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急変

 君達は  の為に…。

ーーー俺は正直、学校で愛国心なんかを学ぶよりも、隣の人を愛する方法を学びたかった。


 クラッキは秋雲の前にしゃがみ込む。

 そうすると、頭を撫でるとニッコリと笑い、「君は可愛らしいな」と言った。

 衝撃な言葉にあの兵士は思わず「なんで!?」と叫んだ。

 警備府司令長官も驚いた表情だった。

 「大将、スパイかも知れないんですよ!?」

 「大日も広陸も反乱軍も、そんな事はしないよ」

 そう言ってクラッキは変わらず秋雲の頭を撫で続ける。

 すると、兵士は不服そうな顔をして部屋を出ていった。

 「クラッキ大将…」

 「ハッハッハ。私も舐められたものだ」

 「笑い事じゃありませんよ…」

 クラッキは秋雲の顔を眺めながら頭を撫でている。

 秋雲は自覚は無かったが、とても嫌な顔をしていた。

 「それにしても、君、まるでおとぎ話のドッペルゲンガーみたいだな」

 「そうですか」

 秋雲は可愛さの欠片もない吐き捨てるような口調で言った。

 これには警備府司令長官も人知れず身体に寒気が走る。

 だが、クラッキは相変わらずニコニコしている。

 「君、どこに住んでいるんだい?」

 「どこでもいいでしょ?」

 目上の人に、よりによって海軍大将にため口をきく秋雲に警備府司令長官は畏敬の念を覚えた。

 それでもクラッキは怒らない。

 これが彼が人気の理由の一つなのだろう。

 「多分、君はこの辺の子供じゃないな。よし。俺のおごりで宿にとめてやる」

 クラッキの突然の提案に秋雲だけでなく警備府司令長官も驚く。

 「クラッキ大将、流石にそれは…」

 「ハッハッハ。なーに。高級な宿には止めてやれないぞ」

 そんな事は秋雲は言われずとも分かっている。

 なんなら、おごりで止めてもらえる時点でとてもいい。

 「ありがとう…ございます」

 「ハッハッハ。なんの」

 秋雲はぎこちないお礼を言ったが、クラッキは全く気にしていない。


 善は急げ。

 クラッキと秋雲はすぐに宿を探しに部屋を出ようとした。

 ちょうどその時、「大将!!」と叫びながら一人の伝令兵が扉を開けて中に入って来た。

 「どうした。騒々しいぞ」

 警備府司令長官は怪訝な顔をしてその伝令兵を睨む。

 「報告。トリュテン海軍中将殿がクラッキ大将に面会を求めています!!」

 クラッキと警備府司令長官の顔色は明らかに変わった。

 警備府司令長官は不安に満ちた目でクラッキを見つめる。

 クラッキも、やはり不安そうな顔だ。

 「そうか。それで、どこで待たせている?」

 「待合室に待たせてあります!!」

 コンコンコン。

 伝令兵が言い終わった途端、扉を軽く叩く音がした。

 トリュテンが来たのだ。

 警備府司令長官はすぐさま秋雲を部屋の隅にあるロッカーに押し込もうとした。

 しかし、先の空襲で建て付けが悪くなり、うまく開かなくなっていた。

 警備府司令長官は無理矢理開けようと、何度もガタゴトいわせてロッカーを開けようとする。

 ドンドンドンドン

 トリュテンが激しく扉を叩き始めた。

 このままではすぐに入って来てしまう。

 「ヌオオオ!!」

 警備府司令長官は顔面いっぱいを真っ赤にさせてロッカーを開けようとした。


 ガチャン

 トリュテンは扉を突然開けて、ヌルリと部屋に入る。

 「こんにちはトリュテン海軍中将殿。本日はどのようなご要件で?」

 警備府司令長官がハァハァと息を切らしながらも、丁寧に話す。

 「“レアメタル作戦”についてクラッキ大将に直接聞こうと思ってネ。すまないが、司令長官は退席してもらえないか?」

 「分かりました」

 そう言って警備府司令長官は一礼し、部屋を静かに退室する。

 部屋にはクラッキとトリュテン、そして、息を殺して隠れている秋雲だけが中にいた。


 クラッキとトリュテンは向かいあう形で席に座った。

 二人を遠ざけているのは、間にある長机だけだ。

 「さてクラッキ大将殿。私がなぜわざわざここに来たか分かるかな?」

 「レアメタル作戦の件ですか?」

 「それもあるが、他にも色々とな。まぁ、まずはレアメタル作戦についての質問だが…」

 トリュテンは一枚の紙を長机の上に置いた。

 その紙はストライハイゼン市街地戦の報告書だった。

 クラッキはその報告書を持ち上げて自分の目の前に持って来る。

 そこにはとても不自然な点が存在した。

 撤退命令の出る前日に部隊が撤退していたのだ。

 「これについて何か知っている事はないかね?」

 クラッキは首を横に振るしか無かった。

 確かに海上支援はしていたが、陸軍の事をいちいち詳細な事まで知っているわけが無い。

 だが、クラッキはたった二人だけ、憶測程度だが、心当たりがあった。

ーーーヒツノギ博士とアサガオ博士だ。

 二人の権力は測り知れないし、彼らの情報網がどこまで張り巡らされているのかは全くの未知数のある意味、ワ国の裏の人物だ。

 「アサガオ博士とヒツノギ博士か…」

 クラッキは自信が無いため、聞き取りにくいほど低い声でボソッと言う。

 しかし、トリュテンはしっかりとクラッキの声を聞き取っていた。

 「なるほどな。確かに彼らなら十二分にその可能性があるな」

 トリュテンは頷きながら言う。

 「さて次だ」

 さっきまでとは打って変わって明るい声でトリュテンは話し始めた。

 「次は女王の命令だ」

 クラッキは固唾をのんでジッとトリュテンの唇を見つめる。

ーーーとんでもない命令であればどうしようか。

 嫌な想像が何度もクラッキの頭を横切る。

 実はクラッキは新女王に一度もお会いしたことが無かったのだ。

 つまり、どんな命令が来るのか全く予想出来なかった。

 「命令は、“南方の要は此処に有り。血の一滴まで無駄にするな”との事だ」

 クラッキは内心、ホッとした。

 先の皇帝であれば、レアメタル作戦の喪失のお叱り命令だっただろう。

 しかし、完全に安心するのはまだ早い。

 なぜなら、大本営からの具体的命令とトリュテンの案が話されていないからだ。

 まさに本番はここからである。

 「さて、次は海軍本部からだが、艦隊編制を一昨日に一新した」

 トリュテンはまたポケットから一枚の紙を出してクラッキの前に置く。


ーーー第三艦隊。


 紙の一番上にクッキリと書いてある。


 第三艦隊 司令長官クラッキ大将 旗艦川竹


 第八戦隊

 川竹級戦艦一番艦“川竹”

 川竹級戦艦六番艦“捉竹”

 印沼級戦艦三番艦“光源”

 改超竹級戦艦六番艦“脅竹”


 第十六戦隊

 練習装甲艦子葉級一番艦“子葉”

 練習装甲艦子葉級二番艦“捉葉”

 

 第二十四戦隊

 巡洋艦三隻


 第三十二駆逐隊

 駆逐艦七隻


 第四十駆逐隊

 駆逐艦七隻


 第四十八護衛隊

 特設巡洋艦二隻

 海防艦八隻


 これは確かに一新と言えるほどの大規模な変動だった。

 練習艦だった子葉級が練習装甲艦となっている点がもっともよく語っている。

 「トリュテン、私がこの艦隊を?」

 すると、トリュテンは珍しく素直に頷いた。

 「そうだ。これがキミの新しい艦隊だ」

 トリュテンは何かを伏せて話している。

 いや、伏せている事はこの大規模変動を見て薄々分かっている。

 「さてクラッキ。ここからは私との私的会話だが、どうかな?」

 案の定トリュテンから会話のお誘いが来た。

 「コーヒー一杯分の時間なら」

 「ふむ。それでは…」

 トリュテンは口を閉ざして、獲物を睨むような目で部屋中をキョロキョロと見る。

 「誰かいるな」

 トリュテンは椅子から立ち上がり、一直線にロッカーへと向かう。

 バン

 そして、何の前触れも無くいきなり開けた。

 「ふむふむ」

 ロッカーの中には警備府司令長官の服と汗の臭い以外、何も入っていなかった。

 トリュテンは腕をロッカーに突っ込んで何かないかを手探りで探したが、何も見つからない。

 「私の勘も年と共に衰えたか…」

 トリュテンはクラッキに別れの挨拶を告げると颯爽と部屋から出て行った。

 「ふぅー」

 クラッキは疲れを吐き出すような深いため息をついた。

ーーー勘と即断即決は全く衰えてないな…。

 クラッキがゆっくりとする間も無く、今度は警備府司令長官が入って来た。

 「クラッキ大将!!」

 「なんだ?」

 思わず苛立ちの声を上げた。

 警備府司令長官は機嫌を損ねたのかと思い、部屋にあるコーヒー豆と専用の道具を使って豆を砕く。

 部屋にはゴリゴリゴリと豆が割れる音が響いた。

 その音に安堵を覚えたのか、秋雲は警備府司令長官の机からヒョコッと顔を出す。

 「少年か。出てきても大丈夫だぞ」

 クラッキがそう言うと、秋雲は机から全身を出してクラッキの近くに立つ。

 「座れ座れ」

 「…」

 秋雲は椅子に大人しく座った。

 それから間もなくして、コーヒーが出来上がった。

 部屋の中には憂鬱な空気を吹き飛ばすフルーティーな匂いが漂う。

 警備府司令長官は自分を含めて全員にコーヒーを注いだ。

 「お菓子はないが、砂糖ならあるぞ」

 そう言って警備府司令長官は秋雲のコーヒーカップの隣に角砂糖を一個置いた。

 彼のコーヒーは匂いの期待を裏切らない味だった。

 「流石、警備府司令長官殿。コーヒーを淹れるのはお手の物ですな」

 「いえいえ。使っているコーヒー豆がいいのですよ」

 高官の話に首を突っ込まないと、秋雲は沈黙を守る。

 その様子を見たクラッキはこっそりと第三艦隊の陣容が書かれている紙を警備府司令長官の前に置いた。

 そこから二人の声のトーンは下がり、コソコソ話並みの小声になる。

 「これは…」

 警備府司令長官は紙を見た時、絶望した表情になった。

 声もさっきとは打って変わって震えた声になっている。

 「これが第八戦隊ですか…」

 元々、第八戦隊は川竹級戦艦のみで構成されていた遠距離砲撃戦隊が、今や旧式の印沼級戦艦や改超竹級戦艦を含んだ混成戦隊となっていた。

 第十六戦隊なんかは事実上、旧式装甲艦の子葉級のみで、もはや敵戦艦や装甲巡洋艦と戦う事が可能なのかといった感じだ。

 「川竹級よりも最新型の愛竹級もいなければ戦竹級もいませんね」

 「そうだな。もはやこの艦隊で川内型戦艦を相手にするのは心もとないな…」

 「ですが、それでもこの陣容にしたと言う事は」

 「あぁ。恐らく、“艦隊決戦”をするつもりだ…」

 クラッキは自分で言っておきながらも固唾をのんだ。

 しかし、これは半ば感情が高ぶっているだけのようなものだった。

 そもそも艦隊決戦は双方が望んで発生するものだ。

 現状、大日帝国は主に航空機による空襲と夜戦で大戦果を挙げている。

 このまま続ければワ国は手も足も出ずに葬られるだろう。

 つまり、大日帝国にとって、艦隊決戦など、不要であった。

 時間的制約が無ければ。


 秋雲達はコーヒーを飲み終えると、警備府の外に出た。

 すでに空は赤く、何事も無かったかのように日が沈んでいく。

 秋雲は警備府を出ると、クラッキに紹介された宿へと向かった。

 宿は木造建築で赤い中華風な感じだ。

 そこに入ると、秋雲は真っ先にクラッキから渡された紹介状を受付の店員に見せた。

 店員は紹介状を見るとニッコリとして秋雲を部屋へと案内する。


 秋雲は部屋に入るとすぐに部屋の片隅にあるベッドに飛び込んだ。

 ベッドは何度もボヨンボヨンと上下し、秋雲を受け止める。

ーーーこれからどうするのか。

 秋雲はニョニョと別れた後の指示をレーベン達から貰っていなかった。

 今は奇跡的に行き当たりばったりでどうにかなっている。

 しかし、行き当たりばったりではいずれ近い内に限界が来るだろう。

 「どうするかな」

 秋雲は天井にぶら下がっているランタンを見ながら言った。

 秋雲の頭の中はこれからの事で一杯だった。

 そんな秋雲をベッドは優しく包む。


 コンコン

 窓を叩く小さな音で秋雲はハッと目が覚めた。

 窓の外は夜の闇に覆われ、部屋の中のランタンはとっくに火が消えている。

 「一体何時間寝ていたんだ?」と思うほど辺りは暗い。

 コンコン

 窓からは変わらず叩く音がする。

 秋雲は何の疑いもせずに音がする窓を開けた。

 まさに不用心だった。

 だが、この時の秋雲は寝起きで頭が回らないのか、それとも不思議な力なのか、ふわふわしたような感じに襲われていた。


 窓を開けると同時に一人の人影が部屋の中にストンと入り込んだ。

 「誰ですか?」

 秋雲がそう聞いてもその人影はうんともすんとも言わなかった。

 人影は火が消えているランタンの真下まで行くと、ランタンを取り外してフッと一息かけた。

 すると、ランタンの中のろうそくに火が灯り、辺りを照らす。

 その明かりのお陰で、人影の人物がしっかりと見えた。

 「お久しぶりですね。()()さん」

 「そうじゃな。お久しぶりじゃな」

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