レアメタル作戦(前編)
ワ国中核研究所。所長室。
アサガオ博士は椅子に腰掛けながら、
「やはり、君の知識が必要不可欠なのだが…」
と、目の前にいる人影に言う。
その人影は、縛られたままの方だった。
方はついさっき此処に着いたばかりであり、全身が鎖で強く縛られているかのように痛む。
だが、アサガオ、ヤツの前で弱い顔は見せられない。
痛みを押し殺して方はニヤニヤと不気味に笑う。
「痩せ我慢ですな。大将」
しかし、アサガオには容易く見破られた。
流石十年以上の付き合いがある旧友だ。
「…それで?」
方は舌打ちをして厭味ったらしい口調で言う。
すると、アサガオは突然高笑いをしながら叫んだ。
「あの頃と立場が変わりましたな!!」
方は睨みつけるようにアサガオを見る。
アサガオはかつて方の下でクラッキと同じ助手として働いていた。
そして、方を大将から辞めさせた原因とも言える存在だ。
「その大声も全く改善しないなアサガオ…!」
「フッフッフ。安心して下さい。今この研究所には私とあなた、特別任務遂行中隊の生き残りしかいませんよ」
アサガオの頭に響く不愉快な声がだんだんと大きくなっていく。
本当にここには奴と自分しかいないのだろう。
すると、奴は嬉しくなったのか、突然快活にペラペラと喋り出す。
「あなたが送り込んだヒノツギ博士。彼はスパイである事以外とても良い奴だった…。ただ、欠点として、詰めが甘かったですな」
この感じだと、ヒノツギ博士、彼はもう…。
方は自分のかつての選択に後悔しながらも脱出の手立てを考える。
カン!!
アサガオの目の前の机に突如、小さな穴が開いた。
「アサガオ、貴様!」
拳銃を構えながら特別任務遂行隊の隊員がドアから入って来る。
彼の目は怒りに満ち満ちていた。
「まだ正気を保っている者がいるとは!」
アサガオは、相変わらずの大声を上げて目を輝かせながらその隊員に近づく。
「寄るな!!」
隊員は震えた叫び声を上げる。
すると、予想外な事にアサガオはピタッとその場で立ち止まった。
隊員はしばらくキョトンとしていたが、だんだんとニヤついて、「降伏しろ」と勝ち誇ったかのように言う。
しかし、これは大誤算であった。
小さなヘビが地面を這っている音が隊員の立っている廊下に不気味に小さく響く。
隊員は恐怖と嬉しさが両立した不思議な興奮に酔いしれていたために全く気が付かなかった。
その音の正体はすぐに隊員の足に巻き付いた。
隊員はすぐに気が付き、自分の足に巻き付く黄緑色の毒々しいタコの足のような物体に銃をこれでもかと乱射する。
それでも、努力虚しく、隊員は足を勢いよく引っ張られ、地面に転び、廊下を引きずられながらアサガオと方の前から消えていった。
廊下には拳銃の発砲音だけが鳴り響いた。
しばらく部屋は静寂が支配していたが、その支配を打ち破るが如くアサガオが叫んだ。
「方大将、見たことありますよね。“アレ”を!!」
方は何の反応もしなかった。
だが、回答は表情にはっきりと表れていた。
顔は幽霊を見たかのように青く、瞬き一つせずに隊員がいた場所を見つめる。
ーーーかつて見たあの景色、数百年前の記憶が、昨日の事のように感じる。
唖然とする方を嘲笑うようにアサガオは薄ら笑いを浮かべていた。
ーーーこのまま彼の表情を眺めていても良い。だが、私には、まだ天命が残っている…!
「方大将、これで絶望するのはまだまだ早いです。実に早いです」
アサガオはそう言うと、部屋の片隅にポツンとある赤いレバーに近づく。
「ここからが、“レアメタル作戦”です。あなたの知っている場所での出来事。ぜひ想像して、絶望して下さい」
紳士的な口調で言うと、アサガオは力任せにレバーを下げる。
こうして、アサガオのレアメタル作戦が開始した。
同時刻。サトウキビ近海、試験艦竹沈没地点。
試験艦竹の状態はつい最近沈んだという事もあり、少しフジツボが付着している程度のかなり良い状態であった。
そんな試験艦竹は少しずつ海底から離れていた。
試験艦竹の中にいる魚達は身の危険を感じ、次々と艦から離れて行く。
この異常事態はサトウキビの感度が悪くなったレーダーがうっすらと捕捉していた。
ガルムは司令室でいつもと変わらずにレーダーを覗き込む。
最近ほとんどの機械に原因不明のバグが発生しており、この精密機器も例外では無かった。
そんなレーダーにポッと一隻の船のような影が淡く写る。
ガルムはまだこれだけだと確定は出来ないと熱源探知機も覗く。
そこにはレーダーに写った船がいる場所がまわりの海水の温度に比べて異常に低かったのだ。
「フローズンさんに報告かな」
そう独り言を言うとガルムはフローズンを呼びに席を離れる。
レーダーに船のような影はだんだんとしっかりと濃くはっきりと写った。
ガルムに呼ばれたフローズンはどうせレーダーのバグか何かだろうとやる気の無い表情でレーダーを覗く。
そこには相変わらず船の影が写っていた。
「今回もまたバグじゃないよね?」
「いえ、今回は熱源探知機にも反応がありました」
「そうか〜」
フローズンはまだ疑っているようで、ジッとレーダーの影を見つめる。
ーーーこういう時に古鷹さんが居ればな。
二人はつくづくそう思った。
古鷹は全くと言っていいほど工学系や機械系の知識が無かったが、ガルムが教えるとみるみる知識が増え、これが才能と言うのか、今やサトウキビの設備修理の一翼を担っていた。
そんな古鷹はちょうど今さっき正智達に会いにコロとサトウキビを出たばっかりである。
「見た感じ、ザッと100m未満の気がするけど」
今度はフローズンは戦闘艦じゃなく、大型漁船か何かだと遠回しに言う。
やはりそれほど前回のレーダー誤報事件はフローズンの嫌な思い出らしい。
「それでも見てきて下さい」
ガルムがそう撫でるような口調で話す。
するとフローズンは怪訝な顔をしながら司令室を出ようとした。
ちょうどその時、試験艦竹は動いた。
音もなくフローズンとガルムの周りは目も眩む閃光に覆われ、思わず目を塞ぐ。
しばらく目の痛みに悶絶し、目が開けられなかった。
再び目を開けると司令室は夜中のように暗かった。
ガルムは身体を引きずるように動きながらレーダーを見る。
しかし、レーダーは真っ暗であった。
電源が落とされていたのだ。
「フローズンさん!!」
「ガルム、白兵戦用意」
フローズンは司令室にある鉄砲を持って辺りを見回す。
ガルムは司令室に唯一ある鉄砲を取られてほぼ丸腰状態でフローズンの後を歩く。
まずはラソビエと合流するのが先決だ。
いつもと違う暗い廊下を二人はゆっくりと進む。
道中、廊下の所々にある電源復旧用のスイッチをポチポチと押して回ったが、廊下の蛍光灯はうんともすんとも言わない。
大元の電源、“原子炉が落ちている”のだ。
恐る恐る廊下を進み、ついにラソビエがいつもいる実験室に辿り着いた。
ここにつくまでに通常の六倍ほどの時間を掛けていた。
ーーー要するに、遅すぎた。
いつも昼間のように明るい実験室は夜中のように暗く、より一層不気味な感じを醸し出す。
まるで今にもお化けが出てきそうである。
ガルムは嫌々ながらも勇気を振り絞って声を上げた。
「ラソビエさ」
それとほぼ同時に実験室は赤い炎に覆われた。
一瞬の出来事である。
突然発火したのだ。
「走って!!」
燃え盛る炎の隙間から微かにラソビエの声が響く。
フローズンとガルムはすぐにさっき恐る恐る歩いた廊下を一目散に駆け抜ける。
「止まれ!!」
背後から聞き覚えのない声と銃声が鳴る。
だが、二人は逃げる事に精一杯であった。
気が付けば、真っ暗な司令室の中にいた。
出入り口は厳重に施錠され、ちょっとやそっとでは全く開かない。
ガルムはずっとハァハァと荒い息遣いをしながらも、必死に何が起きているのかを考える。
ーーーまず、敵の正体だが、恐らくはワ国の特別任務遂行隊であろう。だが、目的、動機が全く分からない。そもそもどうやってここに?
疑問を上げれはきりが無い。
今はここから脱出するのが先だ。
「フローズンさん」
「大丈夫。多分私たち同じ事考えてる」
二人はそう言い交わすと、すぐに行動に移した。
目的地は、次元加速域の中の戦艦比叡だ。
二人は司令室に火を放った。
これで全ての機密情報は、灰になった。
灰になったものの中にはフローズンが試験艦竹から取ってきた、まだ解読中の機密文書も含まれていた。
廊下はつい先ほどまで暗かっただけのものが、突然命の危険を感じるものになった。
フローズンはガルムの前に立ち、銃を曲がり角のたんびに左右に向ける。
今のガルムにこれ以上頼もしい存在などいる訳が無い。
「ありがとう…」
ガルムの口からうっすらと溢れた。
静かで冷たい廊下の中、ガルムはつい言ってしまった事を後悔するかのように顔を真っ赤にする。
ほっぺがポカポカした。
「私だから安心して」
フローズンはそう小声で答えた。
ガルムは少し驚いたがすぐに信頼の顔に変わっていった。
ーーーやっぱりこの人が一番信頼出来る。
特に何事も無くガルム達は次元加速域に入った。
次元加速域はいつも通り早朝のような明るさであり、足元がさっきとは変わってよく見える。
「とっとと行くよ」
フローズンはそう言ってガルムの細い腕を思いっ切り引っ張って戦艦比叡の艦橋へと向かう。
そして、艦橋に着くとすぐに出港準備が始まった。
主錨はすでに上がっており、機関さえ始動出来ればいつでも逃げられた。
…燃料が無いだけで。
出港準備は瞬く間に終わった。
「早くここから出るよ!」
フローズンは一刻も早くここから出ようとすぐに舵を握る。
戦艦比叡は煙突からモクモクと黒い煙を噴き出しながらゆっくりと桟橋から離れる。
ーーーこれで何とかなる!と、思ったのもつかの間。
すぐに機関の中に残っていた重油が燃焼しきり、停止した。
もう、どうする事も出来ない。
一方、サトウキビの外ではガルムが予想したように特別任務遂行大隊が展開していた。
「隊長、総員退避が完了しました」
一人の団員がそう言うと、隊長はコクリと頷き、右手側に広がる海を見る。
「総員、特殊ゴーグルを着用。試験艦竹の例の兵器を起動させろ」
隊長の命令を聞くと、すぐにエンジニアらしき5人ほどの隊員が3✕3✕3mほどのゴツゴツとした試験艦竹遠距離操作機械をせっせと弄る。
「あと5分ほどで発射可能です」
「分かった。時間を短縮しようと思うなよ。確実性が重要だ」
隊長の言葉通り隊員達は正確に手を動かす。
「隊長、試験艦竹監視中の駆逐艦より報告。巡洋艦二隻の電力供給準備完了しました」
「よし。電力供給を開始しろ」
「了解」
隊員が操作機械のレバーを下ろす。
こうして試験艦竹に大量の電力供給が開始した。
試験艦竹に繋がれた無数のケーブルは熱を帯び、海水に垂れ下がっている場所はブクブクと沸騰する。
「排熱が上手く出来ていない」
監視中の駆逐艦はそう無線で報告した。
すると隊長はいち早く対応し、
「24cm砲二門と煙突に排熱管を直結させろ。それと、強制冷却を開始しろ」
間もなくして、試験艦竹の主砲から高温の熱気が間欠泉の如く吹き出る。
主砲の下は何重にも波立ち、どれほどの熱波かを伺わせる。
22cm試製型宇宙圏用レーザー単装砲。
彼らはこの一撃必殺と呼ばれているレーザー砲を撃つためだけにこれほどまでの準備をしていた。
敵、サトウキビは山そのものを基地として活用し、かつ未来的装備を有している。
真正面切って戦えば結果はどうであれ大損害は必須。
そこで彼ら、ワ国が生み出した兵器、レーザー砲をぶつける事にした。
作戦そのものはクラッキが知らぬ間に、サトウキビ防衛戦前から発動している。
試験艦竹には無人操縦装置が導入され、ある程度遠隔での操艦を受けつていた。
内部の状況は監視中の駆逐艦から逐次送られてくるデータをもとに予想、報告している。
「隊長、電力供給率88%。しかし、電力あと91%足りない!!」
「冷却足らず。旋回装置融解、レーザー砲旋回不能!!」
隊員達からは心を挫けさせるような絶望的な報告が舞い込む。
だが、“敵”を殲滅する上でこのレーザー砲の発射は絶対と言っていいほど必要不可欠であった。
隊長は「意地でも何とかしろ。艦首を目標に向けろ」と少しも焦りを見せない口調で言う。
逆に隊員達にとってこの雰囲気は有り難かった。
二分後、ついに電力は圧倒的に足らないものの、発射態勢が整った。
「電力90%不足してます!」
隊員は最後に確認の意味を込めて叫んだ。
「かまわない」
彼のシンプルな答えは妙に力強く、安心感があった。
隊長の声はどこか特殊なのだろう。
試験艦竹にオーロラのような白い光の帯が集まる。
その帯は吸い込まれるように試験艦竹の艦首にある20cm砲の小さな砲口に収束していく。
それと同時に20cm砲の周りの甲板に火の手が上がった。
「発射準備、完了」
隊員は静かに言った。
隊長は無言で機械に近づき、他のレバーに比べて一回り大きい赤いレバーに手を掛ける。
「思い知れ。かつての我が同胞の怒りを」
レバーを20cm砲から白い閃光が一瞬飛び出し、また目を開いた時には山から大きなキノコ雲が空の青さを目がけて永遠と上がっていた。
山は半壊し、中のサトウキビの設備が剥き出しになった。
かくして、サトウキビは陥落した。
いや、サトウキビの中核が剥き出しになっただけだ。




