プリン買ったら、色々とあって、異世界に
久しぶりに有名なプリン専門店が開いてる午前に仕事が終わった。その店のプリンは毎日売り切れる程人気だ。
急いで帰る支度をして飛び出すように会社を出る。幸いにも近くにそのプリン専門店はあるので、完売する前までには間に合うはずだ。
会社の前の大広場を走って移動した。すると、大広場の隅に三人の小学生くらいの少女が寄ってるのが目に入った。その内、一人の長い髪の少女が泣いていた。
「大丈夫?」と聞くべきだろうか、だが、そんなことをしたらプリンが売り切れてしまうかもしれない。けど、泣いている少女をそのままにしていいのか。
足が勝手に動いた。
気が付くと、その泣いている少女の前に立っていた。
三人の少女の視線がこちらに向いている。
「秋雲幸一さんですか?」
藪から棒に少女が泣いている顔を向けながら話した。
ギョッとした。
秋雲幸一、僕の名前だ。
「何でお兄さんの名前を知っているのかな?」
泣いていることより先に頭に浮かんだ質問をしていた。
「名札が付いているままだから」
さっきまで泣いていた少女はすっかり泣き止み、僕の質問にしっかりとした口調で答えてくれた。
とりあえず、話す話題もなく、プリンを買いに行きたい気持ちが再燃してきたので、仕方無く三人に飴を渡してその場を後にした。
プリン専門店は案の定並んでいる。
僕はその列に並んだ。
体感ではかなり時間が経ったように感じた。現実ではそんなに時間は経っていないだろうが。
そして、やっとプリンが買えた。嬉しい気持ちで心がいっぱいだった。
「売り切れです」
買った直後に店員さんの声が響いた。ちょうど僕が最後のプリンを買ったのだ。
「えええー」
後ろから子供の落胆した様な声が聞こえる。その子供は僕の真後に並んでいた子だった。
確かに目の前で売り切れると悲しいかな。
僕はプリンの入った袋を持って家に帰った。
プリンは夜中のデザートのために、冷蔵庫に入れて、とっておくことにした。
そしてついに待ちに待った楽しみがある夜になった。
晩御飯を作ろうと台所に向かおうとしたその時、足音が聞こえた。家には僕しかいない。
後ろを振り向くと、窓が割れていた。
「音がして無いのに、窓が割れてる」
つい声に出た。しかし、これは大問題だ。
「窓の修理代高いんだぞ!」
大声で叫んだ。だが、窓の修理代を支払ってもらわないと、こっちが困る。
ここはアパートだし、2階だし、下の人怒ると怖いし、その他にも色々とある。
相手はなかなか姿を見せない。
間もなく、部屋の光源が破壊され、真っ暗になった。
「絶対に取っ捕まえて、修理代支払わせてやる」
とりあえず、玄関まで歩いた。
作戦など、全く無い。いや、なぜ警察に電話をして無いのだろうか。冷静に考えて、普通、警察に言うべきだ。どうして、一人で対処しようとしてるのだろう。
あれこれ考えていると、すぐ目の前に人影が見えた。恐らく、“アレ”が侵入してきた者だろう。
“アレ”は三つの黒い線が縦に入った仮面をつけ、上下黒色の学ラン姿だった。
“アレ”はこちらに右腕をのばしてきた。
体は言う事を聞かず、全く動かない。
右手が頭上まできた。
すると、その手は突然、赤色の閃光を発した。つい目を閉じた。それと同時に、背中が、温かい気がする。
体の感覚が無い。
目を、ゆっくりと開けた。
白い雲が周りを覆っていた。その白い雲は、強風でも吹いているのか、すごい速度で後ろに流れて行く。その白い雲の隙間からピンク色の糸の様なものが見えた。
僕は、それを、掴もうとした。
視界が真っ白になった。少し先も見えない。まるで、濃霧の中にいるようだった。
しばらくして、真っ白だった視界が少しずつ、色を見せた。
完全に視界が戻ると、すぐ目の前は、一面、土だった。
さっそく起き上がろうとすると、手が地面についた感じはするのに、起き上がれない。いや、力が入りにくかった。
視線を上にすると、青い空がよく見える。
その後も色々と試したが、足が何かにはまって、動けない。
周りは一面の花畑、全く人影は見えない。
ただ、日が昇る方向に、岩がポツンとあるだけだ。
全く動かない体での生活が始まった。けど、動けなければ、やることも無い。ずっと変わらぬ景色を見るだけだ。
この調子で何ヶ月が経ったのだろうか。
ほぼ毎日同じ景色を見る。しかし、今日は、違った。真っ昼間に、花畑を突っ切って、こちらに来る小さな人影があった。
間もなく、その人影は目の前に来た。帽子を被っていて、顔がよく見えない。身長は中学生ほどだろうか、下から見ているのでよく分からない。
人影はしゃがみ込んで、話しかけてきた。
「すみません。あなたは、喋れますか?」
久しぶりに人の声を聞いた。その声は、ただただ、やさしい声だ。
口を開こうとしたが、口が無い。
その少年はずっとこちらを見つめていた。
「テレパシー的な何かで喋れませんか?」
テレパシー的な何か、意識をしてみた。
「ア・イ・ウ・エ・オ」
彼に伝わっただろうか、とりあえず、言ってみた。
すると、彼は頷き、カバンの様なものから、小さなシャベルと円形の花壇を取り出した。
「花壇の大きさは、とりあえず、12cmぐらいです」
そう言うと、シャベルで僕を土ごと取り出し、花壇に丁寧に入れてくれた。
「まさか、植物になっていたとは」
独り言の様に言う。
やっぱり、植物だった。
「何と言う植物ですか?」
彼に質問すると、少し考えて、「松葉簪ですかね。ピンクっぽい」と答えた。
松葉簪、聞いたことが無かった。
「松葉簪?」
すると、彼は困ったように顔をしかめた。
「合ってると思うんだけどな」
そう言いながら僕が入っている丸い花壇を、カバンに入れた。カバンから少し花壇が見え、花、つまり、僕は全身が出ていた。
カバンの横に付いている紐を強く引き、カバンの口を閉る。すると、彼は頭の帽子を押さえて、突然走り出した。
彼は、とても速かった。
僕は風圧で体が曲がり、激痛が走り続けた。口があったら、悲鳴を上げていただろう。まるで、走っている新幹線の窓から体を乗り出しているようだった。
彼はときどき後ろを見て走った。僕からは彼のマフラーの様なものが邪魔で、後ろがほとんど見えなかった。
やや走った後に目の前に森が見える。それと同時に、その森から閃光が見えた。その直後に大きな音も聞こえた。
真後から爆発音が鳴る。この体に鼓膜があるかは知らないが、鼓膜が割れそうだった。彼はマフラーで耳元を覆っていた。彼は後ろを見たまま森に突っ込んだ。
入った所は少し窪んでいた。そこに何人かの人間がいた。
彼らは何かに群がるようにしていた。そこにさっきの少年はすかさず入って行った。
「発射ヨーイ、…発射ー!」
誰かが掛け声を出した。その後、また鼓膜が破れるかの様な爆音が鳴り響いた。その時の爆風で、花壇ごとは肩掛けバックから出て、コロコロと窪みを転がっていった。
また爆発した。
その人達が群がっていた所から何か、黒色の物体が飛び出た。
黒色の物体が飛んでいった方向の空を見ると、青空に不似合いな、真っ白な正方形がゆうゆうと浮いていた。
その正方形に黒色物体が当たると、みるみる内に黒色が入っていった。
「やっと、ヒビが入ったな」
誰かがまたそう言いと、正方形はガラスのコップが割れたかのように、割れた。
すると、さっきまで何かに群がっていた人達がこっちを向き、歩いてやって来た。
何をされるんだろうか。
すごい不安に襲われた。
この不安は杞憂だった。彼らは軽く会釈して、花壇を地面に立ててくれた。
何かを話してるのだろうか、花壇を立ててくれたボロボロのマントを着ている人の口がパクパクしている。
「普通にテレパシー的な声を聞くイメージをしてください」
ここまで運んでくれた少年が言った。
「さっきまで出来てました。さっきの様にしてみてください」
彼は必死に言い続けた。
「聞こえるようになったかな?」
突然、少年の声とは全く違う声がした。
「私は三石宏太だ」
あの花壇を立ててくれたボロボロのマントを着ている人が言った。彼の顔は優しい印象を受けるような、痩せた顔だった。
「さて、仲間を紹介しよう」
そう言うと、少年の方を指差し、
「彼は、正智君だ。名字については聞かないでいてくれ」
すると、少年、正智君は帽子をとって顔を見せてくれた。彼も少し痩せていた。髪も目を隠すほどまで伸びていた。
「次に、この縮毛の坂井忠太」
すると、さっきの二人より痩せていない感じの人が少しお辞儀した。
三石さんはまだまだ快活な口調で話し続けた。
「次は、料理が得意な古鷹幸恵さん」
坂井さんの隣にいたクールな感じのポニーテールの人が手を振ってくれた。
「最後に、山岸ルナさん」
坂井さんの後ろにいた長い金髪の人が静かにお辞儀をした。
「以上、5人でこの世界を生活している。次は君の自己紹介だ」
そう言いって、僕に会話のバトンが手渡された。
「僕の名前は…」
自分の名前が出て来ない。まるで解き方が分からない難問に当たった時みたいに、頭が真っ白になった。
「大丈夫かい?」
三石さんが心配そうな顔で聞いてきた。
「アルメリアでいいんじゃないか?」
坂井さんが言った。
「どうやら、アルメリアみたいな花だし」
「アルメリアと言うんですか」
正智君が驚いた様に坂井さんに聞いた。
「そうだよ。とりあえず、君の名前は“アルメリア”でいいんじゃないか」
名前は思い出せそうに無いので、「それでお願いします」と言った。
とりあえず、なぜ坂井さんだけ紹介でさん付けや君付けじゃないんだろうという、しょうもない疑問が残った。
「さて、これで神とか豪語しているガキの条件達成だな」
三石さんがそう言った。
「さて、大日国を目指すぞ」
三石さんは次々に分からないことを言った。
「それはそれで、この大砲はどうするの?」
古鷹さんが真っ白な正方形を倒した黒い物を指差して言った。
「今までお世話になっていたが、ここに置いていこう。最後に大砲にありがとうぐらい書いて」
周りは頷くと、古鷹さんが大砲に、「アリガトウ」と書きに行った。
「さて、君達、古鷹がお礼の言葉を書いている内に、撤収準備だ」
正智君は僕の入った花壇をカバンの中に再度押し込んだ。
「書き終わったよ」
古鷹さんがそう言いいながらやって来ると、三石さんを先頭に一列で、大日国と言う国を目指して歩き始めた。
「あの、聞きたいことが山ほどあるのですが」
正智君にそう小声で言うと、「休んでいる時に聞きますよ」と言った。
彼以外にも、全員バックを背負って移動していた。正智君だけカバンだった。
何か色々と重大な事を忘れている様な気がする。
彼らは何処から来たのだろうか、ここは何処なのか、神とは何なのか、家のプリンは無事だろうか。
「家のプリン?」
つい声に出した。幸いにも正智君には聞こえていなかった。
プリンがなぜ、脳内を横切ったのだろうか。
沢山の疑問を抱えた僕の心など全く知らず、一行は薄暗い森の中をズンズン進んでいた。