出撃、第三特務艦隊
対ワ国国境検問所が襲撃を受けている午前六時十分。
ナトウェール湾では依然として睨み合いが続いている。
「方元帥、水も尽きました…」
「そうか…」
伝令兵に方は元気の無い声で答えた。
艦隊は一昨日の時点で全ての食料が尽き、かなり節約されている水だけで命を繋いでいたのだ。
まさか数日間洋上で補給も無い生活など、誰が想像していたのだろうか。いや、方は第三特務艦隊が現れた時点でなんとなく分かっていたのかも知れない。だからと言って、食料を積み込む時間はほとんど無かった。
陸上からの補給はワ国が差し押さえているため、全く期待出来ない。
時折、駆逐艦が強行上陸をして食料をとってきていたが、ダリアを王とした新政府に提供される予定の蒸気船が駆逐艦を撃退する様になり、こちらも期待出来ない。
「どこか連絡を取れた所は無いか?」
「電波統制で全く繋がりません」
「そうか…。引き続き周波数を探れ」
伝令兵は敬礼をして艦橋を去っていった。
方も気晴らしに巡洋艦広乙の艦内を散歩しようと艦橋を去った。
この活気が無い艦内はひっそりと静まり返っている。そこに明かりが無いとまで来て、今は夜ではないかと思う。
「我々はこれからどうなるんだ」
喋る体力がある水兵達はそんな事をブツブツと言っていた。
一通り艦内を歩いたが、訓練はおろか武装の手入れすらしていない。唯一まともに働いていたのは機関士ぐらいだ。
艦橋に戻っても、幕僚達は風邪をこじらせているため、誰もいない。
「はぁ」
深いため息をついた。
ーーーもし、このままの状態が続くのであれば、いっそのこと、ナトウェール湾内で全滅覚悟の大立ち回りをして見せようではないか。
方はこのまま手塩を掛けて育てた部下を餓死させた挙句、ラ国艦艇を全て鹵獲されるくらいなら、ナトウェール湾に鎮座するワ国艦隊に一矢報いる。これが彼の脳裏の大半を占めていた。
だが、一方で、彼にとって部下を全滅させる戦いとは指揮官として恥すべき行いであると思っていた。
ーーー今後、何をするべきか。
この問いについては、一人で考える他、無い。
同じ事を言うが、本来は相談役であるはずの幕僚は風邪をこじらせている。
「今頃、ナトウェール城では美味しい料理が振る舞われているんだろうな」
方は嫉妬する様にナトウェール城内の様子を想像し始める。
本人は現実逃避は悪い癖だと思いながらも、ついついやってしまう。
そして、方の妄想はしっかりと当たっていた。
午前十時、ナトウェール城内王の間。
ギトギトの油がかかった料理が新しい大臣達の前に並べられている。
各大臣や祝いに来たワ国の重役は片手にワイン入りのグラスを持って玉座に座っている新しい王様を見ていた。
新しい王様とは他でもないダリアである。
ダリアは玉座から立ち上がり、大臣やワ国の重役を眼下に収めると、スピーチを開始した。
スピーチの内容としてはダリアが新しい国王として就任したこと。そして、新政府の樹立を宣言する内容であった。
他にも、国王側の役人や大臣の処遇についてもこの場で決定された。
「国王側の者達は全員解雇とし、大臣は牢屋へ。それと、依然として洋上で抵抗を続ける“旧”ラ国艦隊は逆賊とする」
ダリアは堂々とそう宣言した。では、新政府の海軍はどうするのかというと、ガドリ神聖王国から呼んだ海軍士官などの軍人を中心として構築された組織を“新ラ国海軍”と呼び、艦艇は東ラ国艦隊から鹵獲した駆逐艦数隻とワ国から譲渡された艦艇で成り立っている。
「我々は今にナトウェール湾内に漂っている逆賊を殲滅してご覧に入れますよ」
新しく就任した海軍大臣は鼻を鳴らしてダリアに言った。
ダリアは一言、「頼りにしてるぞ」とだけ言う。
午前十二時、ナトウェール湾内、旧ラ国艦隊。
「方元帥、通信が繋がりました!!」
伝令兵の明るい声は方以外誰もいない艦橋内によく響いた。
艦橋内に大喜びで飛び込んで来た伝令兵に少し驚きながらもすぐに嬉しい気持ちが湧き上がり、「本当か!!」と叫ぶ。
伝令兵は力強く頷き、方を無線の前まで案内した。
方は無線の前に来ると、すぐさま無線を取り、会話を試みる。
「こちら巡洋艦広乙。現在ナトウェール湾内の洋上にて漂流中。そちらは?」
「コチラ、第九師団本部。敵軍ヲ現在本部ニテ迎エ撃ツモ、長クハモタズ。援軍ヲ」
話している最中に無線がブツリと切れた。
「第九師団本部だと?」
方は顔面を真っ青にして伝令兵の顔を見る。
伝令兵も顔を青くしていた。
第九師団本部があるストライハイゼンはワ国との国境に最も近い都市であり、そこが“敵軍”と言っているのだ。つまり、間違え無く“敵軍”とはワ国軍をさしている。
そして、この予想は恐ろしいほどに当たっていた。
「方元帥。巡洋艦広丙でも無線をキャッチしたとの事です」
伝令兵の報告で、方は一旦、トンと会うことにした。
さっそく、方を乗せた小型艇は巡洋艦広乙を離れて巡洋艦広丙に向かう。
巡洋艦広丙の艦内も、広乙と大して変わらない感じであった。
巡洋艦広丙の狭い艦橋では、トンとその幕僚達が地図を見ながら議論を交わしていた。
方は艦橋に入ると、真っ先にトンへ話し掛ける。
「無線の内容は何であったか」
「傍受、受信した無線は二つで、内一つが第一予備大隊からの無線です。たしか、十一時頃に傍受しました」
「それで、内容は?」
「恐らく、本来であれば第九師団本部が受信しているべき内容でした。…内容は“住民を保護したが、敵が多く第九師団本部に近寄れない為、我々は更に南下し、住民を逃がす”と」
徴募兵を主力に構成されている第一予備大隊が“住民を”無事に護衛できるか、若干の心配はありつつも、もう一つの無線の内容についても方は聞いた。
「もう一つの無線は鹵獲された駆逐艦の乗組員達からなのですが、現在、幽閉された国王の救出作戦が極秘裏に進められていると」
「そうか…」
国王が救出されたら、内戦がおこる。
それは誰の目にも明らかである。
ダリア率いる新政府軍と国王率いる旧王国軍。方達はもちろん、いざとなったら旧王国軍側につく。
「救出作戦の日時は伝えられてるか?」
「はい。明日の未明に作戦を開始するとの事です。それにあたり、“情報の扱いを厳とせよ”と」
方は静かに頷いた。
ナトウェール城が制圧され、国王幽閉から早三日目。遂に反撃の糸口が見えてきたのだ。
「全艦艇に発光信号で通達。“諸君らが丘に上がれるのは近日中”」
方の言葉に一人の幕僚が大喜びし、さっそく伝令兵に伝えに行った。
艦橋内も、ギスギスした空気から、やっと穏やかな感じになる。
方とトンはそんな幕僚達を穏やかな表情で見守ったが、すぐに穏やかな表情は険しい表情に変わる。
「第三特務艦隊に動きあり。抜錨しています!!」
マストにいる見張り員が大声で叫ぶ。
艦橋の窓から見ると、確かに第三特務艦隊は錨を上げている。
「全艦艇に緊急通達。総員、戦闘配置」
穏やかな空気は方の一言によって、一瞬で消えてなくなった。
水兵や士官は急いで持ち場に着こうとするが、空腹状態ややる気が無いために行動が遅い。
ノロノロと動く水兵達を他所に、第三特務艦隊は湾口に向かって前進する。
巡洋艦広丙はその針路上にいるのだ。
「第一砲塔、射撃準備万端との事です!!」
幕僚は露天艦橋に向かう方に報告した。
これはこの幕僚自ら走って確かめに行ったのだ。
「射撃準備が出来た砲から敵艦に指向せよ。本艦の半径1000m以内に入ったら射撃して構わん」
方の言葉を聞くと、その幕僚は頷いて、自ら第一砲塔の射撃指揮を行いに向かう。
露天艦橋に着くと、目の前には白波を立てながら此方に来る第三特務艦隊艦艇群が見えた。
「なかなかに、厳しい戦いになりそうですな」
トンが第三特務艦隊を睨みながら言う。
確かに、こちらに有利な条件が見つからない上に、乗組員の士気は低いとまできている。
不幸中の幸いとしてはラ国艦艇は錨を降ろしていないため、すぐに行動出来る。
だが、本艦を含めて全艦艇は波に揺られるだけで、一切その場を動こうともしない。
「敵艦隊接近!!予想針路は本艦の右舷!!」
マストの見張り員はまた叫ぶ。
だんだんと近づいて来る艦艇に、方達は目をめいいっぱいに開けて睨みつける。
「構わん!!砲撃戦よろし。主砲発射!!」
方は命令した後に我に返った。
あまりの緊張でつい冷静さを欠いたのだ。
このまま砲弾が命中すれば、その後何が起こるかは容易に察しがつく。
後悔の念に押し潰される方の心を微塵も知らず、第一砲塔で射撃指揮をしている幕僚は発射の引き金を引いた。
ガチン
何かが外れるような音が下から聞こえた。
第一砲塔はすでに火を吹いていても可笑しくないはずなのに、いまだに火を吹かない。
「何をしている。目標はすぐ目の前だぞ!」
艦橋にいる幕僚が怒り狂ったような声を第一砲塔の幕僚に浴びせる。
とても一昨日から何も食べていない人とは思えないほどだった。
「砲が故障して発射出来ません!」
下の幕僚が泣き叫ぶように言った。
あまりの驚きに方達は言葉を失う。
他の全砲門も同じく故障していた。
正直、方は少し安心したが、その安心もすぐに消える。
そうこうしている間にも、第三特務艦隊は接近し、遂に先頭の艦が右舷を通過した。
後続の艦艇も次々に通過する。
通過するどの艦艇も、広丙に全く構いもしない。
方は拳を強く握りしめて、今出来る事を必死に考える。
「そうだ!!水中魚雷発射管は使えるか!?」
「確認してきます!!」
伝令兵は艦橋から甲板まで飛び降りる勢いで階段を降り、水中魚雷発射管室まで走る。
「使えそうであれば、発射して構わん!!」
方は伝令兵に聞こえるように大声で叫んだ。
その声は無事に伝令兵に届いていた。
何事もないように通り抜けるワ国艦艇にやっと一矢報いる事が出来るのだ。
「右舷、本艦より二本の雷跡。敵艦艇に向かいます!!」
マストの見張り員は今にも飛び跳ねそうなほど興奮気味で叫ぶ。
二本の雷跡は真っ直ぐワ国艦艇群に向かう。
当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ!!
方は神にすがりつくような思いで祈った。
だが、必死の祈りは虚しく、二本ともかすりもせずに明後日の方向に向かって行った。
「クソ!!」
方は拳を壁に叩きつける。
まさか魚雷が目の前を通っていたとは微塵も思わず、次々と艦艇は右舷を通る。
状況は何も変わっていない。
追いかけようにも、兵士達はお腹がペコペコで本来の実力が全く発揮出来ない上に十分な量の弾薬も無い。追撃は不可能であった。
最後の一隻が広丙の右舷を通過する。
一応、まだ一部の特務艦などが残っているが、主力艦の大半はナトウェール湾を出た。
方達は声は出さなかったものの、目から大量の涙が溢れていた。
武装を整備していないがために発生した故障。命中精度が悪い水中魚雷。キビキビ動かない乗組員。断絶された補給。空の食糧庫。空の貯水槽。
原因を考えるときりがない。
「もう少し、我々も、手入れや訓練に本腰を入れなければな…」
トンは天を仰ぎながらそう言った。
「これは、チャンスじゃないか?」
突然、方がある一点を指して言った。
方が指している場所を見ると、鹵獲されている駆逐艦群がしきりに発光信号を送っていた。
「コチラデ、補給可能」と、何度も送り続けている。
「全艦回頭。発光信号が送られている場所に行くぞ!!」
「えっ!もし、敵の罠だったら」
方の決断に幕僚達は待ったを掛けたが、方は聞く耳をもたず、艦隊は発光信号が送られている場所に艦首を向ける。
「コッチだコッチ!!」
近づくに連れて声が聞こえてくる。
岸壁には鹵獲された駆逐艦の乗組員達が大きな箱を運んでいた。
「食糧や水、料理も沢山用意してるぞ!!」
その言葉を聞くと、広丙を含めた全艦艇から歓声が上がる。
トンは敵艦が襲ってくるのでは、と不安になっていたが、敵艦隊の主力は各々ドック入りしていたため、攻撃する事が出来なかった。
広丙が最初に接岸した。
乗組員達は我先にと食事に手を伸ばした。
他の艦艇も接岸するやいなや料理に殺到する。
もはやライブ会場並みの盛り上がりを見せている。
「今敵が来たら、一網打尽ですよね」
トンはポロリと方に漏らす。
方も静かに頷く。
広丙の艦内には艦橋に立っているこの二人しかいない。
マストの見張り員も幕僚達も、甘い料理の匂いに誘われて、さっさと行ってしまったのだ。
こんな光景を見ていると、さっきまでの悔しい気持ちがどこかへ飛んでいく。
「楽しい時間は今だけだ。戻って来たら武装の手入れと甲板掃除、甲板往復駆け足百回だな」
方はニヤリと笑いながら言う。
その姿はどこか安心したような雰囲気があった。
「甲板往復駆け足百回ですか。彼らも大変ですね」
「?俺達も走るぞ」
「…えっ?」
きょとんとするトンの顔に当然だろと言わんばかりの手招きをする。
「あっ、その、私もご飯を食べてきます…」
トンはそう言うと、逃げる様に艦橋から出て行った。
「あいつ、根性の鍛え甲斐があるな…」
方は新しい“おもちゃ”を見つけたような気がした。
その後、トンを含めた全乗組員が帰ってくると、当初の予定通り、武装の手入れ、甲板掃除そして甲板往復駆け足百回を他の艦艇乗組員も誘って全員でやった。
途中で追加もあり、恐らく百五十回は回っただろうか。
明日は大半の奴らが筋肉痛だ。
全員が走っている中、方には途中、面会の申し込みがあり、その対応をしていた。
「お忙しい中、誠に申し訳ありません。少しでいいので、私の話を聞いては貰えないでしょうか」
「大丈夫ですよ。時間は幾らでも有ります。心ゆくまで話して下さい」
方はにっこりとしながら言う。
ここは広丙の司令長官室だ。
方の目の前には長机を隔てて椅子に座っているお爺さんがいた。
彼は如何にも農民ですと言わんばかりの土がボロボロの服に沢山付いている。
「はい。その、新政府が成立した後、我々農民への税金についてなのですが…」
「税金、ですか…」
「はい。突然、地租が、今までの六倍以上、12%になった件なのですが」
方はそんな事を相談されても、力にはなれないと思いながら農民の話を聞いた。
農民は終始にこやかな顔で聞いてくれた方に絶大な信頼を置いて、この話を終える。
方は農民を見送った後、深いため息をついて空を見上げる。
すでに日は落ちて夜の闇が空を覆う。はずだった。
旧第三島から昼間のような明るさがあり、黒煙が空を覆う。
旧第三島に潜伏していた第八旅団が、今の状況を好機と見て攻撃を開始したのだ。
方は走って広丙の艦橋に行き、全艦艇出撃を命じる。
だが、ついさっき甲板往復駆け足百回以上を終わらせた乗組員達はクタクタであった。
そこで、まだ動ける人のみを広丙に集めて、広丙のみ出撃した。
しかし、広丙がついた頃には戦闘は終結していた。
島内には白兵戦慣れしていない者達だけだったので、第八旅団が少し脅すと、あっけなく降伏した。
そうして、一切の流血も無く、旧第三島を奪還した。
そこまでは問題無い。
もはやワ国の無血降伏後の恒例、厄介な“艦”の処分についてだ。
こんな艦、一体どこが欲しがるのだろうか。
方はいやいやその艦、竜型戦艦の前に立つ。
だが、最初にその“鉄屑”を見た時、これが竜型だと認識するのに時間が掛かった。
目の前にいたのは、塗装が全て剥がれ落ち、鉄屑化とした艦であった。
甲板に上がると、木製の甲板は数十年放置されていたのでは、と思うほどボロボロに朽ちている。
武装もなくなり、甲板にある丸い円のみがそこに主砲があったことを告げる。
艦内は穴こそは空いていないものの、茶色く錆びていた。
それでも、しっかりと電気は通っており、豆電球がチカチカと光っている。
人気の無い艦橋に上がると、艦橋内は舵輪や伝声管などが綺麗さっぱりなくなって、引っ越し前の何も無い部屋のようになっていた。
「一体なぜこうなっている」
方は艦内の案内役として連れてきたワ国兵に怒鳴り付けるように言った。
案内役は「ヒィ」と低い悲鳴を漏らして、体を縮こまらせる。
「わ、私にも分からないのです。昨日の朝、突然こうなったんです。当時艦内にいた乗組員全員も一緒に失踪しました。まるで神隠しのように」
案内役は震えながら頭を抑えて地面にひれ伏す。
たまに聞こえてくる嗚咽から、泣いている事が伺える。
「一昨日は大丈夫だったのか?」
「何の異変もありませんでした。実にたった一晩で」
「そうか」
この艦内で何が起こったのか。全く想像がつかない。十中八九魔法ではあるが、方は魔法が大の苦手であった。したがって、魔力の検知など、やり方が分からず、やっていない。
「そもそも、この艦隊が動いたのはなぜだ?」
方がそう小さく言葉を漏らすと、案内役が立て板に水の如く、サトウキビ攻略作戦について方に話す。
「そうか。サトウキビについに総攻撃を仕掛けようというのか」
そう言うと、案内役は必死に首を縦に振る。
恐らく、彼らにはサトウキビがどんな場所なのか、一切伝えていないのだろう。いや、そもそもシュテルベン達以外、誰も知らないのだろう。
それはともかく、この“竜型戦艦艦内神隠し事件”を解決せねば。
今ここにいる有力説としては、シュテルベンかドラだ。
まずドラは艦内の乗組員なら神隠しを出来るだろうが、主砲塔を持ち上げる事は不可能だ。
次にシュテルベンはまずこんな事はしない。
そもそも、案内役が嘘を付いている可能性だってある。だが、一隻でも多く海上戦力が欲しいワ国がこんな事をするはずが無い。何より、塗装をたった数日間の間に落とすなど、今の技術では不可能に近い。
まさか、
「その疑問に答えて上げよう」
どこからか声が聞こえた。
次の瞬間には真っ白い空間に案内役と一緒にいた。
「やあやあ、お久しぶりですね〜。方さん」
方の目の前にはボロボロの警察服を着たピエロがその姿に似合わない高級なバイオリンを持っていた。
「お久しぶりって、ピエロ姿の友人は持った事は無いんだが…」
「おっと失礼。かれこれ二百年くらい同じ格好でいましたからね。…自分の顔を忘れるには十分な時間です」
「それで、名前は?」
「とりあえず、私も忘れたので、ピエロと呼んでください。私もそちらのほうが聞き慣れていますからね」
ピエロは帽子の下からずっとニコニコしている。
ーーーさて、どこまで情報を引き出せるのやら。
「…そんな怖い顔か。情報を引き出そうっていう魂胆だね。イイよ。ハナシテ上げる」
方に突然の目眩が襲う。
あまりの辛さに方は地面に尻をつく。
ピエロを見ると、彼はバイオリンを弾いていた。
なのに、バイオリンが奏でる音は全く聞こえない。
「ゴホッゴホッ」
案内役が咳き込んでいる。
決して耳が聞こえてない訳ではない。
「方!!私はやりたいようにやらせてもらう!サトウキビは我らがいただく!」
「ゴホッ。何をふざけた事を、あそこは文字通り難攻不落だぞ」
方は激しく咳き込む。
そんな方を他所に、彼は子供のようにはしゃぎ声で叫ぶ。
「そんな事は百も承知。だから、」
彼はずっと音が出ないバイオリンを奏でる。
すると、彼の後ろから一人二人と霧のような壁を突き破って現れる。
そして、彼らは、歩兵銃を抱えていた。
「えっ…」
目眩のする状態でも、彼らがどんな姿をしているのか、なんとなく分かった。
彼らは、“ゾンビ”とも言うべきか、ゾンビと変わらないボロボロ服。腐った肉体。
それらは、無尽蔵にピエロの背後から現れる。
「お前達…」
案内役が涙を零しながら彼らを見る。
その中には比較的綺麗な服装で肉体の腐敗も進んでいない者達がいた。
間違え無く、彼らは竜型戦艦の消えた乗組員達だ。
「おっと。彼らと知り合いか?つい昨日、大砲と一緒に仕入れた者達だよ。今は、記憶を破壊して操っているよ」
「…それは、つまり、生きているという訳ですか」
案内役が途切れ途切れに聞いた。
ピエロは口を尖らせてコクリと頷く。
「ウチのボスは“計画”に無い殺傷と重労働を嫌うのでね。今操っている人達も生きてるよ。基本的に一年間操って、その分の給料渡して帰してる」
「…お前、嘘つきだろ。そいつらは、そもそも元人間でも無い。人形だろ。元の体をコピーして作っている」
「アハハ。図星だね。相変わらず嘘は通用しないか。そうだよ、人形だよ。コピーさせてもらったら後は帰すだけ」
そう言った後に彼はバイオリンを奏でるのを止める。
すると、次の瞬間には竜型戦艦の艦橋に戻っていた。
辺りには、行方不明となっていた乗組員達がグーグーと寝息をたてながら寝ている。
帰って来なかった物といえば、この艦の武装ぐらいだ。
ーーーなにはともあれ、一件落着だ。
「何て、簡単には終わらせないよ」
方の目の前に、巨大な鎌を持ったピエロがいた。
ピエロは泣いている顔のメイクをしつつも、どうやら中の人は笑っている様だ。
「君がどこまで知っているのか分からない。けど、我らの“計画”にとってレーベン並みの障壁である事は変わりないね」
そう言ってピエロは鎌を方に振りかざした。




