クリ島に到着
いつでも掛かってこい!
息が張り詰めるほどの緊張が戦艦の乗組員全員にあった。ここで一隻でも逃すと、後ろで曳航している船が襲われるからだ。たとえ仮想敵国の船でも、中にいるのは人間だ。
黒雲が徐々に近づいてくる。
あの中にやたらめったら撃っても構わないが、外れたら最後だ。
時間が長く感じられた。
ついに右舷前方の黒雲から一本の棒が出て来た。その棒の後ろから今日何度も見た黒い戦列艦が現れた。
「敵船至近、主砲発射ー!」
間髪入れずに艦長が命じた。
この命令は伝言ゲームのように第一主砲に伝わった。
ドゴーン
連装砲二門が同時に火を噴いた。
発射された二発の榴弾は戦列艦の艦尾に直撃し、大爆発を起こした。
そこに追い撃ちをかけた。
副砲が一気に火を噴いた。
黒い戦列艦は艦尾から炎上しながら海に沈んだ。
全員が胸を撫で下ろした。
「右舷前方敵艦一隻!!」
先程沈めた戦列艦よりこちらに接近していた。もはや衝突をする寸前だった。
「取舵いっぱい!」
艦は右に傾き、物が右舷に流れた。艦内にいた正智君達は壁に頭をぶつけて眠気が一気に覚めた。
なんとか副砲スレスレで回避した。
露天艦橋にいる三石さんはすぐに上を向いた。
すると、敵戦列艦から複数の赤い玉が投げられた。
その玉は甲板に当たると炎を出した。瞬く間に艦首から第一主砲が炎上し、第一主砲は射撃不可能になった。
「こっちにも来るぞ!」
露天艦橋にいる幕僚の一人が叫んだ。
艦長達は急いで鉄で囲まれて安全な艦橋内に入って行った。露天艦橋も火を上げた。
「ガトリング砲撃ちまくれ!」
艦長がそう命じると右舷にある四基のガトリング砲が一斉に敵戦列艦の甲板を狙って撃ち始めた。
しかし赤い玉は次々に投げ込まれた。
ガトリング砲は前から順に炎に包まれて使用不可能になった。全部が使用不可能になるのにそれほど時間は掛からなかった。
「総員白兵戦用意!!」
艦内にいる誰もが銃を持った。
上では黒い人影が戦列艦から戦艦に向けて飛び乗って来た。
「乗ってきたぞ!!撃ちまくれ!」
人のような形をした影に銃弾を撃ち続けた。
甲板には続々と影が乗ってきた。
その影は縄を手すりに巻き付けて、戦艦と戦列艦を固定した。
艦橋から見てもわかるほどの炎が艦尾から出ていた。しかし消火をしようとしても甲板の至る所で銃撃戦が展開されているため、消火はほぼ不可能だった。
「ぐぬぬ。亡霊共が」
幕僚の一人が艦橋で言った。
「三石殿、ご安心を、我々が対応します」
艦長が幕僚の言葉を掻き消すように言った。だが、その時には三石は艦橋を出て医務室に走っていた。
その頃、医務室では甲板で起こっている事態がようやく伝わった。
医務室の近くにいた下士官や士官達はそれぞれ銃を持ち、医務室の近くで銃撃戦を開始した。
そこに影を打ち倒しながらやって来た三石さんが到着し、医務室で治療を受けている古鷹さん以外全員が集合した。
「艦内を一通り見てきたが、どこも敵さんがうようよしている」
三石さんは少し息を切らしながら言った。
「とりあえず、正智と山岸は医務室待機だな」
三石さんが作戦を言う前に坂井さんがくぎを刺した。
「わかってる。手短に作戦を伝えると、俺とアルメリアは後部艦橋に向かう。坂井は第二主砲に向かえ。主砲の指示はこっちが出す以上」
「ちゃんと主砲の前にいるのかね」
「戦列艦は縄でこっちに敵を送ってんだ。艦尾付近で止まってるよ」
「道の安全性は?」
「けもの道ぐらい」
そう言うとさっそく散開した。
艦内にも敵がなだれ込み、乱戦状態だった。
三石さんは途中の敵から奪った短剣で切り抜けてついに甲板に到着した。
右舷甲板は火の手が激しいため、左舷から行くことにした。
するとそこで衝撃的な物を目にした。
曳航していた船が左舷を全速力で通り抜けて行った。
「あいつら、逃げ足だけは速いな」
愚痴をこぼすと、三石さんは艦尾に向けて走りながら話した。
「そりゃ、ああなるわな。戦艦が炎上してんだぜ。逃げるわ」
そう言ってるとすぐに後部艦橋内に入った。
艦橋内は煙で充満しており、視界がそれほどきかなかった。
ただ、三石さんが言ったように戦列艦は艦尾で止まっていた。
艦橋内にはいくつかのラッパの音が出る部分とパイプが合体した様な物がたくさんあった。伝声管だ。
その内の一本に第二主砲と書かれた伝声管があった。
伝える前に主砲の向きを確認した。少し右舷に主砲は向いていた。
三石さんは伝声管に大声を出した。
「ちょっとなんか回してみてくれ」
下にはなんとか辿り着いた坂井さんがいた。
「なんかって、何?指示曖昧すぎるだろ」
駄々を言いつつも回せそうなのを回した。
ガガガッ
第二主砲が左舷に向けて動き出した。
「今、回しているやつを逆回転させてくれ」
坂井さんはすでに汗だくだった。
だが、無理も無かった。すぐ上の甲板では火災が発生しており、艦内にも熱がきていた。
「まったく贅沢な命令」
自分でもこの命令はあまり過酷ではないと分かっていつつ、心の声が出て来た。
「しかし、この回すのは、なかなかに硬いな」
いっつも映画やアニメではすぐに回っていたが、案外キツいことを身に沁みて実感した。
主砲は右舷に向きつつあった。
ここまでは順調に思えた。“ここまで”は。
艦内や甲板、様々な所から影が主砲に殺到した。
「三回叩く音が聞こえたら主砲の回転を止めて榴弾を撃て」
三石さんはそう言うと僕を艦橋の窓に置いて近くの左舷ガトリング砲を撃ち始めた。
それでも、仕留め損なったのが主砲に貼り付いた。
艦尾にあった炎は影が貼り付くのに反比例するように収まっていった。
主砲は敵に群がられながらも戦列艦のドテッ腹に向いた。
カンカンカン
伝声管を三回叩くと主砲はピタッと止まった。
突然、影は戦列艦に向いた砲身にエサに群がるアリのように群がり始めた。
それでも、主砲は火を噴いた。
群がっていた敵は爆風と共に空に舞い上がり、海や甲板に降り注いだ。
二発の榴弾は戦列艦の中央に炸裂し、そのまま艦首と艦尾に引き裂かれて海に引きずり込まれた。
「やっと終わった」
ため息が出た。
今日一日が三日四日に感じられた。
それにしても、クラクラする。
「アルメリア、後ろだー!」
三石さんが大慌てでこっちに走って来る。
言われた通り後ろを見ると、剣を振り上げた影がいた。
回避しようにも花壇は動かない。
容赦なく影は剣を振りかざした。
三石さんは間に合わないだろう。
自然に手、枝が前に出た。
枝の先に黄色の線が集まっていった。
意識はすでに飛びそうだった。朦朧としつつもこの黄色の線をせめて、影に当てようとした。
黄色の線は枝を弱々しく離れて、影に向かった。
ただそれだけを見て意識を失った。
次に見る景色は死後の世界だと覚悟を決めた。
頭が痛い。植物の何処が頭なのかは知らないが、ただ痛かった。
誰かがずっと呼び掛けていた。
「起きろ。海に投げ捨てるぞ」
それだけはやめて。僕、今、植物だから泳げない。
「焼却炉の方がいいか?」
ちょっと、無情すぎませんか?
「もう一度、土に塩を漬け込ませるぞ」
あまりにも酷すぎる!
もう一度?
あれ、この声って、坂井さんか?
身体の感覚が出てきた。
視覚が繋がると、雲一つない青空と太陽が見えた。
どうやら、屋外のようだった。
下を見ると一面の草原が広がっていた。
花壇は周りを見ても無かった。
上を見ると、可愛らしい牛の顔がドアップであった。
牛はずっとこっちを見つめていた。
牛か、最近見てなかったな。小学生以来かな。そういえば、牛は草食だから臼歯が発達してるって中学生の時に習ったな。
待てよ。僕は今、その植物じゃね。低木とか言ってたし、まあ、低木だったら食べないよね。たぶん。
牛はずっとこっちを見つめ続けた。ついにはよだれまで垂らしてきた。
周りにある草原の草食べて!低木は美味しくないよ!
もはや嘆願に近かった。ここまで命の危険を感じたのは久しぶりだ。
「牛さん、ステイ」
坂井さんの声がした。
それと同時に身体がぐらついた。牛の顔が下に流れて行った。
今、持ち上げられているのが分かった。
眼下に見慣れた花壇があり、その中に入れられた。
「へい!久しぶりだな。ざっと一週間くらいか」
左手にスコップを持っている坂井さんがニヤニヤしながらこっちを見て言った。
「さて、報告報告」
そのまま牛がいる草原を後にした。
僕を持ったまま、街に入って行った。
坂井さんは国際指名手配犯だから、こんなに堂々と街中を歩いたら捕まるんじゃないかとヒヤヒヤした。
坂井さんは木造の三階建の建物の中に入って、慣れた足取りで三階の奥の部屋に向かった。
部屋の扉の前に着くと、三回、扉を叩いて中に入った。
「アルメリアさん!大丈夫でしたか?」
部屋に入って最初に正智君の声が聞こえた。
「あぁ、大丈夫だよ」
「良かったです」
正智君はほっとしたようにベッドに座った。
部屋の中はベッドが三つあり、タンスや机など旅館の様な内装だった。
部屋には正智君の他に三石さんがいた。
三石さんはゆっくりとこっちに来て話しかけた。
「物は試しだな」
「?」
「おい坂井、何も伝えてないな」
「ヘヘッ」
「はぁー」
三石さんは少し考えてから再度話しかけた。
「何か知りたい事は?」
「なぜ、僕が生きてるかですかね」
「了解。とりあえず、枝に黄色の線が集まっていたのは覚えてるな?」
「何となくは」
「その黄色の線が影に当たって、少し痙攣してた。そこで、首をとった。…あの痙攣がなければ間に合わ無かった」
そう言っていつものボロボロのマントの中にある刀の持ち手を触った。
「あと一ついいですか?」
「なんだ?」
「どうして塩を被ったのに生きてるんですか?」
「それは、花壇の土を払い落として、根っこを水で洗う。そしたら、“杖”十四本と共に自然の土に埋めた。そしたら回復した」
「なるほど、原理がわかりませんな」
「正智が提案してくれたんだぞ。礼は正智に言え」
正智君を見て「ありがとう」と言うと、「生きていて何よりです」と答えた。
あれ、ここはそう言えば何処なのだろうか。
「ここって」
そう聞くと正智君は「宿ですが」と即答した。
そうだけど、その答えじゃない。
「クリ島だよ」
一体どこから現れたのか、古鷹さんが答えた。その古鷹さんの後ろに荷物を抱えた山岸さんがいた。
「また非常階段から来たのか」
坂井さんが呆れ顔で言った。
「何が悪いの。こっちの方が速いんだぞ。お前が買い出し行くか?」
古鷹さんも負けじと言った。
「傷の方は大丈夫なんですか?」
古鷹さんを見てると、傷の事が気になった。
「全く、一応は大丈夫だぞ。強いから」
そう右手を上下に振りながら答えた。
「さて、アルメリアも起きたし、明日は色々と行く所があるぞ」
三石さんは笑顔を絶やさずに荷物をまとめ始めた。
「今から出るの?」
坂井さんが荷物をまとめる三石さんを見て驚いたように言った。
「明日だっつってんだろ」
三石さんは手を動かしながら答えた。