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クラッキ大将

 「お久しぶりですね。雲神さん」

 「そうじゃな。お久しぶりじゃな」

 ランタンは二人を呑気に照らしていた。

 窓から入り込む蒸し暑い湿気は身体に不快感を与える。

 「…」

 秋雲は突如として黙り込んだ。

ーーー一体どこから聞けばいいんだろう…。

 しばらく部屋は窓から入る風の音のみになっていた。

 その間、雲神はどこから取り出したのか分からない試験管をずっと眺めていた。

 しばらくして、「秋雲、今すぐにここを出るぞ」と雲神は口を開く。

 秋雲は少し混乱しながらも、頷き返す。


 二人は窓からこっそりと宿を出た。

 幸いにも、ここは一階だったため、難なく行けた。


 時刻は二十二時。

 今は街全体が厳戒態勢のため、ほとんど灯りが無い。

 かつ、憲兵が街の中をネズミ一匹逃さぬ勢いで巡回していた。

 憲兵は片手に懐中電灯を持っているため、近くに来たらすぐに分かる。

 だが、見つかろうものなら、彼らの拳銃が躊躇無く火を吹くであろう。


 秋雲は雲神に手を引かれるがままに行動した。

 道の角につくたんびに心臓が破裂しそうなほどドキドキする。

 道に扇形の明かりが出て来た時はなおさらだ。

 

 三十分ほどして、やっと街から出れた。

 街から少し離れた小高い山から見下ろす十劉湾はほぼ真っ暗で、あそこにとても大勢の人が住んでいるなど到底思えなかった。

 「その、雲神さん。ここからどこに行くんですか?」

 「ちょっとした場所にのう」

 彼女は秋雲の手を再び引っ張りながら小高い山をおりる。

 しばらく山を下りていると、そこには事前にあったかのように置かれている招き猫の置き物があった。

 「仕事じゃ。いつもの所」

 雲神はそう言って一枚の小判を招き猫に投げつけた。

 すると、一瞬で目の前の景色が変わった。

 目の前にはツタが巻き付いた立派な白い大理石の柱がある。

 その柱の根元にさっきの招き猫がちょこんと座っていた。

 「雲神さん。ここは?」

 雲神は答えなかった。

 ただ無言で秋雲の口を手で塞いた。

 「ムグ!?」

 秋雲は手を振り払おうと思いっ切り彼女の腕を引っ張ったが、自身の身体に力が入らない。

 恐らく彼女の手から眠気を誘う無色無臭の気体が出ているのだろう。

 瞬く間に秋雲は意識を失い、雲神の腕の中でスヤスヤと眠ってしまった。

 「ニュートリノ、閉じ込めておけ」

 雲神がそう言って秋雲から手を離すと同時に、新しい腕、ニュートリノの腕が秋雲を抱えた。

 ニュートリノは全身黒い布で覆われて、素顔はおろか肌すら見えない。

 「ここの地下牢でしょうか?」

 「いや、その辺の寝室にしておけ。…部屋の中はきちんと掃除しておけ。それと、その子の質問には極力答えるように」

 雲神はそう言って近くの真っ暗な森の中に入って行った。

 ニュートリノは秋雲を抱えながら大理石の柱で支えられている苔むした館の中へと入って行く。

 秋雲はその館の一室でそっと寝かせれた。


 翌朝、十劉湾ではちょっとした騒動が起きていた。

 その朝の新聞の大見出しはこうだった。


ーーー宿から突如として消えた少年。巫女の神隠しか!?


 クラッキと警備府司令長官はもちろん関係者として宿に訪れた。

 宿は昨晩と違い、憲兵が辺りを取り囲む物々しい雰囲気となっている。

 「少年がいた部屋はどこか?」

 クラッキは宿の門番をしている憲兵に聞いた。

 憲兵は「こちらです」と言ってその部屋を案内する。

 部屋は、ほぼ当時のままだった。

 ただ、秋雲がいた一切の痕跡が無いだけで。

 クラッキが部屋に入って来るなり、一人の部屋を調査している憲兵が「髪の毛一本も見つかりませんね。本当にここに人がいたかどうかもそもそも証明出来ません」と言って来た。

 「いや、ここには間違え無く一人いたはずだ。徹底的に探せ」

 クラッキの珍しく強い口調に憲兵は少し動揺したものの、すぐにやれやれと言った顔をしていた。

 「戦時下なのに子供一人に労力かけてられるか!!」と憲兵は言いだそうだった。

 「クラッキ大将!!」

 背後から声がした。

 そこには何度見たのか分からないワ国水兵がいる。

 「今度は何だ」

 「戦艦脅竹の件なのですが…」

 クラッキは嫌な顔をしながらも水兵についていく。

 その後ろ姿を憲兵達はクスクスと笑いながら見つめていた。


 戦艦脅竹は先の空襲以来、大破し、ドッグ入りになっていた。

 クラッキは脅竹の前まで来ると、迷い無く機関室へと向かう。

 脅竹の艦内は異常なほど狭く、人一人通れるか通れないかぐらいの幅だ。

 機関室へ入る扉の前は防毒マスクを着けた機関士で溢れていた。

 「大将、防毒マスクです」

 一人の機関士がそう言ってマスクを渡す。

 クラッキは渡されたマスクを着け終わるとすぐに機関室への扉を開けて中に飛び込む。

 機関室は防毒マスクを着けているせいか、とても息苦しく、猛暑日のように暑い。

 「問題点は何処だ!!」

 クラッキの声はマスク越しでもある程度聞こえた。

 「ここです…」

 壁のようにそり立つ何本ものパイプ管の隙間から機関士のほそぼそとした声が響く。

 クラッキは微かな声を頼りにそのパイプ管の隙間に身をねじり込む。


 ワ国は大砲をつくる技術は近代化以来、世界トップクラスなのだろう。

 しかし、何かが急進的にトップクラスになった物だと、それに追い付けず、基礎的な部分から追い付いてな物もある。

 ワ国だと、それは機関技術だ。

 それは、致命的なほどの欠陥があった。

ーーーワ国製機関は催涙ガスを放出する。

 これがワ国から艦を購入する国からの声だった。

 一体何をどうすれば機関から催涙ガスが放出されるのかは謎だが、少なくとも、ワ国製機関搭載艦艇は機関を暴走させれば一隻で、大混乱を発生させる事が可能だ。

 しかし、十劉湾でそんな事が起きても百害あって一利なしだ。

 クラッキは工具を片手に次々と慣れた手つきでネジを戻したり、部分を取り付ける。

 さすが機関科出身だ。


 しばらくしてガスは収まった。

 クラッキは焦げた臭いと催涙ガスのまとわりつく作業着を脱ぎながら機関室から出る。

 あくまでガスの根源を止めただけでまだ機関室には催涙ガスが残留しているが、一件落着だ。

 「お疲れ様です!!」

 クラッキが機関室から出ると同時に水兵達が敬礼する。

 クラッキはヘトヘトの手を汗まみれの額に当てて敬礼し返す。


 甲板に出ると、新鮮な空気が身体の気怠さを抜き取るように巻き付く。

 そして、ふと空を見上げた。

 空は少し雲がかかっているが、晴れだ。

 そこに、空の青とは明らかに違う色が混じっていた。

 それは脅竹の煙突から出る催涙ガスの成分を含んだ煙だった。

 クラッキはその煙を見ても、何とも思わずに「見慣れたな」と言った。

 「ダメだよ。それを見慣れたら」

 まるで少女の囁き声のような口調が風にのってクラッキの耳に届いた。

 クラッキが辺りを見回したが、声の持ち主のような人はいなかった。

 

 こうしてまた十劉湾に夜が訪れる。

 戦時中ではあまりにも平和な一日だった。

 十劉街のすぐ北にまで大日帝国は迫っており、いつ無差別空襲が来ても可笑しくはない。

 クラッキは十劉湾警備府でこの平和な一日を噛み締めつつも、現実を直視せねばならなかった。

 「ふぅー」

 今年で何度ついたのか分からない疲れと諦めの混じったため息。

 「私もそろそろか…」

 クラッキの脳裏には今までの出来事がつい昨日の事だったかのように流れていた。

 そして、あの日の事をしみじみと思い返す。


ーーー今から四十五年前。

 1858年。

 西欧諸国は本格的に東欧へと進出した。

 彼らは東欧を資本の投下先と考えていた為、進出するや否や大量の物品販売を行なった。

 それらの物品は決して小物だけでは無く、帆走式軍艦も売ってくれた。

 東欧はこれらの()()を享受した準近代化を行なった。

 しかし、この風潮にワ国や大日国、広陸国などの国々は乗らなかった。

 彼らは自分達で近代化を行おうとしたのだ。

 そして、その行為は後に各国に地獄を見せた。


ーーー十年後。

 1868年、春。

 クラッキは二十二歳で装甲艦“土竹丸”乗組員になっていた。

 土竹丸は当時、ワ国最新鋭の船だった。

 本艦は二本のマストと煙突を持つ装甲ブリッグであり、全長64mの船体に試製24cm前装式単装砲1基と11cm舷側砲六門を有している。

 そしてもちろん衝角もある。

 その姿は日本の東艦によく似ていた。


 クラッキはワ国国内で土竹丸にのみ装備されている試製24cm砲の整備の一翼を任されていた。

 忘れもしないこの日はとにかく晴天で春を告げる暖かさが身体から冬の寒さを芯から一新した。

 土竹丸はこの時一隻で海を突き進んでいた。

 「先輩。すみません。この試製24cm砲の整備の仕方がよく分からないのですが」

 若かりし頃のクラッキはとにかく分からない事は少し考えてからすぐに質問に走った。

 「おお。そうか」

 そんなクラッキの姿に土竹丸の先輩達は多少なりとも愛情を感じていた。

 試製24cm砲の整備を昼頃に終えると、クラッキは今日もいつも通り警戒の任に就こうと船首に向かう。

 この時は見張員一人一人に配る量の双眼鏡や望遠鏡は無く、ほとんどが肉眼での監視だった。

 クラッキは左舷船首で我ながら自慢の眼をまんべんなく辺りに当てる。

 この日は実に波が穏やかだった。

 「おいクラッキ。そっちは何か見えたか?」

 右舷船首の見張りをしている同期が唐突に言って来た。

 クラッキは眼下の海面を見渡して何か無いかと探す。

 すると、すぐ真下にイルカの集団が泳いでいた。

 これを青春と言うのか、思春期と言うのか、全く分からないし、知らない。

 ただ、軍人となった以上、船乗りになった以上、“サボる”という行為の線引きをより一層今まで以上に高めなければならなかった。

 そして、今の情勢を自分で考え、察せなければならなかった。

 「コッチにイルカが泳いでるぞ!!」

 「マジか。今すぐに行くぜ!!」

 同期は瞬く間にクラッキの真横に立った。

 二人の視線の先には土竹丸の横を自由に飛び跳ねるイルカがいた。

 クラッキと同期はその光景をいつまでも見られるような気がした。

 まさにその瞬間だった。

 たまたま()()()()()()()()が左舷のイルカを見ていたところに一隻の大型装甲艦が右舷から急接近していたのだ。

 土竹丸船長が緊急回避を命令するも時すでに遅く、突っ込んできた大型装甲艦の衝角は土竹丸の腹に突き刺さった。

 ガゴン

 鉄と鉄が叩きつけ合ったかのような音が辺りに響く。

 「うわぁ」

 同期はそう叫んで甲板から滑り落ち、イルカのいる海に投げ出される。

 クラッキも甲板から放り出されたが、なんとか柵に捕まり、海には落ちなかった。

 しばらくクラッキの耳にはバギバキと鉄と木材が割れる音だけがこだまする。

 柵からも甲板の木材が割れる振動が絶え間なく伝わっていた。

 そのせいでクラッキの腕に先の試製24cm砲整備の疲れと相まってすぐに疲労が溜まった。

ーーーもう…、無理だ…。

 クラッキはパッと柵から手を離し、海に飛び込んだ。


 次に目が覚めると、そこは土竹丸の甲板でも、海の中でも無かった。

 ただの病院のソファの上だった。

 上半身を起こしてすぐに周りを見ようとしたが、「クラッキ!!」と言って同期が抱き着いて来た。

 「ここは?」

 「病院だよ。俺達なんとか救助されたんだよ!!」

 同期の目には逃げも隠れもしない大粒の涙が何滴も溜まっている。

 クラッキはすぐに土竹丸はどうなったのかを聞いた。

 同期曰く、その後は突撃してきた大型装甲艦は土竹丸に衝角攻撃をすると、そのままそそくさと消えていたそうだ。

 当の土竹丸は浸水被害が甚大なものの、なんとか近くの漁村に座礁し、沈没を免れていた。

 そして、もちろん突撃してきた大型装甲艦を持つ国とは開戦が決定した。

 これは後に第一次ワカ戦争と呼ばれる戦争の幕開けとなり、ガドリ神聖王国との同盟にも影響した。

 そして、この戦争の、相手は、カ国だった。


ーーー現在。

 クラッキ大将が目を覚ますと、東側の窓から今日を告げる新たな朝日が上がっていた。

 「やれやれ。私の地獄はあと何年かな」

 クラッキはそう愚痴を零しながらも窓を開ける。

 「うむ?」

 窓を開けると、すぐ目の前で知らん顔で突っ立っている鳩がいた。

 その鳩の足をよく見ると、何か筒状の小さな紙切れが結んであった。

 クラッキは好奇心でその鳩から紙切れを解く。

 筒状の紙切れが取れると、鳩は嬉しそうに窓辺から飛び立った。

 鳩が飛び立つ事を見送ったクラッキはその紙切れを丁寧に開いて中身を見る。

 「なっ!!」

 紙切れの内容を見るや、クラッキは驚きの表情を隠せなかった。

 なんと、この紙切れはクラッキ宛だったのだ。

 「あの鳩、伝書鳩だったのか…」

 そう言って、クラッキはさっきまで鳩がいた窓辺を見つめる。


 手紙を一通り読んだクラッキはすぐに行動した。

 一直線に警備府司令長官のいる司令長官室へと向かう。

 「何ですかクラッキ大将?」

 部屋に入るや警備府司令長官は少し驚いたような表情で話し掛ける。

 「すまない。…十劉湾警備府が握っている陸軍特殊部隊は居るか?」

 「まぁ、居るには居ますが」

 「よし。その部隊を至急、ここから北西の“旧雲ノ神大聖堂”に差し向けろ」

 「えっ?」

 「急げ!!」

 「りょ、了解しました!!」

 警備府司令長官はすぐに部屋に備え付けの有線式電話でその特殊部隊、第八特別任務遂行大隊に連絡した。

 連絡を受けた第八特別任務遂行大隊は即座に装甲車一台と三台の輸送車で旧雲ノ神大聖堂へと向かう。

 この時の装甲車とはまわりの車よりも少し装甲が張り巡らされ、重機関銃一丁を装備している車だった。


 昼頃に旧雲ノ神大聖堂についた第八特別任務遂行大隊は即座に車から降り、出入り口を囲うように展開した。

 「突入!!」

 隊長がそう叫ぶと、部隊は瞬く間に苔生した大聖堂へと扉を蹴破って侵入して行く。

 旧雲ノ神大聖堂、そこには秋雲がとある一室にいた…。

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