ラ国に巣食うワ国艦艇を撃滅せよ
巡洋艦広丙はサトウキビを出発してから二日ほどでナトウェール湾に到着した。
ナトウェール湾にはラ国艦艇はもちろん、フィランチ連邦南洋艦隊が停泊していた。
広丙はナトウェール街の桟橋に停泊し、街を見渡す。
街の沿岸部付近に建っていた家々は廃墟か瓦礫の山になり、かつての街の原型を留めてはいなかった。
広丙は早速補給にはいる。
その間に方は一人で広丙から降りてフィランチ連邦南洋艦隊旗艦、戦艦フィラメルを訪ねた。
戦艦フィラメルの艦内は広丙に比べて倍くらい広い。
鉄の厚さも歩いているだけで分かるほど厚い。
しかも曲がり角があるごとに扇風機が設置されていて広丙より快適な生活が約束されている。
甲板に上がると広丙より硬くて高級感がある南極付近の木材が床に使われていた。
一平方メートルほど切り取って売ったらいくらの値がつくだろうか。最低でも半年ぐらいは遊んで暮らせるだけの金は手に入るだろう。
艦橋は広丙と比べものにならないほど鉄に覆われ、まるで二階建ての住宅のような外見になっていた。
だが、艦橋の中は外見と違い、灰色に覆われた殺風景である。
その中に上下ホコリ一つ無い白の軍服を着た人がいた。
彼はこの艦隊の参謀長、ヴェルソである。
ヴェルソは横に大きく出たお腹を掻きながら方の近くに寄る。
「お久しぶりですね方閣下」
彼は親しげな口調で話すが、その裏に気持ち悪い何があった。
「こちらこそヴェルソ大佐」
「さて客人にずっと立たせるのもなんですし、こちらの椅子におかけください」
そう言ってヴェルソは方の前に椅子を持って来た。
方が腰かけるとヴェルソはニチャニチャと不気味な笑顔で話し始める。
「先の海戦はどうも有難う御座いました。お陰様で少将への昇級が決まり、南洋艦隊次期司令長官にもなれましたよ。全てあなたの美味しい情報のお陰です」
「…約束はきちんと守って貰いたいのだが」
「ハイハイ。きちんと約束は守りますよ。現に艦隊をここに集めたのですから。ところで、新しい商談をしませんか?」
「ヴェルソ殿。今は今回の作戦の打ち合わせですよ」
「そんな事は重々理解しています。ですが、今ここで話ておいたほうが後々楽ですし、貴国の未来にも大きく関係しますよ!」
方はヴェルソに押されてしぶしぶ頷いた。
するとヴェルソはニッコリと笑って話し始めた。
「今回の商談はフィランチ帝国に関係する事なのですが」
フィランチ帝国とはラ国の南西、フィランチ連邦のすぐ西に存在する国であり、連邦は帝国から独立した国である。
その為、帝国と連邦は非常に仲が悪く常に争っている感じである。
「方閣下もフィランチ帝国とワ国は仲が良い事は知っていると思います。そして今回、我が国の諜報員が到底看過出来ない情報を手に入れて参りました」
ヴェルソは話を止めて周りを警戒するように方とヴェルソ以外誰もいない部屋をキョロキョロとする。
それほど聞かれてはまずいものなのかと方も少し身構えた。
「諜報員が掴んだ情報はワ国が超竹級戦艦一隻をフィランチ帝国に売却したとの情報です。そしてその艦を元に現在フィランチ帝国は弩級戦艦十隻、34cm砲搭載戦艦四隻を建造中なのです。これは近隣諸国の我々にとって到底看過出来ませんよね!?」
「それで、我が国に何を要求するんだ?」
「それはもちろん。お金ですよ。現在我が国も対抗策としてイ国に弩級戦艦三隻を発注しましたし、国内でも弩級戦艦三隻を建造中です。そして、現在、34cm砲搭載戦艦二隻を建造するという計画が進行中です。その戦艦の建造費を一部負担して頂きたいのです」
「それは我が国にどんな利益がある?」
「貴国の安全と南洋諸国の平和を守るのです。34cm砲搭載戦艦さえ完成すれば大日帝国の川内型戦艦やワ国の超竹級戦艦にも対抗出来る。その為に建造費を負担して欲しいのです!!」
「再度聞こう。我が国にどんな利益がある?」
「先ほどお伝えしましたが、貴国の安全を守れるのです」
「具体的にどう安全を守れるのだ?」
「…現状、我フィランチ連邦海軍は準弩級戦艦二隻を中核としています。この二隻は南洋諸国では最強の自信がありますし、現にフィランチ帝国は大きな行動には出ていないじゃないですか。ですが、フィランチ帝国の建造中の新型戦艦には勝てません。そうなればフィランチ帝国は南洋諸国を我が物顔で荒らし回るでしょう。そうならないように我々にも軍拡が必要なのです」
ヴェルソの話は方の質問の的を射ていないような気がするが、確かにフィランチ帝国の軍拡は見過ごせない。
方が考えている間にもヴェルソは契約書を取り出して方の前に出す。
「早く戦艦が完成すれば貴国の安全もその分早くに確保出来ます」
方はこの先、世界がどのように進むかを、分かっていた。
だが方は契約書にサインした。
ヴェルソは大喜びの様子で「有難う御座いますね」と言って契約書を受け取る。
そして何度も方がサインした場所を見つめた。
「うん?」
ヴェルソは思わず声を漏らした。
なんと、方のサインの下に「本件に関するラ国からの要望」と書かれていたのだ。
「我々が出費するのだから、当然こちらの意見も呑んで貰わねば。と思いましてね」
方はそう言って呑気にくつろぐ。
ヴェルソは焦りながらその「要望」を見る。
その一に、34cm砲搭載戦艦は情勢において、不要と判断された場合は廃艦とする事。情勢に関しては我ラ国王が判断する。
そのニに、ラ国にもその戦艦の詳細を知らせる事。
この二つが書かれている。
ヴェルソは驚いたように目をカッと開いて方を見る。
方はヴェルソの前で足を組んでさも偉そうにした。
「要望そのニは正当な要求なので呑みましょう。ですが、その一は流石に呑めませんな」
「ヴェルソ殿。投資はお好きですか?」
方の唐突な質問にヴェルソは少し戸惑ったが、すぐに冷静になった。
「投資は大好きです」
「そうですか。では、要望その一は我々が決して見ることの無い未来への投資だと思ってください」
「未来への投資!?未来がどうしたと言うのだね。というか、未来への投資なら戦艦がいたほうが良いではないか」
「そうですね。ですが、今回はそれでは無く、この星そのものの未来です」
ヴェルソは突然のスケールの大きさに理解が追いつかず、その場でフリーズした。
だが、方は話し続ける。
「そう遠くない未来、二酸化炭素という気体が人類の目の敵にされ、世界は異常気象に見舞われる。そんな事が起きます。その時が来るのを少しでも遅らせる為に要望その一を提示しました。時間さえ稼げれば技術革新で異常気象が元通りになるかもですからネ」
「な、何を言っているのかさっぱり…」
「とりあえず、目先の欲に囚われてばかりでは、未来から恨まれますよ。それと、もしかしたら、歴史に世界初、環境配慮した軍人として名を残すかもしれませんよ」
方の言葉にヴェルソは思わず大笑いした。
彼は面白い事に目がないのだ。
「ハハハッ。方閣下、貴殿は実に面白い方ですな。その面白さに免じて、要望その一を呑みましょう!!」
その後二人は力強い握手を交わした。
そして、部屋の外に待たせておいた南洋艦隊の各艦長を部屋に呼んで本題の作戦について打ち合わせをした。
打ち合わせが終わったのは午後十時である。
方は護衛も無しに戦艦フィラメルから巡洋艦広丙まで陸上から帰った。
広丙に着くと方は真っ先にサトウキビへ無線を繋げた。
だが、サトウキビには全く繋がらなかった。
無線からは無慈悲にもポーポーという音だけが出ている。
こうして、サトウキビと全く作戦の打ち合わせが出来ないまま、作戦の日を方は迎えた。
現状、方が考えている作戦は南洋艦隊、ラ国艦隊共にナトウェール湾内で待機し、その間、サトウキビから出撃した艦隊が次元加速域内にいるワ国を殲滅。次元加速域から出てきた敵艦はコチラで撃沈するというものだ。
南洋艦隊とラ国艦隊は方が考えている間も着々と陣形を組む。
ーーー成功するかな…。
そんな不安が方の頭を占めていた。
同時刻、サトウキビ次元加速域。
方がとてつもない不安に狩られている間、戦艦比叡の甲板には三人の人影があった。
三石とレーベンそしてフローズンである。
「さて、方から一切連絡が来なかったけど、この三人で行くよ!!」
レーベンは明るい声で二人を励ます。
フローズンも「GOGOGO!!」と言ってレーベンに同調する。
だが、三石は無言であった。
三石は飛行帽やマフラーをつけて、ガチガチの寒さ対策がされた防寒着を何度かパタパタとさせるだけである。
サトウキビから出撃する艦は戦艦比叡のみであり、動かす人員はフローズンと無数の人型ゴーレム達だ。
人型のゴーレムといえばこの基地と同じ名前のがいたが、そのゴーレム達は基地全体の電力不足の問題で出てこれなかったのだ。
そして、ワ国の基地に乗り込む人達としてレーベンと三石がいた。
この三人以外は全員サトウキビでお留守番である。
戦艦比叡はフローズンが艦橋につくとすぐさま波を切って動き始める。
比叡は次元加速域の中を移動して、ワ国の基地に強襲をかける。
これが方の作戦だ。
比叡は最大速力でワ国の基地を目指した。
瞬く間にサトウキビの基地は見えなくなり、辺りは白い霧で覆われたかのように空と水面が広がっている。
空はずっと雲が絶え間なく動き続け、上空では強い風が吹いていることを暗示し、水面は不気味なほど波が立たない凪のような状態だった。
比叡が目的に向かっている間にレーベンと三石は基地に殴り込みをかけるための機体を見ていた。
「この機体で行くの?」
レーベンが不安そうに聞く。
なぜなら、彼らの目の前にはカタパルトに載る一機の零式水上偵察機11型がポツンとあった。
「スマン、レーベン。俺は陸軍機しか使ったことないから」
「二式大艇は動かせるのに?」
「アレは夢だったからな」
二人は工具を片手に零式水上偵察機が壊れていないかどうかを見直し始めた。
この零式水上偵察機は次元加速域で長年無放置されてはいたが、保管の仕方が良かったのか、少し整備すればいつでも飛べる。
安全飛行は別として。
「そういえば三石って何か好きな食べ物ある?」
「突然どうした?」
「いや、なんとなく」
三石はドライバーを持つ手を動かしながら黙り込んだ。
「そうだな…。最近はバウムクーヘンを食べてみたいな」
「へぇ。バウムクーヘンなら私、作れるけど」
「そうなのか。それじゃ、サトウキビに帰ったらお願いするかな」
二人はその後も他愛もない話をしながら零式水上偵察機の整備をした。
一時間後、ついに比叡の左舷に陸地が見えてきた。
ワ国の次元加速域の基地である。
基地に近づくにつれて建物が次々と見えてくる。
建物以外にも無数の艦艇が周辺を埋め尽くしていた。
だが、これほどまでに建物や艦艇が多いのにが人影一つも無いのだ。
それでも、作戦は作戦である。
レーベンと三石はすぐに零式水上偵察機に乗り込み、いつでも発艦出来る状態となった。
三石は久々の操縦桿を懐かしそうに触りながら周りを見る。
「ねぇねぇ三石。いつ発艦するの?」
三石の背後では楽しそうにシートベルトを破壊するレーベンがいた。
本人は悪気があってした訳では無いであろうが、三石はどこから説明すればいいのか分からず、ずっと黙り込む。
ガコンという音共に視界が動く。
零式水上偵察機が載っかっているカタパルトが動いたのだ。
カタパルトの先はワ国の基地に向けられ、カタパルトから射出されれば一瞬で基地に着いてしまう。
パン!!
爆破音と一緒に零式水上偵察機は海面に投げ飛ばされた。
三石はすかさず操縦桿を引いて機体を上げる。
「しばらく上で旋回してるか」
三石はボソリと呟くと基地の上空でクルクルと旋回を始めた。
空から見ると更に不気味で水雷艇や駆逐艦はいるのに人がいない。
ただそれだけが不気味である。
その頃、戦艦比叡は左舷の全砲門を基地に向けていた。
「全く。時間が無いって焦ってたけど、まさかこんなに早く着くなんてね。次元加速域も気まぐれだな」
フローズンはそう言いながら艦橋で椅子に座ってくつろぐ。
「三式弾しか積んでないけど、やりますか。Fire!!」
フローズンの掛け声と同時に比叡の八門の主砲は火を噴く。
比叡の主砲から発射された八発の三式弾はきちんと並べられた大量の駆逐艦と水雷艇の真上で爆ぜた。
三式弾の強烈な火花は駆逐艦や水雷艇が積んでいる粗悪な魚雷を次々と誘爆させた。
ドンドンドンドン
魚雷の誘爆は次の魚雷の誘爆を呼び、そのまた次の誘爆を引き起こし、永遠と爆発音が基地全体にこだまする。
魚雷が誘爆した駆逐艦や水雷艇は火を上げる間も無く、次々と前後に引き裂かれて海にその小さな船体を沈めていく。
その様子は上空を飛ぶ三石達からよく見えた。
「あーあ。始まった。第二次戦争が」
レーベンは独り言のように言った。
三石は無言で駆逐艦が沈んだお陰で空いた隙間に零式水上偵察機を着水させる。
着水すると二人は機銃を持ってすぐに基地に降り立つ。
二人ともどこにダリアがいるのかは全く知らず、とりあえずしらみ潰しに建物を制圧する他なかった。
一応、定期的に戦艦比叡から送られてくる三式弾によって次々と建物は吹き飛んでいるが、誰一人として出てこない。
「まずどこかから人一人見つける所から始めた方がいいな」
三石はそう言ってレーベンから離れる。
レーベンも自分から離れていく三石を見送った後、三石と反対方向に走って行く。
だが、二人がどれだけ探しても一人も見つからず、いたずらに時間が過ぎる。
過ぎた時間で戦艦比叡の砲撃によってどんどん建物が見るも無残な廃墟となって炎を巻き上げるのみであった。
三石は基地の端まで行ったが、そこまで行ってなお、一人もおらず、走って零式水上偵察機の下に帰る。
すると、偵察機の周りに七人の鉄砲を持った兵士とダリアがいた。
「あっ。おった」
三石はなぜか機銃を捨てて軍刀を引き抜く。
「敵がいるぞ!十時の方向!!」
七人の兵士は三石を見るとすぐに銃口を向ける。
だが、遅すぎた。
瞬く間に七人の兵士は切り倒され、ダリアに刃が向く。
ダリアは戦士殺しから取った大剣を引き抜いて三石に応戦する。
ダリアの振り回す大剣は三石にとっては辛かった。
斬撃を受け止めても体が吹き飛ばされてどの道ダメージを負う。
「戦士殺しの時以来だな」
ダリアが大剣を構えながら言う。
「そうだな」
「まさかまた会うとはな」
「それはこっちもだ。とりあえず、一つ質問したい」
「何だ」
「いつから国を裏切った」
ダリアはビクリとして大剣を構えたまま俯く。
「数年前から計画していた。…ただの権力欲しさにな」
「そうか。それじゃあな」
三石はさっき自分で投げ捨てた機銃を拾い上げてダリアに向ける。
ダリアが何かを言おうと口を開けたが、三石は問答無用で引き金を引いた。
こうして、呆気なく新政府は終焉を迎え、ラ国内戦も終結した。
ダリアを討ち取った後、レーベンはこっそりとダリアの遺体を方に渡した。
そして、戦艦比叡は二人と零式水上偵察機を載せてさっさとサトウキビへ帰還した。
後の事は全て政権を完全に取り戻したラ国が終わらせた。
方は堂々とダリアを討ち取った事を世界に公表し、政権は戻ったと主張。
フィランチ連邦南洋艦隊は訳がわからないまま連邦に帰投した。
一方、新政府軍はダリアを失った事で完全に瓦解し、降伏か徹底抗戦の二択となった。
大半は降伏したが、一部は依然として戦闘を続ける。
だが、この敵軍が掃討されるのも時間の問題である。
ダリアが討たれたという報告はワ国大本営で急遽、緊急会議が開かれるほどの影響を与えた。
ダリアが討ち取られて5日後、ワ国大本営会議室。
会議室は、ガランとしていた。
なぜなら、クロイ戦争によって次々と大将などの高官が討ち取られていたからだ。
「トリュテン海軍中将。貴殿のラ国植民地化計画が頓挫した事についてどう思っているか?」
陸軍大将のグラスパルチィーが聞く。
薄暗い会議室のため、お互いの顔はよく見えていないが、声だけは伝わる。
「そうですね。確かに悪いとは思っています。ですが、ラ国の次元加速域なんて、今回の作戦、“レアメタル作戦”の副産物でしかないのです。作戦に影響は出ません。試験艦竹空と超竹級試験艦第5号艦さえ帰ってくればそれだけで今回は十分です」
グラスパルチィーは不服そうな顔で涼しげな顔のトリュテンを睨む。
「本当に作戦はうまくいっているのであろうな」
「多少問題は出ていますがネ。とりあえず、ラ国北方に展開させた部隊を撤退させて国内の治安維持に向けたらどうですか?最近、反乱軍の活動が活発とも聞きますしね」
グラスパルチィーは頷いた。
こうして、会議は終了となった。
彼らにも時間が無く、最近の会議は即切り上げのような感じである。
トリュテンは会議室を出ると廊下で一人、高い笑い声を上げた。
「世界がそろそろ我が国の手中に入るぞ!!」




