をカッと見開き四班班長に詰め寄る。

 「何のために貴様を買収したと思っている!!」

 「普通の兵士なら余裕ですが、相手はエージェント。部屋にたくさんの穴が空きますよ。それはお嫌でしょう?」

 アサガオは憎たらしそうに拳を握りしめて四班班長を睨みつける。

 だが当の四班班長は防毒マスクで顔は見えないが、恐らく余裕そうな顔をしているのだろう。

 「それで、どうだフリー六。乗ってくれるか?」

 フリー六は当然のように首を横に振った。

 「私はこの世で一番嫌いな事は写真に写ること。そして二番目に嫌いなのは恩人を助けられない事です」

 「…交渉決別か」

 四班班長は瞬く間に拳銃を構えて容赦無く引き金を引いた。

 フリー六は部屋の周りを走りながら拳銃で反撃する。

 お互いの銃弾はほぼ水平に飛び交うがお互いに当たらない。

 部屋には次々と小さな穴がポツポツと出来る。

 「止めろ。止めるんだ!!」

 アサガオの必死の叫び声虚しくついに一発の弾丸が部屋の壁と同化していたガラスを突き破った。

 そこから深海の青を落とし込んだような色の水が噴水のように吹き出す。

 「何のために…」

 アサガオの表情を見るにそのガラスケースの中身がとても大事であった事は一目瞭然であった。

 もうこれで戦闘終了、などでは無く四班班長は関係無しにフリー六へ襲いかかる。


 「班長、まだ戦いますか?」

 「俺はあくまで部屋に入って来た奴の殲滅が契約だからな!!」

 この猛獣のような男は間もなくして簡単に倒れた。


 バン!!


 四班班長の頭にライフルの銃口とは反対の部分が縦向きに振り下ろされた。

 すると班長は声にならない情けない声を上げてヨロヨロと地面に崩れ去る。

 「いやー、何日もずっと待ったかいがあったな!!」

 「空振りだったら秋雲に悪いからね」

 四班班長の後ろには土汚れの目立つ服を着たレーベンとモワがいた。

 あまりにも唐突すぎることにフリー六は理解が追い付けずに黙り込む。

 そんなフリー六を他所にモワはスナイパーライフルを肩に乗せて方のもとへと歩く。

 そして縛られている方を見るなりクスクスと笑い「そら見ろ」と言った顔をしていた。

 一方レーベンは混乱するフリー六の肩をポンポンと叩いてから方のもとへ向かった。

 「正智とルナは?」

 「無事だよ。…間違え無く」

 「なら良かった」

 レーベンはそう言って方の縄を解く。


ーーー秋雲、正智、ルナって誰?

 フリー六はそう思ったものの声には出さなかった。


 モワは震え上がったアサガオに近付き「がお」と叫んだ。

 バタン。

 アサガオは腰が抜けて地面に尻もちを着く。

 もう彼の目には不安と恐怖しか無かった。


 ガクガクと震えるアサガオの懐にモワはスルリと手を伸ばし、一個の箱をヒョイッと取り上げる。もちろんこの間アサガオは全く抵抗しなかった。

 「これがレアメタル作戦のスイッチってやつか」

 モワは興味深そうにアサガオから取り上げた何の変哲もない長方形の箱をジロジロ眺める。

 「危ないから渡して」

 方の縄を解き終えたレーベンがいつもより少し厳しめの口調でモワに言う。

 モワはふーんと言いながらすんなりレーベンに箱を渡す。

 ちょうどその時だった。


 ドン!


 一発の銃声と共にレーベンが常に自身の防御用に張っていた結界が火花を空中に飛び散らせた。

 ギイイインと列車が急ブレーキしたような音が部屋に響く。


 「やはり異世界のか…」

 扉からバスの重々しい声が聞こえた。

 バスの後ろには上で戦っていた特別任務遂行隊の面々が拳銃を持ちながらついて来ていた。


 レーベンはバス達を睨みつけ、モワはスナイパーライフルを構える。

 その光景を見たバスの目線はすぐにフリー六へ向く。

 「この者達を撃て」

 バスはしっかりとした口調で言った。

 フリー六は一瞬ビクッとはしたものの、銃は構えなかった。

 「コイツらに脅されているか、元から裏切り者か…」

 バスは独り言のようにそう呟くと彼の銃口はフリー六へ向いた。

 「現時刻を持ってフリー六を除籍。反逆者とする」


 冷徹な、当然な事がバスの口から下された。

 フリー六の両足はガクガクと震えて動かない。

 ただ無言で目を閉じる事しか出来ない。

 モワはいつでも弾を撃てるようにスコープを覗き続ける。

 その緊張感が張り詰めたところにパリンとガラスが割れた音が鳴った。

 全員の視線が音のした場所に一斉に向く。

 そこでは方が青色の水を吹き出すガラスケースを割っていた。しばらく青色の水はとどまる所を知らずに方にかかり続けた。

 そして水の勢いが弱まったと同時に方はガラスケースの中に潜り込み、何かを中から引っ張り出した。

ーーー人間?

 全員は一瞬凍りついたが、すぐにまたあの緊張感漂う雰囲気に戻る。

 「方殿、何をしているのですか?」

 バスは拳銃をレーベンに向けて構えながら聞く。

 「見ての通り人命救助だ」

 「なるほど」

 「ところでお前、今の部隊員ネームは?」

 「バスだ」

 「そうか、結構短くなったな。他の奴らはどうした?」

 バスの雰囲気が一瞬変わったのをフリー六は肌で感じた。

 レーベンに向けていた拳銃は徐々にしたを向き、ついには自らの足元に向いていた。

 「俺と()()()()以外全滅だ」

 「なるほど。それでこんなに特別任務遂行隊が弱体化したのか…」

 全員はシンと静かになった。

 「それでその二人は?」

 方は少し考えてからそう言った。

 「その二人は今特別任務遂行隊の隊長と副隊長をしています」

 また部屋は静かになる。

 もう二人が全員の前で話せる会話の話題が尽きたのだ。


 「その箱を持って行って下さい。方閣下」

 バスが下を俯きながら突然言った。

 もちろん特別任務遂行隊の全員はバスの決断に猛反対する。

 だがバスはこの言葉を取り消さなかった。

 「早く行って下さい」

 「分かった」

 方達はモワの近くに寄る。

 「それじゃ行くよ」

 モワが片手を天に上げていつも通りパチンと音を立てようとした。

 しかし、四班班長がムクリと静かに起き上がり照準をモワの持つ箱に合わせる。


 パン!!


 銃声が鳴った。

 箱はモワの手から離れてカンカンと中身が転がる音を立てて地面を滑って行く。

 そして箱は幸いな事にバスの足元で止まった。

 バスは箱をヒョイッと拾い上げモワ達に返そうとした。

 すると今度は「させるか!!」と叫びながら一人の特別任務遂行隊の班員がバスにタックルをした。

 また箱は空をクルクルと回りながら落下する。

 フリー六がその落ちて来る箱をキャッチしようとジャンプしたが、箱を狙撃した特別任務遂行隊の一人も同じ事を考えていたようで二人は空中でぶつかり、箱は軌道を変えて空中を飛ぶ。


 箱が落ちた先は、両者共に最悪だった。

 アサガオの目の前に落ちたのだ。

 フリー六と空中でぶつかった班員とレーベンはアサガオ目掛けて突っ込むもアサガオが箱を開けたスピードのほうが速かった。

 アサガオは箱を開けると中身のスイッチを取り出し、躊躇いもなくポチッと押す。

 スイッチを押した直後に二人はアサガオに突進し、空の箱を掴んだ。

 そしてそれを頭上に持っていく。

 その時に初めて全員が今の状況を理解した。


ーーー異世界の人間の逃走劇が幕を上げた。

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