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元帥失踪事件

 二日前、ラ国ナトウェール湾内巡洋艦広丙会議室。

 また方は会議室で目を覚ました。

 これで二回目だ。

 家に戻っていない理由は様々だが、何よりも家そのものが不安の塊であった。

 トンの父親曰く、あそこは万全の防御があり、普通の家より強いとの事だが、どうしても重量超過で沈むというのが怖い。

 だが、ルナや正智は気に入っているようだ。

 スリルを味わうのが好きなのだろうか?

 回らない頭で思い事にふけっていると、トンが扉を蹴破るようにして会議室に入って来た。

 「方元帥!!」

 彼の大声は方の眠気を覚ますのには十分過ぎる声量だった。

 眠気から覚めた方の顔はさっきまでの眠たい顔では無く、いつもの仕事顔であった。

 「どうした?」

 「新型装甲巡洋艦の予算案が四割追加になりました!!」

 その報告を聞いた方の顔にはうっすらと喜びの笑みが含まれていた。


ーーー新型装甲巡洋艦。

 ラ国は先のナトウェール湾海戦において、広丙型巡洋艦の()()()()を身に沁みて理解していた。

 「旧式巡洋艦だから仕方無い」

 確かにその通りだ。

 だからこそ、新型装甲巡洋艦が国王直属海上交通防衛隊(RMTDF)には必要と判断した。

 そして、新型装甲巡洋艦建造に際し、ラ国は現有艦艇を全て二線級にする計画も立てていた。


ーーー交通防衛艦隊構想。

 ラ国復旧という水面下(隠れ蓑)の中、ドッグには新たな艦の姿があった。

 それらは全て装甲巡洋艦を旗艦とした将来的な艦隊に所属する艦艇達だ。


 「これで計画通りの建造が出来ますね!!」

 トンの声も何となく嬉しそうである。

 「あぁ。広丙型巡洋艦の購入費しか渡されなかった時は不安だったが、何とかなったな」

 方もやっと肩の荷が下りたような気がした。

 「それと、方元帥の要望していた、今後の改装の余地を残す。それも設計に新しく取り込まれましたよ」

 「建造費が通っただけで十分なのにな…」

 「まぁ…、色々と訳があるのでしょう!」

 トンは明らかにハイテンションだった。

 いつもと違うトンのテンションに方は苦戦しつつも、新型装甲巡洋艦の憂いが無くなった事に比べればなんてことは無い。

 「それじゃ、いい加減に家に帰ろうかな」

 方はそう言ってそそくさと荷物をまとめる。

 「そうですね。…()()、お疲れ様でした」

 方は二日ぶりに巡洋艦広丙からいなくなった。

 久しぶりの地面は広丙の横揺れがする床とは全く違って感じる。

 まるで旅行から帰ってきたような気分だ。

 方は荷物を背負いながら物理的事故物件の我が家へ帰る。


 辺りは相変わらずの田んぼであり、心が落ち着く。

 田んぼと田んぼの間にあるあぜ道には熱帯雨林から出て来たヘビやチンパンジーなどがいる。

 家に入ると、突然猛烈な獣臭が方の鼻を襲った。

ーーーなんだこの臭いは!?

 周辺を見回すと、明らかに正智やルナの髪の毛でもない白い毛を見つけた。

 方はその毛をつまみ上げてジロジロと観察する。

 「なるほどな」

 そう呟くと方は正智の部屋のドアをゆっくりと開け、その隙間から部屋の中を覗く。

 そこには、正智やルナはもちろん、もう一匹白い毛むくじゃらの動物がいた。

 間違え無くナマケモノだ。

 ナマケモノの姿を確認すると、方はズカズカと正智の部屋に入って行った。

 二人はナマケモノで頭が一杯だったようで、方の姿を見るなり、「ワッ!!」と悲鳴を上げた。

 一方ナマケモノはゆっくりと頭を掻いている。


 「さ〜て君達。私がいない間何をしていたのかな?」

 「…」

 正智達は無言を貫く。

 そんな三人の間をナマケモノは右往左往する。

 「とりあえず、ナマケモノは森に返す。Are you OK?」

 「No」

 ルナは即座に返答した。

 しかし、方はルナの声が聞こえていないかのようにナマケモノを掴み上げて家から出ようとする。

 「方さん、ナマケモノ可愛いでしょ?飼いましょうよ!!」

 正智は方の足にしがみついて方の歩くのを阻害する。

 「ナマケモノ飼うって言ってもな、誰も飼育方法知らないだろ」

 「長い爪があるので、多分肉食です!!」

 「草食だわ!!」

 正智の返答を聞いて方は迷いなくナマケモノを連れて近くの森に連れて行った。

 森に入ると、方はナマケモノをおろして森に返した。

 その後、方はクルリと回ってあぜ道を通りながら一直線に家へと帰る。


 家は相変わらずの獣臭である。

 とてもナマケモノ一匹から発せられているとは思えない。

 が、正智達曰く、ナマケモノ一匹しか家に入れていないそうだ。

 とりあえず、方は二人に部屋の掃除を命じた。


 「お前ら、ちゃんと勉強してたか?」

 掃除が始まってからしばらくして方は正智に対して唐突に口を開いた。

 「いや、別に…」

 「そうか。ならいいんだが」

 「どうかしたんですか?」

 方はとても言いづらそうに口を尖らせて、しばらく黙り込んでしまった。

 「何かありましたか?」

 正智が再び聞くと、方は何かを言おうとしていたが、言葉を噛み切って柔らかい笑顔で正智を見つめる。

 「古文とか言語文化系が分からなかったらトンっていう人に聞け。得意だから。数学はうちの巡洋艦広丙の航海長に聞いとけ」

 方は明らかに何かを隠していた。

 だが、正智に方の考えている事を読むなど、ましてや()()()を読むには今のままでは不可能に近かった。

 「なぁ正智」

 方はとても優しい口調で正智に話す。

 「この世界にはお前達の幸せを心から願う者達がいる反面、それと同じくらいお前達を憎む存在がいる。そして、どこの世界でも憎む存在のほうが圧倒的に多い」

 正智は方が一言一言話すたんびに自分の心臓の鼓動が速く脈打つ事を感じる。

 そして不思議と全身から冷え汗が吹き出す。

 「方さん?」

 思わず正智は彼の名前を呼んだ。

 すると、方は我に返ったように優しい顔からいつもの通常運転顔になったが、その顔にはいつもは無い影があった。


 「やっと掃除終わった!!」

 ちょうどルナが掃除を終えて二人のいる部屋の中に入る。

 すると、方は笑顔で「お疲れ」と優しく言う。

 これにはルナも少し違和感を覚えたようで、少しだけ身構えていた。

 そして、ルナは一直線に正智の隣へ行き、「何かあったの?」と耳元で囁く。

 正智は首を横に振って「分からない」と答えた。

 「そうだ。お前達、どこの出身だっけ?」

 方は二人を見ながら突然言い出す。

 「…日本」

 「…イギリス」

 正智とルナはびっくりしつつも答えた。

 正智はルナがイギリスと答えた事に驚きながらも、今は聞くタイミングじゃないと思って無言を貫く。

 「へぇ、日本とイギリスか。…ここから出れたら三人で行ってみるか」

 正智は背筋に氷を押し当てられたような感じがした。

 全身に鳥肌が立ち、頭痛が走る。

 方は青ざめる二人を他所に部屋のタンスからハンドガンと懐中時計を取り出す。

 ハンドガンは自分の片足のポケットに突っ込み、懐中時計を持ったまま二人の前にまた戻る。

 「いいか。これから先は二人で生きろ。サトウキビには行くな」

 そう言いながら方は肩に着けている元帥の肩章を外し、自分の身分証明と共にルナに渡す。

 「これでラ国の軍人達は助けてくれる。それと、万が一、ラ国軍人ですら倒せない敵が出てきたらコレを使え」

 そう言って正智に渡したのはさっきタンスから取り出した塗装の剥げた懐中時計だった。

 「コレはその日付に合わせて針を動かせ。短い針が月、長い針が日だ」

 方はしばらく二人の顔を見つめていた。

 その後、一言も話さずに二人を一階にある台所に連れて行く。

 「よいしょ」

 方が動かした食器入れの下には隠し扉があった。

 方はそれを開けて中を見る。

 中は底が全く見えない穴があった。

 「…お前ら、音がしなくなったら出ろよ」

 方はそう言うと、静かに二人の背中を押して穴に入れた。

 二人は瞬く間に暗い暗い穴の下へと引っ張られるように落下する。


 正智が、最後に見えた、方の顔は、泣いていた。


 足と尻にハンマーで殴られたような痛みが走った。

 二人は痛みで涙目になりつつも、辺りを見回す。

 そこは、想像していたような冷たい土の中では無かった。

 「家みたい」

 ルナは独り言のように呟く。

 まさにルナの言った通り、家のようであった。

 天井の所々にランタンがぶら下がっており、明かりは十分。

 正智はズキズキと足が痛むのを我慢してフラフラと窓へと向かう。

 窓の景色は、想像していた、分かりきっていた事かも知れない。

 景色は一面土、土、土。

 やはりこの家は、過去に沈んだ家なのだ。

 家にある家具は埃を被ってはいるものの、誰も使った形跡が無い。

 「やっぱり土の中だね」

 ルナは足を抑えながら正智の隣へと寄る。

 「うん」

 正智は頷いた。

 次の瞬間、ドンと激しい揺れと共に、大砲の発射音が地下に沈んだ家に襲いかかる。

 あまりの揺れに二人は倒れ込んだ。

 この大砲の発射音の理由は方が正智とルナを穴に落とした直後に遡る。


 正智とルナを穴に落とした直後。

 方はハンドガンを取り出して静かになったまわりを見る。

 「方大将殿。降伏して下さい」

 窓に一人の人影があった。

 その人影の正体は装備から見て、ワ国の特別任務遂行隊の装備である。

 「所属は?」

 「お答え出来ません」

 「…抵抗すると言ったら?」

 「ハァ、やはりあなたは諦めが悪い」


 ドン

 

 家の外から大砲の音が響く。

 そして、瞬く間に天井が積み木のように爆発と共に崩れる。

 「ちくしょう。巡洋艦か何かの15cm砲を陸揚げして来たな」

 方の予想通り、家の外には15cm砲一門が家を破壊するべくその巨砲を向けていた。

 「三班は再装填を、一班と二班は突入するぞ!」


 家の中は大量の土ぼこりが舞っていた。

 方はゴホゴホと咳き込みながらもハンドガンを構え続ける。

 「突入突入!!」

 その掛け声と共に土ぼこりの中にいくつかの人影が見えた。

 方はそこに問答無用でハンドガンを乱射する。

 足元には次々と空の薬莢がカラカラと音を立てて地面を踊る。

 気が付けば、ハンドガンはカチンと音を立てた。

 弾が無くなったのだ。

 「ここまでのようですね」

 背後から囁くような声がした。

 方は振り返って殴ろうとしたが、相手は特殊部隊。

 暴れ馬を抑えるが如く、方は縄で縛り上げられ、捕まった。

 「コチラ一班。目標を確保。コレより撤退します」

 方は一人の兵士に軽々と持ち上げられ、家の中を出る。

ーーーやっちまった。

 方の顔からは笑顔は完全に消え、無表情に近い表情になっていた。

 「まだ誰かいる筈だ。一度全員を此処に集めろ」

 恐らく班長なのだろう。

 その人の下に次々と兵士が集まっていく。

 このままでは正智やルナが見つかってしまうのは時間の問題であった。

 そうこう思っている間にも15cm砲を先頭に部隊が続々と家の中へと入って行く。

 「あぁ…」

 方の口からか細いうめき声が溢れる。


 ズブ。ズブズブズブズブズブ。


 ドロに沈み込んだような気持ち悪い音が辺りに響いた。

 すると、家の中から次々に特殊部隊の兵士達が逃げるように外へ出て行く。

 最後の一人が出た途端、家は右に大きく傾いたかと思うと、そのまま地中に飲み込まれるようにして沈んで行った。

 最後に出た兵士からするとまさに間一髪である。

 「隊長、申し訳ありません。15cm砲を失いました」

 最後に出て来た兵士はそう隊長に報告する。

 隊長は静かに頷くと「荷物が減った。撤退する」と言って沈んだ家を後にその場を去る。

 そして、隊長に続くように他の兵士達も続いて行った。

ーーー連行先はどこかな…。


 こうして、二日後。

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