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黒い戦列艦

 海水を被り、土から塩分が出ていた。

 気分が少し悪いが、特に問題は無い。

 「大丈夫!」

 全員にそう言ったが、顔を見合わせて、どうしようか悩んでいるようだった。

 「おい!なんか波が穏やかだぞ!」

 廊下から誰かが言った。

 窓から見ると、確かに波はおさまり、さっきまでの荒れた海が嘘の様な静けさだけが残った。ただ、雲だけは不吉な予感を出す黒雲だった。

 「ちょっと、甲板に出てみない?」

 僕はそう提案した。

 が、正智君は少し戸惑っていた。

 「花壇に入ってるから動けないな」

 独り言の様に言うと、正智君は僕をカバンに入れて甲板に上がった。

 甲板から見ても波は全く無く、風一つ吹いていなかった。甲板にある多少の水たまりだけが、さっきまでの荒れた海を物語っていた。

 「おお、さっきまでのが嘘みたいだ」

 後ろを向くと、階段から次々に乗客や船員が出て来た。

 「右舷警戒!何か来るぞ!」

 艦首にいる船員がその方向をさしながら大声を上げた。

 右舷艦首に駆け寄って船員がさしている方向を見た。  

 黒雲が海面まで降りて動く壁のようにこっちに近づいて来ていた。

 甲板にいる全員がその黒雲を凝視していた。

 すると、黒雲から一本の棒の様なものが出たかと思うと、その棒に引っ張られるように巨大な船体が黒雲から姿を現した。

 三本のマストが天を指し続けていた。

 その船体からはたくさんの大砲がこちらに顔をのぞかせていた。

 大砲は三段に分かれて配置されている。

 一番上の甲板にある大砲群の高さは本船の甲板の高さをすでに越えていた。

 その船は黒い船体だった。いや、戦列艦。と言うべきか。

 その黒い戦列艦は静かな海を切り裂いて近づいて来た。

 もうすぐ目の前まで来ていた。

 船首を本船の艦尾に向けてその右舷大砲群をこちらに向け始めた。

 カン

 音が鳴った方向を見ると、鎌にロープが付いているものが甲板に突き刺さっていた。

 それだけなら良かった。しかし、現実は違う。

 ロープの先は案の定黒い戦列艦に繋がっていた。

 「何かたくさんの人影があるぞ!」

 黒い戦列艦の甲板上にはだんだんと人影が増えていた。

 カンカンカン

 次々に甲板に鎌が突き刺さった。

 「対霊防壁、甲」

 正智君はナイフを黒い戦列艦に向けてそう言った。

 ナイフの周りをくるくると白色の妖精が回っていた。青と白の線が正智君の後ろの甲板から出てナイフに集まってきた。ナイフの先には薄い青の丸い塊が出来てた。その丸い塊は黒い戦列艦に向けて、傘を開くように広がった。

 次々に黒い戦列艦からロープにぶら下がった人影が降りてきた。しかし、傘を開いた様な薄い青の障壁に当たると感電したように海に落下していった。

 「おおー」

 甲板にいる人達から感嘆の声が出た。確かに綺麗だった。この障壁は内側から見ると、白い雲に青色のオーロラがあるように見えた。

 「見惚れとる時間があるなら動けや!機関出力最大!一気に振り切れ!」

 まさかの三石さんが叫んだ。

 煙突から大量の黒煙が上がり、一瞬全員がぐらついた。

 船はみるみる内に速力を上げ、鎌が外れていった。

 だんだんと戦列艦から距離を取った。

 戦列艦はそのまま右に曲がり、本船に右舷の大砲を向けた。

 ドンドンドンドン

 戦列艦から幾つものオレンジ色の丸が見えた。

 周りに滝の様な水柱が上がった。

 しかし一向に当たらず、距離だけが離れて行った。

 「この障壁って防弾効果があるの?」

 「まさか!幽霊系のみで、物理的攻撃は通しますよ」

 戦列艦はみるみる内に小さくなった。それに比例するように周りに立つ水柱の数も少なくなっていた。

 「ふ、振り切ったぞ!」

 甲板から歓声が上がった。

 まさかの誰からも三石さんがバレなかった。

 船はそのままの速力でクリ島に向かった。

 右舷には依然として黒雲の壁が崖のように存在した。

 「三石さん、どうしてここに?」

 正智君は魔法を切り、三石さんに駆け寄った。

 「あのまま全員突っ立ってたらテメェの努力が無駄になるし、三途の川を皆で仲良く渡るのはちょっと嫌だから」

 そう言うと、階段に向けて歩き始めた。

 ドゴン

 空から第二マストが左舷側に降ってきた。第二マストは根元から外れていった。

 「黒雲の中にいるぞ!すぐそこだ!」

 黒雲の中に確かに船影のようなものがあった。

 その船影からオレンジ色の丸が見えると爆発音と共に、黒い弾が飛んできた。

 「三石さん何か逃げ切る手段とかありますか!」

 三石さんを見ると、その背中がとても頼れるように見えた。

 だが、彼は何かを小声で言っていた。

 僕は正智君に何を言ってるのか聞いた。

 「何か作戦でも言ってるのかな?」

 「さぁ?」

 とりあえず近づく事にした。

 「ん゙?」

 正智君が突然足を止めて、何か絶望した様な顔をした。

 「どうかした?」

 「…あの人、大声で自分の名を呼ぶな、とか辞世の句を詠んでます」

 「え゙?」

 彼の頭にはアルコールか何かが回っているのだろうか?もはやただ黒雲の中にいる船影を見つめていた。

 「この蒸気船に追いつく程の速力を有し、攻撃手段を多数有す。挙句の果て同航戦ともなると、振り切るのは難しい。ただ、相手の攻撃はどうやらなかなか当たっていないみたいだな」

 確かに、多少本船にかすめる程度で第二マストが倒壊した以外大した被害は無い。恐ろしい程、命中精度が低いのだ。

 ドゴーン

 この並走している船の爆発音よりも大きい爆発音が鳴り響いた。

 すると、黒雲の中にいる船影から黒雲を掻き消す程の赤い炎が上がった。間もなく、その炎を抱いたままその船影は海に消えた。

 「艦首方向より、カ国戦艦一隻」

 船員がそう叫んだ。もはや目視でも視認出来る程の距離だった。

 その戦艦は本船の前で百八十度回頭し、左舷に横付けした。

 その戦艦から六人程の白い服を着た士官が上がって来た。

 「本艦は対魔王用北部他国籍船舶保護法に従い、本船を保護しに来た」

 そう言うと、本船の被害を調べるために船内を動き回った。

 だが、三石さんはその戦艦を凝視し続けた。

 一応部屋に戻ると、その直後に三人の士官が部屋に入って来た。

 「本艦は貴殿らを保護するように軍令部から言われている。ご同行願おうか」

 そう言われると、部屋の中にあった荷物をまとめて、全員で甲板に上がった。

 甲板に上がると、三人の士官が先導してくれた。

 コン…パリン

 古鷹さんの頭に瓶が当たり、足元で割れた。足に幾つかの傷ができた。

 「おい!俺も乗せろ!」

 「なんでそいつらだけが乗るんだ!」

 罵声を浴びせるだけでなく、物も投げられた。

 古鷹さんは正智君と山岸さんを庇う形で移動した。

 すると、乗客が戦艦に乗ろうと次々に突撃した。

 それを止めるべく、戦艦から下士官達が本船に乗り込んだ。

 気がつけば、甲板にはカ国戦艦の下士官達と乗客とで乱戦になっていた。

 なんとか戦艦に乗り込むと、艦長が丁寧に迎えてくれた。

 「おい、彼らを医務室にお連れしろ」

 艦長は先程まで先導していた士官の一人にそう言った。

 その士官はその後、全員を医務室まで案内した。

 「大丈夫ですか?消毒しますね」

 医務室の人達は大慌てで治療を開始した。

 正智君と山岸さん以外、全員が出血する程の怪我をしていた。とりわけ、古鷹さんの傷は酷く、背中と足に瓶の破片がたくさん突き刺さっていた。

 「俺だけここの艦長に会ってくるわ。正智と山岸は二人の側にいろ。アルメリアは一応連れて行くわ」

 三石さんはそう言うと、僕を連れて艦橋に向かった。

 「我々の保護をして頂いただけでなく、手厚い治療、誠に感謝しております」

 この艦の艦長に敬礼しながら言った。

 「いやいや、いいんですよ。それより怪我の方は大丈夫で?」

 いかにも親しみやすい口調で話しをした。

 「ご心配無く!そこまで深くありません」

 「それは良かった。とりあえず、その敬礼を下げては?」

 そう言われると、三石さんは手を下げた。

 「どうだ。あの国の国民共は、いまだに自国至上主義だぞ。いい加減に自分達が馬鹿だと自覚しないのか!」

 彼は吐き捨てるように言った。

 そりゃ、乗せなかったら怒るでしょ。そう心の中で思った。

 「全くですな」

 三石さんは同調的に話した。

 彼らがこの様な会話をしている真っ最中に、戦艦は船の前に出て曳船を開始した。

 「そうだ。君達は大日“帝国”の国民だろう。安心しろ。あのガドリ神聖王国以外、ワ国を支援する国は居ない!それどころか、我が国を含めて世界が貴国らを応援、支援しておる!必ず勝つぞ!」

 この言葉を大日国民が聞いたらどれほど心強いのだろうか。そうしみじみ思った。

 その後、軽く会釈をして三石さんは艦橋を去った。

 医務室に帰る途中、三石さんは艦内をくるくる回った。

 結論としては、武装は24cm連装砲2基。15cm速射砲12基。4cmガトリング砲8基になった。煙突は四本あり、艦名は戦艦ペイリドだった。

 医務室に戻ると、血の匂いが充満していた。

 古鷹さんの傷が予想より深く、包帯を何重にも巻いていた。

 「皆さんどいてください。万が一傷口から感染症が入ると取り返しがつかないので早くどいてください」

 そう言われて、弾かれるように医務室を出た。

 医務室の前では、正智君と山岸さんが目に涙を浮かべながら懸命に祈っていた。

 坂井さんも頭に包帯が巻かれていた。

 「あいつら、いくら何でも物を投げるのはどうかと思うぜ」

 頭の包帯を触りながら話した。

 「お前の場合だけ、重要書類を盗んだ罰だ」

 三石さんはそう言うと、坂井さんは苦笑いしながら「きついジョークだ」と言って甲板に向かった。

 三石さんはしばらく艦内をうろついたが、小さな船体だけに中も小さく、すぐに甲板に上がった。

 艦尾では一本の曳航ロープがクリ島行きの船の船首に繋がっている。

 そのまま何も無く、夜になった。空は黒雲があざ笑うように浮いていた。

 一方、見張り員達は眠気を感じる間が無いほど目に全神経を注いだ。周りは誰も居ないのでは、と感じるくらいの静けさがあった。

 「このまま無事に着いたら」

 全員が熱望していることだった。しかし、敵はその対義語にも等しい念を持って執拗に追跡した。

 そして、その執拗な努力は実った。

 彼らはその目に、仲間の船を沈めた艦の姿を認めた。

 その頃、三石さんは戦艦ペイリド艦長と共に艦橋で晩酌しながら話していた。

 「突然で申し訳無いのですが、あなたはあの黒い戦列艦を何か知っていますか?」

 「そうだな、アレは、かつて、国家に属する戦列艦として、初代魔王軍らと戦い、鹵獲された船または“思い出”が呼び出した“幻影”だ」

 「初代魔王軍?」

 「そうだ。アレらは、真魔王時代の船達だ」

 「幻影が物理的攻撃を仕掛けて来るのですか?」

 「そうだ。アレは今の魔王、いや、“神”が呼び出した物だからな」

 三石さんは少し頭を抱えた。

 「右舷前方の黒雲方向に反応あり、敵艦です!」

 静かな海が突然うるさくなった。

 戦艦の右舷砲が全て二時の方向を向いた。

 主砲もしっかりと黒雲の中にいるであろう敵艦に向けられた。

 艦内にはまた静けさが戻った。

 艦長以下も露天艦橋に登った。

 「いつでもやって来い!」

 砲術長以下の攻撃関係者はいつ合図があっても動けるようにしていた。

 

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