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サトウキビ防衛戦、後編

 広丙が謎のミサイル搭載艦を追い掛けている午前二時頃。サトウキビでは防衛の成功を祝して今日は宴を開いていた。

 その宴もこの時間になると、すっかりと静まり返っていた。

 床に座りながらの宴だったため、皿が床の至る所に散乱し、モワを始めとする人達は床に寝っ転がって寝ている。

 その中で唯一起きているガルムは立ち上がり、秋雲が封印されている指令室に向かった。

 指令室は薄暗く、冷たい冷気が体に刺さる。

 機械やパソコン、机がところ狭しと並んでいる中にある黒い四角のキューブは目をひく。

 ガルムはその黒いキューブを触ろうと腕を伸ばした途端、「動くな」と後ろから声がした。

 振り返ると、そこには散弾銃を構える三石がいた。

 「どうしたんだ三石?」

 「とりあえず、両手を上げて膝を付いたらどうだ。幾ら人外の能力を持っていても、銃は脅威だろ」

 ガルムはハアとため息をついて言われた通りにする。

 「それで、こうするって事は何かあるんだろ」

 「もちろん山程ある」

 三石はガルムへの警戒を解かずに散弾銃を向け続ける。

 「まず一つ目だが、お前達は何故あんなに冷静なんだ。いや、“感情が乏しい”と言うべきか」

 「そのお前達って、どっからどこまでを指してるの?」

 「レーベンやモワを含める貴様ら全員だ…!!」

 すると、ガルムは三石を睨む様な視線になる。

 雰囲気が、変わった。

 指令室の冷たい空気が更に冷たく感じる。

 「そうだね。まず、長く生きたからかな。それと」

 次の瞬間、ガルムは三石の背後に回っていた。

 彼の手には拳銃が握られ、その銃口は三石の背骨を狙っている。

 「こんな技術を手に入れる程の事がありました」

 「そうか…よ!!」

 三石は軍刀を鞘から勢いよく抜き、振り返りざまにガルムを斬る。

 ガルムは斬られる瞬間、一歩後ろに下がった。

 しかし、三石の刀はしっかりとガルムに当たっていた。

 パカ

 ガルムが常に付けている猫の仮面が真っ二つに割れて床に落ちた。

 彼の顔は、一目見て、人間の顔では無い事を実感した。

 なぜなら、左目は綺麗な青色なのに、右目は、眼球丸ごと真っ黒である。

 「その右目は?」

 三石が刃先をガルムに向けながら言う。

 すると、ガルムは右目のまぶたを掻きむしりながら高音で叫ぶ。

 「顔の火傷を“直す”ために、魔王の子供の目と」

 彼の叫び声は喉に弦楽器でもあるのではないかと思う程の高音を出していた。

 それでも、よく声が聞き取れる。

 「魔王の子供の目?」

 するとガルムは拳銃を投げ捨ててから三石に飛びかかる。

 三石は飛び掛かってきたガルムをヒラリとかわして刀を構えた。

 「フゥー」

 三石は深呼吸をしながら刀を額まで振り上げる。

 ガルムはだんだんと姿勢を低くして拳を強く握る。

 ザッ

 二人は目にも止まらぬ速さで間合いを詰めて、思いっ切り、斬りつける。殴ろうとした。

 「待ちなさい!!」

 突然の大声で二人はそれぞれの攻撃が当たる寸前で止まる。

 そして、声のした方向を見た。

 そこにはラソビエが立っていた。

 ラソビエは二人の視線がこちらに向いている事を確認すると、ズカズカと音を立てて二人の間に入る。

 「フン」

 掛け声と共に二人を引き離して、その間に立ち続けた。

 「なんであなた達二人は宴の日なのに喧嘩してるのよ!!」

 そう言いながらラソビエは二人の顔を見る。

 だが、ガルムの顔を見ると非常に驚いた感じになった。

 「なんで仮面を外したの?」

 彼女はとても焦った声でガルムに何が起きたのかを聞く。

 ガルムは包み隠さずに先ほどの出来事を全て話した。

 「なるほどね。お互いに銃を突きつけ合ったら喧嘩になったと(お互いに銃突きつけ合うとか何処の世紀末だよ…)」

 ラソビエはうーんとしばらく唸りながら、考え事をした。

 それは三石に話しても大丈夫なのかという心配があったからだ。

 「よし!」

 彼女は意を決したように声を上げて三石の方に向く。

 「私もだけど、私説明下手くそだから分かりにくいと思うけど、頑張って理解して!!」

 そして、彼女はガルムの右目がなぜああなっているのか、それを説明してくれた。

 それによると、実は神との戦争が終わってから約20年後、今度は人間との戦争が始まったそうだ。

 その際に、ガルムは人間側に捕虜にされ、その時にこんな目にされたそうだ。

 この目は魔王の第六の子供の右目だそうで、特殊能力を保有している。

 しかし、その反面、ガルムは仮面を着けていなければ好戦的になってしまうというデメリットがあった。

 「…そんな事があったんですね」

 「アレは本当に今までの戦いより辛かった」

 「なぜ人間と戦争が?」

 三石がそう聞くと、ラソビエは悲しそうな顔をしながら事の顛末を話し始めた。

 「あの時、対神戦争後は神が大幅に弱っていたんだよね。そこでこの世界の人間達がこぞって“今こそ神殺しを完遂すべきだ”って騒ぎ初めてね。私達はこの時、神を倒す手段もなければもう一度神と戦う余力すら無かったんだ。それで私達は神殺しを拒否した。そしたら

私達は世間から叩かれた」

 ラソビエは更に悲しそうな声で話し続ける。

 「仲間を失ってまで戦ったのに最後は守った世間から叩かれて、色んなアニメや小説にありきたりな展開だよね。…けど、あんなに辛かったものなんだって」

 ラソビエはいつも付けている仮面から溢れるほどの涙を零しながら崩れ落ちた。

 それでも、彼女は嗚咽混じりで話し続けた。

 「それに、私達は耐え切れなかった。引き金を、彼らに引いてしまったの…」

 彼女はついに話せない程まで泣き始めた。

 彼女が泣き続ける中、三石とガルムには気まずい雰囲気が流れていた。

 ピーピーピーピーピー

 気まずい雰囲気をものともせずにレーダーから警告音が鳴る。

 ガルムは三石を睨みながらレーダーの警告音を止めるボタンを押す。

 そして、ガルムは三石から目を話してレーダーを見る。

 「なっ…」

 ガルムはレーダーに目が釘付けになった。

 レーダーには赤い点がたくさん映し出されており、その赤い点は音速でサトウキビに接近している。

 「ミサイル多数、迎撃しても間に合わない!!」

 ガルムが叫んで数秒後、激しい破壊音と共にサトウキビが揺れた。

 そして、この爆発音は宴の場所でゆったりと寝ていたモワ達を叩き起こした。

 パリンパリン

 机の上に乗っていた皿やコップはミサイル着弾と同時に全て床に落ちた。

 「ンガ!?」

 モワ達はこの爆発音ですぐに起床した。

 最初に意識がはっきりしたレーベンはすぐに辺りを見回す。

 床には割れた皿やコップが散乱しており、何かしら大きな揺れに見舞われたのは容易に想像がつく。

 レーベンはまだ意識が朦朧としてるモワを物理的に叩き起こしてテレポートを命じる。

 モワは訳が分からずにみんなを指令室にテレポートさせた。

 その頃、指令室ではまたガルムと三石が互いに拳を交えていた。

 格闘戦はどうやらお互いに互角のようで、なかなか決着がつかない。

 「おいおい小僧、かなり蹴りグセが酷いようだが、拳はどうした?」

 「外見は小僧でも、生きた時代はこちらの方が上だ!!」

 体格差では三石が勝っているが、猫のように素早く動くガルムに三石は苦戦した。

 そうしている間も、ラソビエはずっとうずくまっていた。

 ちょうどそこにモワ達がテレポートで流れ込んで来た。

 「アイタタ。レーベン、引っ張って」

 「…ちょっとそれどころじゃ無さそう」

 レーベンは自分達が来たにも関わらず、目の前で取っ組み合いを続けるガルム達を睨む。

 そこで、レーベンはガルムがいつもの猫の仮面を付けていない事に気が付いた。

 レーベンは即座に二人を魔法で拘束し、秋雲の封印されている黒いキューブの隣に座らせる。

 そして、二人の前で仁王立ちをしながら話す。

 「それで、ラソビエがあそこでうずくまってる中、あなた達は何をしてるの?」

 レーベンの口調は明らかにキレていた。

 三石とガルムは下を俯いてなかなか喋ろうともしない。

 「全く。そんな姿を正智や山岸に見せら…」

 突然、レーベンは固まったかのように動かなくなり、ストンと地面に座った。

 その様子を見ていた正智君は何とも言えない不安に襲われてレーベンに近づく。

 「大丈夫ですか?」

 レーベンからの返事は無かった。

 振り返って見ると、三石もガルムも下を俯いたまま、微動だにしない。

 まるで魂を抜かれた人のようだった。

 体温を確かめようにも、部屋の温度がそもそも低いため、よく分からない。

 「そうだ!!心臓の音!」

 そう言って正智君は三石の胸に手を当てる。

 普通ならコトンコトンとなっている。普通なら。

 彼からは全くそんな感覚が送られてこない。

 正智君が顔を覗き込むと、三石は目を細く開きながら、止まっていた。

 「うわあああ!!」

 正智君は思わず情けない悲鳴を上げる。

 その声を聞いて古鷹が正智君に寄って来た。

 「どうしたの?」

 「三石さん達が…」

 古鷹は早速三石に手を当てる。

 「どこも動いて無い…」

 古鷹の顔はみるみる険しくなり、三石の事を床に寝かせて、隅々まで触る。

 だが、三石は全く反応しない。

 古鷹は急いで心臓マッサージを開始した。

 この様子にモワも寄って来て、「これは?」と尋ねる。

 古鷹は「それよりも、レーベンに心臓マッサージをして」と言い放つ。

 「心臓マッサージ?」

 モワは明らかに困惑しているようであった。

 とりあえず、古鷹と同じようにレーベンを寝かせる。

 その後は、見様見真似で手を動かす。

 正智君もガルムを横にして、古鷹の見様見真似をする。

 「これって何?」

 モワが胸骨圧迫をやりながら古鷹に聞く。

 「これ?前にレーベンが教えてくれた心臓マッサージ(胸骨圧迫)っていうやつ。なんかレーベンの時代じゃかなり効果があるって」

 三人が一生懸命に心臓マッサージをしている中、坂井はレーダーを見つめていた。

 すると、南からまたたくさんの赤い点が音速で接近していた。

 「またミサイルが来るぞ!!」

 坂井がそう叫ぶと同時にミサイルが着弾した。

 このままではいくらコンクリートで何重に防御されているサトウキビといえども、すぐに限界が来てしまう。

 「あ」

 坂井は何かを思い出したかのようにに走り出し、指令室から姿を消した。

 黒猫のコロも坂井に続いて姿を消す。

 一人と一匹が着いた先は駆逐艦秋雲が繋留されている桟橋であった。

 「秋雲が一人でなぜか動かせてたから、俺も一人でやれっかな…」

 坂井は独り言のように言ってひっそりとした艦内に入る。

 「…坂井、気を付けろ。生命反応がする」

 コロが坂井の肩に乗っかって、耳元で囁く。

 「場所は?」

 「あいにく、犬のような嗅覚は持ち合わせていないのでな」

 坂井はまず艦橋に向かった。

 そこで色々とレバーを引いたりボタンを押したりしたが、駆逐艦秋雲はびくともしない。

 「ねぇコロ、動かし方知ってる?」

 「猫が船の操縦方法知ってたら世も末だぞ。頑張れ」

 坂井はその後も色んな事をしたが、艦はうんともすんとも言わない。

 仕方無く、まずは機関室に行ってみる事にした。

 機関室は特に変わりが無いというか、そもそもの機関すら稼働していなかった。

 だからと言って、彼らに動かし方が分かる訳も無く、しばらくは機関室で右往左往する事になった。

 一方、その頃、指令室では依然として心臓マッサージが行われていた。

 「1、2、3」

 三人はもうヘトヘトで、額には大粒の汗がいくつもある。

 だが、彼らは相変わらず全く反応しない。

 「ハァハァ…」

 古鷹は一旦手を止めて辺りを見回す。

 すると、先ほどまで電探を見つめていた坂井が煙のように消えていた。

 「坂井は?」

 古鷹がそう聞くと、モワも正智も知らないという風に首を横に振る。

 古鷹は坂井を大声で呼びながら立ち上がろうとした。だが、頭に何か硬い物がぶつかった。

 「痛〜」

 古鷹は強く頭をぶつけて涙目になりながら頭を抑える。

 しかし、彼女がぶつけたと言う場所は何も無く、十メートル程上に天井があるだけだ。

 モワは不思議に思い手を上に当てる。

 すると、人がかがんだくらいの高さに平べったい板のような感覚があった。

 だが、目視では全く見えない。透明なガラスのようだった。

 横にも手を伸ばしたが、そこにも透明な壁がある。

 「マズい!!」

 モワは正智と古鷹を自分の元にいきなり引き寄せて、サトウキビ外にテレポートしようとした。

 しかし、その時には手遅れであった。

 さっきまで微動だにしなかったレーベンが突然起き上がり、瞬く間に古鷹とモワを縄のような物体を出す魔法で縛り付ける。

 正智はあまりの出来事に頭がついていけず、ペタンと床に座ったままだ。

 「レ、レーベンさん…」

 正智は震える声でレーベンの名を呼ぶも、レーベンは無気力な目で正智を見つめるだけである。

 レーベンはフラフラと今にも倒れそうな足取りでうずくまるラソビエの元に行った。

 すると、秋雲にやったようにラソビエを魔法でポッと出した2mほどの黒い箱の中に入れて封印した。

 「いやー、お見事お見事。流石一線クラスですな」

 パチパチと手を叩きながら泣いている顔のメイクをしたピエロが現れた。

 ピエロの背中にはそのピエロ姿に不似合いなバイオリンがある。

 ピエロは呆然とする正智を無視して、指令室の隅にある一台の石製パソコンの前に腰を下ろす。

 「さてと、ここからが私の腕の見せどころですネ」

 ピエロは亜音速並みのスピードで指を動かし、次々とキーボードを叩く。

 しばらくして、ピロンと可愛らしい電子音が指令室中に響いた。

 その音と共にまた新しく二つの人影が指令室の中に入る。

 その中の一人は、何度も見たこと、話した事があるそして、最近全く見てない山岸ルナであった。

 「ピエロ君、ご苦労!!」

 ルナの隣にいる全身をボロボロの布で覆い、肌が少しも見えない人物が言う。

 身長はおよそ160cmと言ったところだろか、ルナとほぼ同じ身長だ。

 「いやー。まさに昼飯前の容易さですよ」

 「ハッハッハ。これだから君は頼れる。それじゃ、秋雲を解放しようか」

 ピエロとボロボロの布を被った人物が話している様子はあそこだけハロウィンやってるのかと勘違いしてしまう。

 「正智さん」

 左から僕を呼ぶ懐かしい声がした。ルナだ。

 彼女は正智のすぐ隣でしゃがみ込み、嬉しそうな顔で怯える正智の横顔を眺めている。

 「正智さん正智さん。実は私ね、数ヶ月前からずっとずっと苦しかったんだ」

 「?」

 正智は声が思うように出ず、ルナの前でただただ生まれたての小鹿のように震えるだけである。

 そんな正智を面白がるかのようにルナは正智を見つめ続ける。

 「それでね、あのボロボロの布を着た人が教えてくれたの。それは って言う感情なんだって」

 彼女は楽しそうにクスクスと笑いながら言った。

 一体今の状況の何処に笑える要素があるのか、正智は全く分からなかった。

 「山岸さん…どうしたんですか…」

 正智が耳を凝らしていないと聞き取れないほどの声だか、ついにすべての勇気を使って一言を吐き出した。

 すると、ルナはその言葉を待っていたかのように顔一面に明るい笑顔を作って話す。

 「私、ガドリ神聖王国で一目見た時からあなたに恋をしたの」

 思いも寄らない言葉がルナの口から出て来た。

 「私ね、あなたと恋人同士、それ以上の関係になりたいの。だけど」

 そう言いながら秋雲が封印されている黒い箱を見つめる。その目からは憎悪が感じ取れた。

 「秋雲が、邪魔で邪魔で、なかなか話し掛けられなかったよ。けど、ようやく私の夢が叶った。毎日欠かさず皆のご飯に毒を仕込んだ甲斐があったよ」

 「えっ…」

 「あっ、正智君は大丈夫だよ。あなたには解毒剤入りの水を飲ませていたからね」

 ニコニコとしながらこの事を話すルナが正智にとってはただただ恐怖でしか無かった。

 今までルナと旅をして来た時間が水に流れるように消え、今はあの顔の下でそんな事を考えていた、やっていたのかという戦慄に変わった。

 「本当にここまで長く掛かった。それじゃ、私達の新居に行こうか。ここに居たら彼らの邪魔だしね」

 「坂井さん達は」

 口から坂井の名前がこぼれた。

 こぼれた理由としては単純に彼がここにいないからであろう。

 ルナは一瞬驚いた表情になったが、すぐにニコニコ顔に戻った。

 「大丈夫。彼も今頃はピンチだよ」

 そして、彼女は正智の手を半ば強引に引っ張って指令室から足早に立ち去って行った。

 同時刻、駆逐艦秋雲艦橋。

 この時、坂井とコロは駆逐艦秋雲の艦橋に機銃一丁を持って立て籠もっていた。

 なぜなら、外にはどこからともなく現れた殺意高めの赤い糸を連射する1m級の蜘蛛が駆逐艦秋雲を四方八方から取り囲んでいるからだ。

 一匹倒してもまた一匹と無数にいるのではと思うほどゴロゴロといる。

 「坂井さんや。このままここで閉じ籠もっていても時間の問題ですぜ」

 「コロさんや。あのまま異変に気付かず機関室に居たらそれこそあそこで終わってましたぜ」

 実は、この時すでに機銃の残弾は一発も無く、一人と一匹はハリボテの余裕を出しているのだ。

 「レーベンが来るまでここで待ってますか」

 「レーベンの実力は知らないけど、コロが言うなら大丈夫なんだろうな」

 この時、坂井とコロはまさか指令室が()()かの手に落ちているなど夢にも思っていなかった。

 蜘蛛は刻々と坂井達に近づいて来る。

 すでに甲板上には蜘蛛がわんさかといた。

 今外に出ようものなら蜘蛛の赤い糸掃射で怨霊に成らねばならない。

 「主砲やら機銃やらが使えれば勝てますがね」

 コロがポツリと呟く。

 そんな事は坂井も分かっている。

 だが、主砲を動かすには一旦艦橋の外に出なくてはならない。そうなれば、赤い糸掃射だ。

 カンカンカンカン

 天井から何が薄い鉄の上を歩く音がした。

 十中八九蜘蛛である。

 ここに蜘蛛が流れ込んで来るのもそろそろだ。

 「坂井、何か手榴弾とか持ってないか?」

 「贅沢言うな。最後は蜘蛛の顔見て怨霊になるんだ」

 ゴンゴンゴン

 あの蜘蛛共の独特な鳴き声がする。

 もうご飯は目の前だなどと喋っているのだろう。

 「そろそろかな。ここまで。ありがとうなコロ」

 「こちらこそ。来世はあの蜘蛛共を絶滅危惧種に追い込む能力が欲しいぜ」

 一人と一匹は静かに目を閉じる。

 それでも、耳から入って来る蜘蛛共の鳴き声のせいで瞼の裏にも蜘蛛の姿が浮かぶ。

ーーー妹は元気にしているのであろうか。

 ふとそんな疑問が坂井の頭を過ぎった。

 妹は確かに一人でも十二分にやっていけるかもしれない。だが、料理が苦手でいっつも晩御飯は体に悪そうな物だ。そして、今朝飯担当の俺がいない。つまり四六時中体に悪い物を食べている。

 そんな物ばっかり食べていてはいずれ体調を崩すであろう。もう一度会ってしっかり料理を叩き込まねば。

 坂井はカッと目を見開いて残弾無しの機銃を拾い上げる。

 間違え無くさっき思った料理の件は建前だろう。

 本音はあと一回だけ妹と会いたい。

 「アアアアア!!」

 大声を上げながら扉を勢いよく開けて目の前にいる蜘蛛を目下の桟橋に叩き落とした。

 だが、目の前には五、六匹はいる。

 「座右の銘は乾坤一擲、出身地は群馬県。得意料理はバイト先の醤油ラーメン。坂井忠太ここに有り!!」

 あまりの大声に蜘蛛達は一瞬怯んだが、すぐに坂井を睨む。

 坂井は残弾が無い機銃を構えてさも弾がある風を装った。

 「ゴンゴンゴーン!!」

 相変わらずの独特な鳴き声を蜘蛛が上げる。

 蜘蛛達はさっきまで仲間に対して無双していた“その武器”を警戒しているようだった。

 ちょうどその時、ミサイルが着弾した。

 またサトウキビ全体が大揺れする。

 それは駆逐艦秋雲も例外では無い。

 秋雲に張り付いていた蜘蛛達は次々と桟橋に落下し、柵に捕まっていて落ちなかった坂井を見上げる。

 奇跡はミサイルだけで終わらなかった。

 突然、表現出来ないような爆発音がこの空間内にこだました。

 それと同時に駆逐艦秋雲の艦首で目が眩むほどの発光があった。

 それらが落ち着くと、坂井はヨロヨロと歩き出して艦首に向かう。

 そこには炎上するあの蜘蛛達の死骸が無数に転がっていた。

 右の無造作に繋留されている艦艇群から発射されたのは分かっている。

 坂井はすぐに右を見る。一目でどの艦から発射されたのかが分かった。

 その艦はまるで戦艦大和のような艦橋を持ちながらも主砲は連装砲。

 「戦艦…“比叡”!」

 比叡はこちらに左舷を向けたまま前部にある4門の主砲を動かす。

 生き残った蜘蛛達は自慢の赤い糸を比叡に向けて連射したが、200m以上離れている為、全く当たらなかった。

 間もなくして、戦艦比叡からの第二射が発射された。

 それによって生き残っていた蜘蛛達も容易く一掃された。

 目の前は小さな火の海となり、坂井と駆逐艦秋雲を照らす。

 「これが…」

 坂井はこの光景を食い入るように見つめる。

 坂井からすればこの光景を見ていたのは一瞬だったかもしれない。だが、時間は坂井が思っていたより経過していた。

 「Hey。坂井さん、元気してましたか?」

 坂井はこの声でハッと我に帰って下を向く。

 この声は、忘れる訳が無い。

 火の海の中、こちらに向けてニコニコとしながら手を振る人影が一つある。

 「秋雲幸一…!!」

 「御名答。てか忘れられたら困るのですが…」

 秋雲の件はガルムから聞いた。

 そして、この事は決して正智に言ってはならない事も。

 「おい秋雲、ちょっくら喧嘩しようぜ。ここまで上ってこい」

 「…君()をわざわざ助けて上げたのにな。ま、いっか」

 秋雲はとても人間とは思えない行動をした。

 目の前の桟橋から多少の助走をつけて甲板まで一気に飛んできたのだ。

 秋雲はヨッと言いながら第一砲塔の上に着地した。

 そして、坂井を立ちながら見下す。

 「上がってきたよ」

 坂井は驚きで言葉が出てこなかった。しかし、体は実に正直である。

 機銃の銃口を秋雲に向けた。

 「その機銃、残弾無いでしょ」

 「もしかしたら一発くらいあるかもだろ」

 「ふーん。けど、僕には関係ないね」

 秋雲は第一砲塔からスッと降りて坂井のすぐ目の前まで近づく。

 次の瞬間、秋雲は坂井のみぞおちに強烈な一発を入れた。

 坂井はあまりの激痛にその場に立ち崩れてお腹を押さえる。

 「バイバイ」

 そう言って秋雲はその場を離れて艦橋に上がる。

 そこにはコロがゆったりと座っていた。

 「お久しぶり、コロさん」

 「名前を覚えていてくれて有り難いな。それで、なんで“ドッペルゲンガー”に成ってるんだ?」

 すると、秋雲はクスリと笑い、不気味な目線でコロを見つめる。

 「そりゃ、誰かさん(山岸ルナ)が致死性の毒を飲ませたからでしょ」

 彼はニコリと笑っている。だが、その笑顔の裏にドス黒く、気持ち悪いほどの憎悪があるのはコロからすれば一目で分かった。

 「それで、これから何をするんだ?」

 コロはそう言って一瞬まばたきをした。

 すると、秋雲の姿はさっきと全く違う姿になっていた。

 髪の色が白くなっていたのだ。

 これはこの世界のドッペルゲンガー特有で例外を除いて大半のドッペルゲンガーの髪の色は白くなるのだ。

 「決まってるじゃん。今僕の姿の奴(指令室にいる秋雲)誰かさん(山岸ルナ)を始末するんだよ。もちろん。邪魔する奴も葬る」

 「そうか…」

 コロは少し寂しそうに頷いた。

 ドッペルゲンガーはどんな感情よりも破壊欲求が強く、それは誰にも止められない。

 彼の感情に同意するかのようにさっきまで全く動かなかった駆逐艦秋雲の全主砲が指令室がある10時の方向を向く。

 主砲は仰角を上げて確実に指令室を撃ち抜く気でいる。

 「秋雲、無理だ。次元加速域と通常空間の間にはかなり強い結界がある。それを砲弾で撃ち抜く事は出来ない」

 「ふーん。コロも面白い事を言うね。だけど、物事やってみないと分からないよ。それに君、人を試すクセがあるからね。嘘言ってるかもじゃん」

 「いつ私が嘘を言った?」

 「言ったと言うよりかは、伝えなかったって言うのかな。君、テレポート使えるのになんで坂井に言わなかったの?」

 コロは何にも言い返せなくなり、じっと黙る。

 それでも、強い結界があるのは事実だ。

 「それじゃ、発射!」

 駆逐艦秋雲は六門の主砲から砲弾を弾き出した。

 そして、砲弾は真っ直ぐに指令室がある方向へと飛んで行った。

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