ガドリ神聖王国からの脱出
ボロボロのマントを着た正智君が、森の中から双眼鏡で港を見ていた。
「警備はたくさんだな」
そう吐き捨てるように言うと、暗い森の中に消えていった。
彼は森の中にある、切り立った崖の洞窟に入って行った。その洞窟の中にみんなはいた。
正智君はその洞窟に入ると、一直線に三石さんに報告した。
「港の警備は子供一人入るのも難しそうです」
「ネズミは?」
「どこからでも入れます」
正智君とのやり取りに、三石さんは顔に少しの笑みを浮かべた。
三石さんは全員を集めて、話し始めた。
「さて、現状を話そうか。アルメリア君と山岸ルナさんは初めて知る事がたくさんあるからよく聞いてね」
まるで先生が生徒に話すような口調で話し続けた。
「今目指している大日国はここから東にある。だけど、僕らは日が沈む方向を向いて、アルメリア君がいた花畑から丸1日中歩いたよね。なぜだかわかりますか、坂井忠太君」
三石さんはニコニコした顔で坂井さんを見つめていた。一方、坂井さんは心当たりがある顔をしながら洞窟の外をずっと眺めていた。
三石さんはしばらく坂井さんを見つめていたが、またこちらに顔を向けて、話を再開した。
「ここはガドリ神聖王国と言って、北と西、そして南が海に面している国だ。東は大陸に続いている。もちろん、東の方が、大日国まで陸路だし、海路より早く大日国に着く。でも、何で大日国まで早く着く陸路が使えないと思う?」
坂井さんの顔も、いよいよ青くなった。
僕と山岸さんは坂井さんの顔を見始めた。古鷹さんと正智君は洞窟の奥で、何かをせっせと作製していた。
その古鷹さんが僕らに背を向けながら話し始めた。
「一体誰のせいで、三石と正智君が痩せているのか、どうして、私達は、このボロボロマントを着ているのかな~」
すると、坂井さんの洞窟の外を見つめていた真っ青な顔がこちらを向くと、突然、耳から赤くなっていった。
「自白すればいいんだろ!!」
怒鳴り声に近い声で坂井さん言った。
「罪名はこの紙に全て書いてあるから、僕が読み上げてやろう」
三石さんが片手にプリントを持ちながら話し始めた。
「ええっとね、窃盗罪、器物破損罪、スパイ罪等」
案外少なかった。
「等って事は、まだあるんですか?」
山岸さんが不安そうに聞いた。
「鋭いね。まだまだあるよ」
坂井さんはついに顔をマントで隠した。
山岸さんは質問を続けた。
「それで、何故わざわざ遠回りしないといけないんですか?」
「一応、国際指名手配犯だから、陸路だと大勢の人の目に触れるんだよね」
「国際指名手配犯?」
その疑問には、さっき休憩に入った古鷹さんが答えた。
「さっき、スパイ罪って言ってたよね。彼、ガドリ神聖王国の王都で、軍の重要書類取ってきたんだよね。この国さ、カ国と睨み合いしてて、北では、対魔王軍連合の隊長みたいなのやってるから、こんな紙切れが重要書類になってるんだよ」
そう言った直後、
「誰かいるのか!!」
大声で誰かが叫んだ。その声は洞窟内で反響し、よく聞こえるを通り越して、騒音のように感じた。洞窟の入り口に人影が見えた。知らない人なのは間違い無い。
三石さんがマントの中に手を突っ込んで、何か銀色の光を放つ棒を取り出した。それは、刀だった。彼の目は、優しかった時の目の面影はなく、狼のように細い目をしていた。
視線が洞窟の入り口の人影に注がれていた。
だが、人影は、感電したかのようになり、倒れた。そのまま、洞窟をコロコロ転がって、うつむいている坂井さんの前まできた。
後ろ、つまり、洞窟の奥を見ると、正智君がナイフを、片手に持って現れた。彼の周りに、白色の小さな丸い物体が一つ、飛び回っていた。
「魔法で気絶させました」
そう言うと、正智君は気絶させた人に近寄った。しかし、気絶した人に気を取られて、周りを見ていなかった。
「手を上げろ!」
そう言って正智君に銃口を向ける、二人の大人がいた。
三石さんはすぐに反応して、刀を抜き、二人に剣先を向けていた。だが、正智君に銃口が向いている以上、下手に刺激しない方がいい。
「とっとと、武器を置け!早くしないと、このガキの頭を吹き飛ばすぞ!」
大声で全員に言った。仕方無く従う他無いように思えた。が、周りを見ていなかったのは、相手も同じだった。
ガッ
すると、一人の大人が倒れた。もう一人が後ろを振り向いた瞬間、三石さんが刀を振り上げ、赤色の噴水が上がり、もう一人も地面に後頭部をつけた。
「これでチャラだな!」
坂井さんが笑いながら言った。片手には、石が握られていた。
「元の調子に戻ったな」
三石さんと古鷹さんは同時に言った。
一方、正智君は三人の持ち物を漁った。三石さんによって斬られた人は、あの赤色のは、血では無く、服の中に仕込んであったと思われる、赤色の絵の具を水で溶かしたものだった。これで死んだふりをしようとしていたのかと、思われる装備だった。三人とも、気絶しているため、洞窟の外の木に縛るのに、そう時間は掛からなかった。
正智君は手に二本の小さな杖を持っていた。気絶した三人の持ち物だった。内、一本は懐に入れた。もう一本はへし折ると、その辺に捨てようとした。
「何してんだ?」
坂井さんが声をかけた。
正智君は何を思ったのか、とっさに、僕の入っている花壇に近寄り、へし折った杖の残骸を花壇に入れて土を被せた。
「特に、な、何もしていません!」
そう答えると、坂井さんは「ふーん」と言って、洞窟に入っていた。
全員が洞窟の中に入ると、また、三石さんの話が再開した。
「全体的に、もう少し小さな声で喋ります。とりあえず、陸路は使えないので、海路で行くよね。海路は目の前のあの軍港から出る船を使おう」
「検閲でバレると思います!」
坂井さんが元気よく言った。
「まず、俺の話を聞こうか?」
「はい」
「あの軍港は、ガドリ神聖王国西部最大の港、サダギルスと言う。サダギルスからは、週一で、西にある、カ国領クリ島への便が出てる。それに乗る。カ国まで行けば、後は安全だ」
三石さんはそう言った。しかし、カ国とガドリ神聖王国はお互いに睨み合いをしていたのではないだろうか?
「航路は大丈夫なんですか?」
三石さんにそう聞いた。すると、自信がある様に答えた。
「良い質問だ。とりあえず、何か起こった時に考える」
「「え?」」
僕と坂井さん、正智君が同時に言った。
そこに、古鷹さんが付け加える様に言った。
「しかも、クリ島ってさ、カ国とガドリ神聖王国が睨み合いしてる原因なんだよね。クリ島は今、金がたくさん産出されてるからね」
全員の顔は三石さんに向いた。
「とりあえず、この話は置いといて、クリ島に着いたら、南東に行く。そして、海路で東西を通り抜けるために必ず通る、ラ国を通過して、北東の大日国に着く。以上!!」
クリ島の安全性の話を置いといた挙げ句、一気に喋られたせいで、ほとんど頭に入って来なかった。
「とりあえず、問題は直面した時に考えると」
正智君が落胆した様な顔で三石さんに聞いた。三石さんは顔を縦に振った。
「それで、どうやってクリ島行きの船に乗るんだ?」
古鷹さんがそう聞くと、三石さんはまたもや自信がありげな顔になった。
「坂井はもちろん、国際指名手配犯として顔が載ってるし、共犯として、俺と古鷹も顔が載ってる。顔が載ってないのは、正智君と山岸さん、植物だけどアルメリア君のみだ。明日、クリ島行きの船が出航する。金はあるし、乗れん事は、無い。それで、作戦は…」
その後、作戦が伝えられた。
翌朝、洞窟の奥で、正智君と古鷹さんお手製の手押し車と樽、そして、幾つかの箱が出て来た。
坂井さんと三石さん、古鷹さんはそれぞれ、樽や箱の中に入っていた。
その樽と箱を手押し車に乗せて、サダギルスに向かった。
山岸さんと正智君が主に行動する作戦だ。
古鷹さんが考えた設定で二人は家族になった。
山岸さんが正智君の姉という設定だ。身長的にも、ちょうど良かった。
正智君が手押し車を引いていた。
僕は正智君のバックに入っている。
久しぶりにこんなに大勢の人がいる所にきた。
二人は一直線に海岸に向かった。
これも久しぶりの海だった。
湾内にはたくさんの船が停泊していたが、その中でも特に目を引くものがあった。
軍艦だ。
しかし、こんなにはしゃぐ訳にはいかなかった。
クリ島行きの船に乗る為の最大の難関、検閲があるからだ。
さすがに、こんな大荷物だと、二人の検閲官がやって来た。
「君達、一体何を手押し車に乗せているのかな?」
検閲官がそう聞くと、山岸さんが即答した。
「不要になった木像です」
正智君も僕も、不要になった木像は意味が分からなかった。不要な木像はその辺で燃やせば良いじゃないかと怪しまれると思った。
検閲官も戸惑い、「はぁ」と困ったような口調で言った。
「中身を一応確認するね」
検閲官が気を取り直して、またハッキリした口調に戻った。
完全に怪しまれた。中身の設定もちゃんと話しておくべきだった。木像なんかで切り抜けられる訳が無い。
検閲官の手が樽に伸びた。すると正智君が樽の前に立ち塞がった。
「こ、この樽はとても重いので、降ろすのはやめたほうが、良いと思います」
声は不安で震えた様に言った。
「でもねぇ、僕達は中に怪しい物が入ってないか、検査するのが仕事だからね」
「そ、それでも、見逃してくれませんか?」
検閲官はお互いに顔を見合わせた。
もはや、十二分に怪しまれてる。ここから、どうやっても疑いを晴らすのは、難しいように感じた。
「この木像達は、親の形見なんです!」
山岸さんが検閲官に向かって大声で言った。
「お、親の形見に何をする気ですか!」
正智君も続けて言った。
すると、どうしたのか、山岸さんは目から大粒の涙が零れ落ちた。その後、嗚咽を発しながら泣き始めた。
周りの人達から注目を受け始めた。
検閲官達は次々に応援に駆けつけるも、子供を泣かせては、どうしよもなかった為、乗船を許可した。
二人は手押し車と共に、同じ部屋に入った。
周りに人が居ないことを確認すると、樽や箱の中に入っていた三人が出て来た。
部屋は、海が見える、左舷艦首側だった。
三石さんは床に座ると、呟くように言った。
「やはり、この、身体が上下に揺れる、地上が感じることができない、この感覚がいい」
古鷹さんは樽から出ると、山岸さんと正智君に近寄り、頭をなでなでしながら話した。
「にしても、良くやったね!見つかるんじゃないかとヒヤヒヤしてたけど、取り越し苦労だったね」
その後も頭をなでなでし続けた。
二人は安心たのか、古鷹さんに寄りかかる形で寝てしまった。
一方、坂井さんは箱から出るや否や、床に横になった。
しばらくして、この船は、港から出発した。カ国領クリ島に向けて。