episode 2
心配になって様子を見に行こうと、廊下へと出る。
すると、足元にキラリキラリとふたつの光。おや、と思い拾うと、それは昨日見つけたガラスの粒と同じ物だった。
気の長いのが長所のはずだった私。でもまあこんな時はカッとなって怒ってもいいだろうよ。浮気の動かぬ証拠が見つかったのだから。
昨日からの怒りが沸々とよみがえってきた。
夫への愛はこのガラス粒のように、ただただ透明だったはずなのに。そして、夫の、私への愛は同じく透明なのだと、そう信じていたのに。
ドアをバーンと開けて、夫にガラスの粒を見せつける。
「女の名前を教えて」
夫はなぜかそれだけで狼狽えて、
「え? なに? なに? え! そんなの知らないよ」
知らんぷりを行使するのか、ワントーン高い声色。怪しさが増し、夫が何かを隠しているのは、アホでもわかる。
「写真もあるんだよね。まさかとは思うけど、私が仕事行ってる間に……」
「ないないない!」
夫が全力で否定した、その拍子に、またごほんごほんと咳をする。
さっと、唾が飛ばないようにと、口元を手で押さえた。
夫を睨みつけると、目が泳いでいる。
ああ、これは。決定的だと、頭のどこかでぼんやりと思った。
「その女のこと、愛してるの?」
「ちょっと待って! 違うったら!」
気がつくと、夫の背後で水道がジャージャーと出しっぱなしになっている。不思議なことだけれど、こんな怒りでハッキリとしない頭に、『浮気』の文字の次には『節水』の文字が浮かんだ。
「……ちょっと! 水がもったいないでしょ」
力の、入りきれない声で言った。蛇口に伸ばした手。それはまるで自分のものではないように白い。
どうしよう?
ううん、どうしようじゃない。決まってる。
どう考えても離婚でしょう。離婚するしかない。夫の裏切りを許せるような、広く寛容な心なんて、1ミリだって、持ち合わせていない。
けれど、夫を愛している。
夫と離れて生きる。そう考えただけで、涙がじわと滲むくらいには。
私がそんな風にぼんやり考えながらも、蛇口を捻ろうとすると、「香織っ」と手首を掴まれた。その拍子に、どこかからガラスの粒がころんころんと洗面台へと落ちた。それを見た夫が慌てて、蛇口をさらに捻って、水量を増した。
「なにやってんのよ、水がもったいないって言ってんのに、なんでさらに出すのよ!?」
証拠隠滅?
なるほどね。ガラスの粒よ、全て流れてしまえって?
それだ。
こうなったら負けてはいられない。証拠を流されては、私が困る。
私は洗面台に食らいつき、蛇口を止めた。けれど、そこには何もない。遅かった。
慌てて夫の顔を見ると、真っ青になってその場で立ち尽くしている。
口元を手で押さえ……
そして、ごほごほっと咳。
こんな修羅場な時にまでと苛立ちを覚える。
「なにか言いなさいよ!」
と、次の瞬間。
夫の手の隙間から、ガラスの粒がボロボロっと溢れて落ちた。
バラバラと音を立てて、床に散っていく。
「え? え? ど、どうした……の、それ……?」
驚くことに、私が拾ったガラスの粒は、夫の口から産出されていた。