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ナトウェール湾海戦

 午前十二時。

 殴り込み雷撃戦隊が役目を終えて補給をしている頃、巡洋艦広丙と広丁はナトウェール城に主砲を吹かせていた。

 だが、ラ国自慢の城は中々に堅牢でとても15cm砲では歯が立たなかった。

 この状況に巡洋艦広丙の露天艦橋では苛立ちが広がっていた。

 「先ほど砲弾と燃料の補給は終えましたが、また頼みそうになりそうですネ」

 砲雷長の足はプルプルと震えている。

 いや、砲雷長以外もプルプルと震えている。

 なぜなら、彼らはすでに三時間ほど同じ場所に立っているからだ。

 そんな中、方はたまにジャンプをしていたため、足が震えている事態にはなっていなかった。

 「この砲弾料は陸軍に後で支払ってもらおうか」

 方は笑いながらそう言う。

 周りはほぼ苦笑いである。

 間違え無く方は退屈していた。

 ちょうどそこに、まさに彼が待ち望んでいたとも言える報告が舞い込んだ。いや、待ち望んていた状況とはかなり嫌な方に、最悪な状況に偏っている。

 伝令兵が息切れをしながら露天艦橋に上がって来た。

 伝令兵の目は血走っている。

 「元帥!!ナトウェール城下町の西に展開していた陸軍部隊より報告。船影多数」

 伝令兵はハァハァと息切れしながら報告を言い切った。

 「なんだと!?」

 幕僚達は報告をした伝令兵を質問攻めしたが、「私は船影多数としか聞いておりません」としか返って来なかった。

 「やはり、そうであったか」

 方はボソリと呟いた。

 すると、幕僚達は伝令兵への質問攻めを止めて、方の一言一言を注意深く聞き取ろうとシンとする。

 「今回のラ国侵攻は世界的貿易港ナトウェール湾の占領と西側諸国のクロイ戦争への介入を減らすため。そして、国際連盟会議での優位のためだ」

 「会議での優位?」

 「そうだ。昨日の国際連盟会議では新ラ国はワ国から“旧ラ国に代わる新たな国として推薦を受けた正式な国”として出席していたんだ。そして、案の定、新ラ国はクロイ戦争はワ国が正しいと主張した」

 方は一旦一息おいた。

 その後、方はナトウェール湾の占領と西洋諸国の介入について話し続けた。

 「ナトウェール湾の占領は言わずとも分かるとは思うが、ここは世界各地から商船や商売人が様々な目的で集まる。例えば商売のため、補給のため。その市場をワ国一色に染め上げたらどうなる?多額の関税をかけたらどうなる?収益は右肩上がりだろうよ」

 「それでは、西洋諸国からの介入というのは…」

 「今ワ国はクロイ戦争で大日帝国と広陸帝国の連合軍と戦っていて、たださえ精一杯。そこにカ国とかが介入して来たらどうだ。ワ国はほぼ確実に負ける。だからガドリ神聖王国の他にも対西洋諸国への砦としてラ国を欲したんだろ。そう考えると、主力艦隊は普通、西側に配備するだろうな」

 一瞬、幕僚達は言いしれぬ寒気に襲われた。

 方は目の前の艦隊は主力では無く、別の“第二艦隊”という新たな艦隊の存在を提唱し始めた。

 実はこの時、ラ国海軍はナトウェール湾に停泊している艦隊のみしか情報が無く、まさかもう一つ艦隊があるなど方以外、夢にも思っていなかった。

 間もなくして、新ラ国海軍本部を調査中であった部隊から第二艦隊は存在すると報告され、方の説は正しい事が証明された。

 巡洋艦広丙と広丁は砲撃を止め、一直線に湾口を目指し始めた。

 その間に巡洋艦広乙にも第二艦隊の存在を知らせていた。

 トンしかいない巡洋艦広乙の艦橋にいっつもお世話になっている伝令兵が上がって来た。

 「新たなる敵艦隊発見との報告が」

 「そうか…。まあ、先ほどの戦闘は物足りなかったし、発散には十分だな。全艦艇に出港せよと伝えろ」

 伝令兵は敬礼をして艦橋を去って行く。

 その後ろ姿をトンは艦橋から見守っていた。

 「伝令兵もシフト制にするか…」

 艦隊は二十分ほどで全艦出撃した。

 巡洋艦広丙と広丁はすでに湾外に出ているため、最大速力で合流を目指す。

 波は急ぐ艦隊を止めようとするのか、何度も艦首や甲板に打ち付ける。

 駆逐艦は波に乗り上げ、たまに空中に浮いたり、サーフィンをしていた。

 「風はほぼ無風なのに海が荒れているとは。ここらでは珍しいですな」

 何度も物理的に上下する広乙の艦橋では呑気に雑談が交わされていた。

 「湾外でもこんな感じですと、命中率は大幅に低下しますね」

 「命中率といえば、砲弾の料金、全て陸軍が支払ってくれるらしいぞ」

 とやかく話している内に、巡洋艦広乙も湾外に出た。

 湾外は湾口ほどは荒れていなかったが、砲撃には間違え無く支障が出る。

 その中でも特に駆逐艦は戦闘出来るかすら怪しい。

 ラ国艦隊は巡洋艦広丙を先頭に波に煽られてバラバラな状態のまま敵艦隊を視認した。

 敵艦隊はナトウェール湾に停泊していた艦隊に負けず劣らずの量に見える。

 敵艦隊もラ国艦隊と同様に陣形はバラバラ。では無く、二列の並列単縦陣で荒波をものともせずに近づいてくる。

 この敵艦隊の様子はラ国艦隊に不安を走らせた。

 「なんだあの艦隊は。我々とかなりの差があるぞ」

 あの艦隊を見た後にラ国艦隊を見れば、間違え無くラ国艦隊は烏合の衆に見えるであろう。

 現に敵艦隊、つまり新ラ国海軍第二艦隊から見れば烏合の衆に見えていた。

 特に、第二艦隊旗艦戦艦印沼に座乗している艦隊司令長官は嘲笑うようにラ国艦隊のバラバラの光景を眺めている。

 「まさかアレほどの運用能力とは…。赤道守りのバーサーカーの名も地に落ちたな」

 全体的にガッチリとした体や顔で高い鼻を持つ彼はニコリと笑うとまさに貴族出身という感じである。

 彼は狭く安全な艦橋内で腰を曲げながらラ国艦隊を見つめていた。

 彼は根っからの戦艦不沈主義者でこのワ国から貸与された戦艦印沼と印天の装甲に絶対の自信があった。

 この戦艦印沼と印天はワ国の印沼級戦艦一番艦と二番艦であり、排水量12000トン、全長125m、全幅20mの他国と大差の無い前弩級戦艦である。

 主砲は24cm連装砲二基をそれぞれ艦首、艦尾に有し、副砲として15cm舷側砲が18門存在する。

 細い筒状の四本の煙突から黒煙を上げてくる姿はどこか頼り無いが、性能は1884年のワ国海軍では最強を誇り、西洋諸国の当時の最新鋭戦艦にも十二分に対抗できる能力を持っていた。

 そして、ワ国を列強の一端に加え、世界トップクラスの軍事力を持つ要因となった。また、本艦を基にワ国は長竹型工作戦艦や川竹型戦艦、木竹型戦艦などの前弩級戦艦を設計した。

 しかし、1903年の現在。

 当時最強と呼ばれた性能は今では一般以下の性能となり、第一線を退いていた。

 だが、今回のラ国艦隊の主力艦広丙型巡洋艦は印沼型と同時期の1884年にワ国で就役している。

 つまり、戦艦印沼からすれば当時の強みが帰ってきた戦場である。

 第二艦隊

 印沼型戦艦二隻

 蒸気推進型戦列艦六隻

 蒸気コルベット三十八隻

 二隻の印沼級戦艦はそれぞれ列の先頭にいる。

 第二艦隊司令長官は24cm砲の射程を活かして早速砲撃を開始した。

 印沼と印天から放たれた四発の砲弾はラ国艦隊の先頭を航行している広丙の周りに落下する。

 「グワッ」

 甲板に降り注ぐラ国製火薬混じりの海水は乗組員の白い服に少し色を付ける。

 「クソー!早く撃ち返してやる!!」

 第一主砲の砲手は今か今かと射撃命令を待っているが、まだ広丙の有効射程距離から離れている。

 しばらく広丙は二隻から一方的に撃たれ続けた。

 だが、二隻の砲弾が広丙に当たる事は無かった。

 単純に乗組員の練度が低い事もあるが、何よりもお互いに波に揺られているため、狙いが付けにくかった。

 方はいつ砲弾が当たっても可笑しくない露天艦橋で指揮を執っている。

 何人かの部下が艦橋に戻るように言っても相変わらず耳を貸さず、馬の耳に念仏であった。

 「いいか。このまま最大速力で近づけ。恐らくあの艦は本艦が一定の距離に来たら回頭して我艦隊に舷側を向けるであろう。そしたら、針路を南東に向けろ」

 ラ国艦隊はほとんど反撃せずに第二艦隊に接近する。

 なのに、攻撃は全て広丙に集中する。

 広丙は無数の至近弾を食らい、艦底部に一部浸水が発生していた。

 徐々に攻撃は正確になっている。

 マストは砲弾が直撃して空に舞い上がり、第二煙突は24cm徹甲弾が開けた穴から黒煙がもくもくと出ていた。

 幸いな事に、航行と戦闘に異常は無く、広丙は元気に波を切り裂く。

 「方元帥、このまま敵艦隊が直進して来れば衝角攻撃ですか?」

 砲雷長が言った。

 確かに、距離は既に広丙の主砲の15cm砲の有効射程範囲内である。なのに方は全く攻撃を指示しない。

 「安心しろ。敵艦隊は必ず回頭する」

 彼はそれしか言わない。

 敵艦隊との距離は1000mほどだ。

 すると、敵艦隊は方達から見て右に艦首を向け始めた。

 「敵艦隊、北に針路を向ける。回頭し始めました!!」

 砲雷長は驚いたように目を見開いていた。

 「全艦一斉回頭、針路を南東に向けろ!!」

 方は第二艦隊が回頭すると同時に命令を下した。

 ラ国艦隊は第二艦隊と逆の南、つまり左に舵を切った。

 広丙は大きく左舷側に傾き、何かに掴まっていないと倒れそうであった。

 「方元帥、このままでは敵艦隊の絶好の的です!!」

 砲雷長が露天艦橋の柵に掴まりながら方に向かって叫ぶ。

 「その点は大丈夫だ。今敵艦隊は回頭中だからほぼ射撃が不可能なはずだ」

 方はそう言った。

 確かに、広丙の周りには水柱が立たず、印沼や印天から砲撃の発光すら無い。

 攻撃を全く受けずに回頭し終わった広丙は変わらずに最大速力で“目標海域”に向かう。

 「元帥、本当に上手く行きますか?」

 砲雷長がその目標海域を見ながら言う。

 「そうだな。当然、我々も高度な操艦技術を求められるが、安心しろ。この艦はそこらの艦より荒波に慣れてるぞ。駆逐艦と通報艦を全艦ナトウェール湾に帰投させ、次の命令を待たせろ」

 駆逐艦達と通報艦は荒波の中、針路を北に向けて、えっちらおっちらとナトウェール湾に向かう。

 ラ国艦隊で現海域に残っているのは巡洋艦三隻のみである。

 ただでさえ少ない戦力なのに駆逐艦達を帰投させた理由は目標海域は小さい駆逐艦や通報艦が行くには危険過ぎるからだ。

 「本当に行けますかね。うちの怖い物知らずの航海長ですら転覆の危険があるって言ってますよ」

 砲雷長は目標海域を見ながら何度も心配そうに言う。

 「大丈夫だ。とりあえず、甲板にいる乗組員達を全員艦内に収容しておけ。…私と君だけが外にいる状況にしろ」

 しばらくして、三隻の巡洋艦の甲板に人影は一つも見えなくなった。

 例外として、広丙の露天艦橋に二人の人影がある。

 ラ国艦隊は広丁を先頭に広乙、広丙の順に進んでいた。

 一方、第二艦隊では艦隊運動に混乱が生じていた。

 艦隊司令長官の予想ではラ国艦隊はこのまま無抵抗の猪突猛進(衝角攻撃)をすると思っていた。

 艦隊はまさに逐次回頭中でまだまだ時間が掛かりそうである。

 「クソッ!!早く回頭を終わらせてラ国艦隊を追撃しろ!!」

 司令長官は艦橋にこだまするほどの叫び声で航海長を怒鳴りつける。

 そうしている間にもラ国艦隊はみるみる距離を離してゆく。

 この時、ラ国艦隊から駆逐艦や通報艦が消えたなど誰も知らなかった。

 艦隊は回頭中に波のせいで陣形が綺麗な二列の単縦陣はバラバラとなり、無秩序の状態となった。

 そのせいでなかなか艦隊は上手く進めずにいた。

 何度も艦隊運動をして陣形をもとに戻そうとするも、無意味である。

 仕方無くバラバラの状態のまま、三隻の巡洋艦を追う事にした。

 三隻の巡洋艦との追いかけっこは続いている。

 三隻の巡洋艦は一直線にまだまだ先にある小さな島を目指して進んでいた。

 気が付けば空は不気味なほど黒く厚い雲に覆われて私達を嫌う様に大粒で激しい雨を降らせている。

 風も強く、到底掴む物無しで甲板に立つことは出来ない。印沼のマストも強風でへし折れてしまった。

 海は強風と荒波のハーモニーで荒れ狂い、全長125mの巨艦をたまに空に浮かせる。

 これには司令長官がいる頑丈な艦橋にも激しい揺れが連続して襲ってきた。

 狭い艦橋で何度も襲って来る激しい揺れは彼らに恐怖を与え続ける。

 一人が突然、「俺を丘に降ろしてくれ!!」と叫んで暴風雨の甲板に走り去って行く。

 走り去って行った彼はこの艦、印沼の航海長である。

 航海長が消えた艦橋ではお互いの知識を使って議論し、外で何が起こっているのかを考えていた。

 「これはまさか、タイフーン(台風)ではないのでしょうか」

 航海長の補佐をしていた航海士がボソリと言う。

 タイフーン、それかも知れない。いや、それだ。

 司令長官はそれを聞くと、顔を青ざめて下を向く。

 艦橋に流れ込んで来る風の音が乗組員達の悲鳴のように聴こえる。

 司令長官は恐る恐る後ろを見る。

 印沼の後ろはまさに海の恐怖を再現したような光景となっていた。

 全長が90m未満の蒸気コルベット達は高波と強風に煽られて海上でおもちゃのようになっている。

 あるコルベットは10mほどの高さがある波に乗っかり、その波の頂上から海面に叩きつけられ、バラバラとなり沈没した。

 またあるコルベットは他のコルベットと衝突し、浸水が発生。間もなく波に消えた。

 次々とコルベットは司令長官の視界から消えてゆく。

 蒸気推進型戦列艦はその小さな船体と不均衡の高いマストで位置がかろうじて分かる。

 第二艦隊に配属されている蒸気推進型戦列艦はどれも蒸気コルベットと同じかそれ以下の全長である。ただ、武装の搭載量と喫水は蒸気コルベットに勝っていた。

 だが、それらの武装は一度も火を噴くことなく、海底に沈んでいった。

 「あぁ…」

 司令長官は思わず口から絶望のため息が出た。

 第二艦隊は、自然の脅威に抗えずにみるみると数を減らす。

 第二艦隊の士気と数は見て分かるほど下がっている。

 「安心しろ安心しろ。私には戦艦がある。あんな雑魚なんていなくとも戦艦で勝てる。戦艦さえあれば…」

 司令長官は自分に言い聞かせるようにブツブツと言う。

 彼の表情からは不安と焦りが感じられた。

 目は助けを求めるように周りをキョロキョロとし、全身がプルプルと震えている。

 「戦艦さえ、戦艦さえあれば…」

 もはや周りは司令長官を憐れむ視線しか送れなくなっていた。

 一方、巡洋艦広丙はタイフーンが巻き起こす荒波の中を突っ切って進んでいた。

 甲板は海岸に波が押し寄せるほどの頻度で海水を被る。

 時には艦が波に乗り上げ、そのまま海面に叩きつけられる事もあった。

 それでも、方と砲雷長は体を艦橋に縛り付けて、しぶとく艦橋に立っていた。

 「元帥、このままでは艦底部に大穴が空きますよ!!」

 「もう少しで目標海域だ。それまで耐えさせろ!!」

 二人はお互いの耳元で大声を上げながら話す。

 そうでもしないと、声が聞こえないのだ。

 ザバア

 艦橋に波が押し寄せて来た。

 目の前は海水で覆われ、頭から海水がかかる。

 かかっている間はまるで滝にうたれているような痛みだった。

 かかってきた波が消えると、ラ国艦隊の先頭を航行する広丁のおよそ23km先に目標の小さな島が見えた。

 「元帥!!」

 砲雷長は喜びの声を上げる。

 「針路を北に向けろ。全艦左舷逐次回頭90度!!」

 広丁が真っ先に回頭する。

 広丁は波に揺られながらも、無事に回頭を終えた。

 次の広乙は回頭中に転覆するのでは、というほど右舷に傾いて回頭した。

 そして、最後の広丙も回頭する。

 こちらも広乙と同じ様に右舷に大きく傾く。

 艦内に積んである箱や樽はもれなく右舷側によった。

 乗組員達は必死に柱にしがみついて右舷側に落ちまいと踏ん張る。

 「うわあああ」

 艦内は乗組員達の踏ん張り声が溢れ返った。

 ラ国一の操艦技術を持つ怖い物知らず航海長のお陰で転覆は免れ、なんとか回頭し終える。

 「左舷砲撃戦ヨーイ」

 方の号令で二基の15cm砲と左舷備え付けの12cm砲二基が波に揺れる第二艦隊に向く。

 「左舷砲撃戦ヨーイ」

 続いて広乙でも広丙と同様に第二艦隊に砲を向ける。

 その様子を見た広丁も第二艦隊に砲を向けた。

 「全艦自由射撃、砲弾を使い尽くせ!!」

 方の号令が下った瞬間、三隻の全ての砲が火を噴いた。

 間もなくして戦艦印沼の艦首から爆発が発生した。15cm砲弾が当たったのだ。

 その後、全艦は弾ある限り主砲の火を噴かせた。

 戦艦印沼との距離が2000mほどであるにも関わらず、波と強風の影響で命中率はとても悪い。だが、古今東西、異世界でも、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。

 しかも、丁字戦法の形となっている現状、こちらのほうが優勢である。

 二隻の戦艦は狙い撃ちされて、艦首は黒煙を上げていた。

 この黒煙は戦艦印沼の艦橋に雨と共に入って来た。

 「ゴホゴホッ」

 幕僚達は上に溜まる黒煙でむせ返り、視界を失う。

 航海士もゴホゴホと咳き込み、思わず舵を放す。

 印沼はここから波の流れに身を任せ始めた。印天でも同様の事が発生している。

 司令長官はむせ返りながらも、指示を出す。

 「主砲戦ヨーイ。広丙型を沈めろ!!」

 印沼と印天は主砲から砲弾を広丙型に向けて発射した。

 四発の砲弾は広丙の上を通過して、広丙の更に奥で水柱を立てる。

 この行為は、虎の尾を踏んだ。

 「テステス。そこの大砲をボカスカ撃ってる艦艇群に告ぐ。即刻攻撃を止めろ。家族が泣くぞ」

 どこからか拡声器で警告を発している。

 ラ国艦隊は即座に攻撃を止め、第二艦隊の動きを伺う。

 しかし、第二艦隊は主砲をラ国艦隊に向けて発射する。

 この攻撃もラ国艦隊には当たらず、広丙の奥に落下した。

 「聞こえてますかー。即刻現海域から立ち去って下さい。…こりゃ駄目ですね先輩」

 ブツン

 拡声器が切れる音がほんの僅か暴風と雨の音の隙間から聴こえた。

 次の瞬間、戦艦印沼の右舷が二、三度爆発した。

 間違え無く右舷に攻撃を受けたのだ。

 「な、何事だ!!」

 何も見えない艦橋から司令長官の焦る声が聞こえる。

 ついに何も見えない恐怖に耐えかねたのか、一つの人影が黒煙と共に艦橋から出て来た。その人影の正体は航海士であった。

 続いて、もう一つの人影が艦橋から出て来る。

 司令長官だ。

 彼は恐怖で艦橋から逃げ出した航海士を捕まえに外に出て来たのだ。しかし、もう航海士の姿は甲板には無かった。艦内に逃げたのだ。

 司令長官は高い場所から探そうと、露天艦橋に上がって甲板を見下ろす。

 右舷は謎の砲撃を喰らって爆煙を上げている。

 謎の砲撃のお陰で右舷で使用可能な副砲は五門になった。

 艦首では第一砲塔がラ国艦隊からの15cm徹甲弾や12cm榴弾砲を数発喰らい、砲塔の周りを囲う装甲に大小無数の穴が空いた。そのため、砲の中の設備が丸出しの状態で存在している。

 司令長官は夢を見ているような気持ちになった。

 いや、彼は本気でこれは悪夢だと思っている。

 確かにここまでの一方的な被害を見れば現実逃避をしたくなる。だが、それともう一つ、右舷に新しい艦隊が同航戦で存在しているのだ。

 その艦隊は大砲という大砲を全てこちらに向けている。

 瞬きをすると、その艦隊は大砲から出た煙で覆われていた。

 爆発音と共に艦は大きく揺れる。

 司令長官が恐る恐る震源を見ると、印沼の右舷にまた新しい大穴が空いていた。

ーーーあの艦隊は敵だ。

 司令長官は伝声管で艦橋に砲撃の指示を送る。

 すると、右舷にある五門の砲と第二砲塔が火を噴いた。

 こうして、戦艦印沼と印天は最初で最後の戦艦対戦艦の戦いをする事になった。

 かつて、ワ国最強と呼ばれた戦艦の最後である。

 第二艦隊は護衛の蒸気コルベットや蒸気推進型戦列艦の大半をすでに失っており、生き残ったとしてもこの波の中では戦力にならなかった。

 司令長官はここで第二艦隊司令長官としての最後の命令を下した。

 「戦艦以外は全艦撤退せよ。指揮は長竹丸に移譲する」

 突然の命令であった。

 指揮を移譲された長竹丸は蒸気コルベットであり、とても指揮に向かない。

 長竹丸は発光信号で戦艦印沼に再考してほしいというよしの文章を送った。

 しかし、その二隻は堂々たる構えを崩さない。

 結果的に長竹丸はその二隻の覚悟を受け取り、残存している艦をまとめ上げて帰投した。

 残った印沼と印天は攻撃を再開したラ国艦隊と同航戦を仕掛けてくる艦隊から十字砲火に晒された。

 二隻の戦艦は瞬く間に艦首と右舷を中心に爆発していく。

 この戦闘の結果は目に見えている。

 戦艦印沼は特に集中砲火を受けた。

 戦闘から十分ほど経つと、印沼の右舷は装甲に大穴が空き、艦内が外から良く見えるようになった。

 この時点で印沼は全ての戦闘能力を失っていた。

 艦上構造物は甲板の上でスクラップ化し、ただただ荒波に揺られる。

 印天は右舷側の艦首で浸水が発生し、右斜め前に傾いていた。

 印天は右舷側のみしか損傷は無かったが、大破に等しい損害状況である。

 それでも、まだ航行は出来る。

 印天は砲弾が飛び交う中を半ば波に任せて180°回頭し、長竹丸達の後を追った。

 その間も印沼が攻撃を受けていた。

 両国とも、やはり確実に一隻は沈めたいようだった。

 ラ国艦隊と第二艦隊と同航戦をしていた艦隊の陣形は入り乱れ、ほとんど抵抗しない印沼に四方八方から攻撃を加える。

 これほどまで攻撃を加えても弾薬庫に誘爆せず、沈没しないのは、かつての栄光が決して誇張では無い事を物語っていた。

 そんな印沼に、トドメを刺したのは戦艦では無く、巡洋艦広丙であった。

 巡洋艦広丙は印沼の左舷真横で水中魚雷を発射し、その魚雷が印沼の水中魚雷発射管に当たった。すぐに印沼の魚雷は誘爆して艦は左右に割れて沈没した。

 誰も詳しい戦闘の経過を覚えていないが、戦艦印沼が沈没した。それだけが結果として残った。

 印沼が沈没してから三時間後の午後八時。

 空にはここまで闘った彼らを祝福するかのような満天の星空が広がり、波は穏やかになっていた。

 まるで、あの台風が嘘だったかのように。

 三時間は海に投げ出された生存者達の救出活動を行った。

 生存者の中には戦艦印沼の航海長や司令長官がいた。

 司令長官は戦闘の真っ最中に重症を負い、現在はフィランチ連邦の病院に搬送されている。

 広丙の露天艦橋では二人の男が体を大の字にして横たわっていた。

 「元帥、台風もやっと通過しましたし、終わりましたね…」

 「これで終わればいいんだが、一緒に戦ってくれた艦隊に礼砲をせねば」

 方は体を起き上がられて、共に戦ってくれた艦隊を見る。

 その艦隊はフィランチ連邦の旗と星の旗を掲げている事から、フィランチ連邦南洋艦隊である事が容易に分かった。

 南洋艦隊の旗艦のフィラメル級戦艦一番艦フィラメルはまさか初めての闘いがワ国元最強だとは夢にも思っていなかったであろう。

 戦艦フィラメルは艦首と艦尾に30cm連装砲が一基ずつあり、副砲として20cm連装砲四基を持つ準弩級戦艦である。

 詳しい事は分からないが、武装配置は大日本帝国戦艦河内型と同じだそうだ。

 巡洋艦広丙は戦艦フィラメルに礼砲を撃ち、発光信号と旗旒信号で感謝を伝えた後、広丁、広乙を連れてナトウェール湾に帰投した。

 彼らがナトウェール湾についた時には時刻は午後十一時を回っていた。

 ナトウェール街には全く明かりが灯っておらず、漆黒に包まれている。

 そんな中、前方にまるで暗闇の中のロウソクのように明かりがポッと灯っていた。

 「信号灯か?」

 しばらくして、その明かりは海に浮いている事が分かった。

 方は心に言いしれぬ恐怖を感じて砲雷長と共に露天艦橋に立つ。

 方は双眼鏡でその明かりを発している物を観察していたが、艦ということしか分からなかった。

 「あれは一体何でしょうね」

 砲雷長も双眼鏡を覗きながら言う。

 「分からないが、俺は今、とても悪い胸騒ぎがする」

 「アレが何かするというのですか?」

 「そうだ。きっと、今にとんでも無い事をするぞ」

 すると、ロウソクの明かりは蛍の明かりのようにフッと消えた。

 「明かりが消えました…」

 パシュパシュパシュパシュパシュ

 砲雷長がボソリと呟いた途端、さっきまでロウソクの明かりがあった場所の少し左から無数の明かりが発せられた。

 その明かりはまるで海から出たように感じられた。

 その明かりは空を飛んでいる。

 次の瞬間、明かりは急速に落下し、落下地点が爆発した。

 「バカな…。ミサイルだと…!!」

 方は動揺を隠せなかった。

 ミサイルは街の至る所に落下、街を火の海に変えてしまった。

 方達が街から上がる無数の火の手に視線が送られている中、ロウソクの正体が炎をバックにその姿を現した。

 一門しかない大砲、八角形の艦橋、四角い二本の煙突。

 方はこの様な艦がどんな艦なのか、この中の誰よりも知っている。

 その艦はナトウェール湾の湾口を目指して広丙達に近づく。

 方は攻撃命令を出さなかった。

 その艦は堂々と広丙の右舷を通り抜けてナトウェール湾が出る。

 「元帥!!」

 砲雷長が深い憎しみの目を方に向ける。

 方は少し考えてからコクリと頷き、命令を出す。

 「広乙と広丁は街の消火活動にあたれ。本艦は」

 方は間を置いた。その間に彼は彼なりの覚悟を決めた。

 「本艦はこれより、あの正体不明の艦を追撃する!!」

 すると、広丙は180°針路を変えて、最大速力で正体不明の艦の追撃を開始した。

 広丙は瞬く間にナトウェール湾を出て、正体不明の艦を再度視界に捉える。

 「いいな。あの艦は意地でも追い詰めろ。たとえそこが地獄でも南極でもだ!!」

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