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針子令嬢と呼ばれる私が貴公子にプロポーズされたのは愛人のドレス目当てだったようです。

ファンタジー すれ違いもの


婚約者であるエレンヴァルト様のお屋敷に訪れての逢瀬もひと段落したところで、折り入って頼みごとがあると彼から畏まった申し出があった。ただ事ではなさそうなので、私も姿勢を正して問い返す。すると、彼の呼びかけで少女が一人部屋に入ってきた。

「何も聞かずに、彼女にイブニングドレスを作ってくれないだろうか。勿論、費用はこちらがもつ」

「まあ」

美しい少女だ。年頃は私とそう変わらないくらいだろうか?でも夜会で見かけた覚えがないから、貴族ではないのか、下級貴族なのかもしれない。それでも身分はどうあれ、とても美しい方なので、正直私よりも彼と並んだ時に見栄えがあるし殿方に好かれても不思議はない。

そもそも女性にドレスを贈るなど、家族でなければ特別な好意を持った相手…婚約者や求婚者のすることだ。全てがそうというわけでもないけれど…婚約者を持つ男のすることではない。つまり、愛人では?生真面目な方だと思っていたけれど、まさか…。エレンヴァルト様は浮いた話のあまりない方でしたけど、御父上は散々方々の令嬢と浮名を流した方だとお父様が仰られていましたし…。

精一杯好意的に考えるのなら、陰でこそこそせず堂々と私に彼女の存在を知らせるというのは誠実(?)なのかもしれない。元々先方から求婚されたといっても、私と彼の間に恋情はなく、政略結婚なのだし。地味な私より彼女のように華やかで美しい方の方が好きと言われても普通に納得はする。全く傷つかないわけではないけれど。

改めて少女を観察する。あまり癖のない長い金髪に意思の強そうな紺青(サファイア)色の瞳。すっと背筋の通った長身。彼より5㎝低いくらいだろうか。背はヒールで加減できるけれど。雰囲気というか生命力がきらきらしいからか、纏っているのがシンプルなワンピースなのにダサく見えない。飾り甲斐のありそうな美少女で、正直、単に彼女に似合うドレスのデザインをしてほしいと言われていたら喜んで引き受けていただろう。何なら現状でも彼女に似合うドレスが本気で考えてみたくて堪らない。ワンピースなのではっきりとはわからないが、引き締まった躯というか、四肢にしっかり筋肉がついていそうだ。胸はやや控えめかもしれない。夜会用の(イブニング)ドレスであれば足を出してはいけないし、出すならデコルテあたりか?本人の希望にもよるけど。

思索を一度中断し、深く息を吐いて、私はエレンヴァルト様に告げる。

「お引き受けしますわ。採寸、デザイン、縫製まですればよろしくて?」

「感謝する、マーガレット嬢。採寸となると私は席を外した方がいいな。ローズマリーのこと、よろしく頼む」

「ローズマリー様とおっしゃるの」

「私に様付けは結構ですわ、マーガレット様。ご厚意、痛み入ります」

少女、ローズマリーがカテーシーをすればワンピースもドレスのように見えた。

この場で採寸できると思っているのかしらエレンヴァルト様は。まあ、できるのだけれど…。思いついた時にメモできるようにデザインノートは持ち歩いているし、巻き尺は2mくらいのが鞄に入っている。

ドレス作りを引き受けたのは作り甲斐がありそうな美少女なのもそうだが、その方が家に利があると判断したからだ。彼の家は公爵で私の家は伯爵。機嫌は損ねず、恩を売っておくに限る。結婚してもある程度私に自由にやらせてくれそうなところ含め婚姻相手としては優良なのだから、こちらから婚約を破棄することは余程の問題が見つからなければない。代わりを見つけるのも大変だろうし…。

簡単に希望を聞きながら必要な部分を採寸してデザインノートにメモする。そしてローズマリーを更に観察した。

この世界では長く続いている家は瞳に特徴が出やすい。宝石のような透明感のある紺青(サファイア)の瞳は彼の家であるロッドユール公爵家の特徴だ。分家筋の人間などだろうか。彼は嫡子であり一人息子であると貴族名鑑には登録されている。まあ御父上は何人かの女性を孕ませたらしいという話もあるようだから隠し子はいるかもしれないのだけれど。

ぱっと思いついたデザインラフを見せて更に本人の希望を聞き、基本的なデザインを決定した。細かいところは私の判断で調整するが。

お針子令嬢だなんて揶揄されてはいるが、私が実際に丸々一人で縫って完成させたドレスなどない。ちょっとした刺繍やレース編みくらいならともかく、私も貴族令嬢として必要な学びや交流などがあるのでお抱えの針子たちに委託しているのだ。今回のドレスもそうなるだろう。名目はお友達への贈り物、だろうか。費用はエレンヴァルト様がもつというけれど…請求書の宛先を彼にすればいいということかしら。家族以外の人間のためにオーダーメイドするなんて初めてだからどうするのが正解なのかよくわからない。

採寸の終わったあたりで戻ってきたエレンヴァルト様と目が合った。邪険にされていると思ったことはないが、そういえば私は彼が笑うところを見たことがあっただろうか。一緒に過ごしていても、私が口下手なこともあってあまり話が弾んだことがない。それで気まずいとは不思議と思っていなかったので、悪い関係だとは思っていなかったけれど。もしかして、彼は私に求婚したことを後悔していたのだろうか。

「マーガレット嬢は、ドレスを作るのが本当に好きなのだな」

「ドレス作りが好きというか、その方の魅力を目一杯引き出せる衣装を作り出せると充足感があるのです。ドレスが作れれば何でも良いわけではありません」

縫物自体よりデザインやそれを実現するための縫い方なんかを考える方が好きだ。というより、手縫いすることはそんなに好きでもない。魔法を使うのに私が一番成功率が高い方法が手工業なのだ。それに、折角ドレスを作ったところで、それを着る人がいなければ意味がない。自分で着てもよく見えないし、そもそも華やかなドレスは好きだが自分で着たいかとなると話は別だ。見栄えを気にしなくていいなら、動きやすくて楽な格好がしたい。あまり躯を締め付けられたくないのだ。お洒落は我慢だとも言うけど。

それに姉さまとアイリス(いもうと)は華やかな美人だが、私は顔立ちも色合いもいまいち地味なのだ。気合の入ったドレスを着てもドレスに負ける。まあ、社交界で花になって人に囲まれたいとは思わないので、地味で目立たない方がかえっていいのだが。壁の花をしながら色々なドレスを眺めていても邪魔されない。

そういえば彼と初めて言葉を交わしたのも夜会で壁の花になっていた時だったな。

「初めて話した時もそのようなことを言っていたな。あなた自身が着飾るより、姉妹を着飾らせる方が見栄えもして好きだとか」

「…言いましたね」

エレンヴァルト様は僅かに目を細めて私を見ている。彼は顔の造形の整っている、所謂美男子の類だが、冷たい表情をしていることが多い。艶やかな銀髪も相まって氷の貴公子だとか言われる始末だ。実際、婚約者として接してみると氷って程ではないのだが。細やかとまではいかないが、私にも気遣ってくださるし。どちらかというと圧倒的に空気が読めていない節がある。ある意味で、壁の花をしていた私に声をかけたのもそう。まあ私もそういう駆け引きとかは得意じゃないが。

「そう言って笑うあなたを、私は好ましく思った」

「…えっ」

「言っていなかったか?私はあの日あなたに好感を持ったから婚姻を申し込んだんだ」

「そう、だったのですか…」

あの日に話したことが、きっかけだろうとは思っていたが、それは彼が私を認識したのはそれが初めてのことだったろう、という意味であって、好感を持たれたとまでは思っていなかった。静かに話しただけで、盛り上がったわけではないし。私も…まあ、悪印象はなかった。身分も見目も良くて女性にモテる彼が、態々私を相手にするだろうとは思わなかったし…。

「…エレンヴァルト様、マーガレット様、そろそろ私は下がらせていただきますわ」

「ああ、もうこんな時間か。マーガレット嬢、名残惜しいが、別れの時間だ。馬車まで送ろう」

確かに、予定した時間を少し過ぎてしまっている。私はエレンヴァルト様にお礼を告げてエスコートされながら家からの迎えの馬車に向かった。ローズマリーの雰囲気が刺々しくなったのが少し気にかかったけれど…もしかして、嫉妬された、のだろうか。…確かに、愛する方が目の前で他の女を褒めていれば面白くない気分になるかもしれない。彼の婚約者なのは私だけれど…彼女の方が美しいもの。ますます気に入らないのかも。そう思うと、彼は本当に女心のわからない人なのだと思う。


この国では伯爵以上の上級貴族はデビュタントで国王夫婦と王太子(+妃)と謁見することになる。それは魔法の才能を披露する儀式の立会人を陛下たちに務めていただくということでもある。子爵以下の貴族や平民の場合は立会人が教会になるだけで彼らも同じような儀式を受けることになる。基本的には満15歳以上ということで、16歳になる年にデビュタントを迎えることが多い。所謂聖女や聖騎士などの特殊な才能を見出されるのもこの儀式によるから、デビュタントは重要だ。上級貴族は単純に謁見で陛下たちに好印象を残せば取り立ててもらえるチャンスかも、というのもあるけど。

私も勿論二年前のデビュタントは気合を入れたドレスで参加した。なんとか自分を客観視して似合いそうなドレス案を五つくらい出して家族に選んでもらった。完成したドレスの出来は納得いくものだったし、家族にもメイクアップした姿を夜の妖精みたいだと言われた(多分誉め言葉)が、正直そう何度もやりたくない。ちなみに私の魔力は上級貴族の平均値程度だった。いや、平均というか中央値?まあ、潜在能力として魔力を持っていることとそれを使いこなせるかは別の話なんだけど。

とにかく、この国ではデビュタント(というかその時の儀式)が重要だ。なにしろ、受けていないと国民として認められない。儀式によって記録された魔力が戸籍に近い。正確には戸籍、出生届は別に存在するんだけど…国民としての義務と権利はこちらにかかっている。魔力無しには人権がないとも言う。本当に一欠片も魔力のない人間はそうそう生まれないらしいけど。

「私を、ですか…?」

「婚約者のいる身で他の人間をエスコートするのは非常識だと思うが」

「ローズマリー様は?」

「ん、ローズマリーのエスコートはヒューバートに任せている。…そもそも、彼女は王宮の夜会には参加できないからな」

今年のデビュタントの舞踏会は一か月後になる。公爵家の次期当主である彼がそれに参加するのは当然のことだ。そしてそのパートナーとして私にも同行してほしいとのことだった。婚約を申し込まれたのが昨年のシーズン終わりだったこともあり、エレンヴァルト様にエスコートされて社交界に参加するのはこれが初めてになる。

エレンヴァルト様の言っていることは筋が通っていた。王宮でのパーティとなれば貴族籍による参加制限がある。婚約者(パートナー)がいるのに一人で参加するのは不自然なことだし、彼は私を連れて参加するのが一番自然だ。特別な招待でもあれば別だが、伯爵以上の貴族籍を持っていなければならない。そうなると、ローズマリーは子爵以下か、貴族籍自体を持っていないということだろうか。明らかに公爵家に連なる瞳をしているのに。

「…パートナーとして参加するのであれば、お互いの色に合わせたりした方が良いのでしょうか」

エレンヴァルト様が銀髪にサファイアの瞳で、私はブルネットにヘーゼルの瞳だから…ブルーのドレスが良いだろうか。それに彼と並べば自然と一人でいるより注目を浴びてしまうだろうから適当な格好はしていられない。一か月で新しいドレスを仕立てるのは難しいけれど、多分婚約が成立した時点で家族が針子に指示出ししているだろう。そういえば以前にエレンヴァルト様からサファイアの首飾りを贈られていたからそれを合わせることになるだろうか。それに場合によったら耳飾りも必要になる。いや、髪をどうまとめるかの方が先か。

「それなら私は黒いジャケットを着ることになるだろうか」

「エレンヴァルト様ならきっと何でもお似合いになりますわ」

顔が良いと多少ダサいものでもダサく見えなくなったりするし…。勿論、その人に似合う仕立てというものはあるけれど。きちんと体型に合った調整をしないとみすぼらしく見えたりもするし。

ローズマリーのドレスは納品済み(細かい調整はそちらでやってもらう)だから私の手は空いている。いや、一か月で作れるものなどたかが知れているから、それよりは守護を丁寧に編み込んだハンカチーフとかの方がいいだろうか。うちの領地でとれたものを使った小物なんかを贈ったことはあったが、そういえば私の手製の品は…刺繍の入れたハンカチくらいしか贈っていない気がする。私としたことが手抜かりだった。


エレンヴァルト様にエスコートされてパーティに参加するのは初めてのことになる。覚悟していたつもりだったが、他の令嬢の視線が痛い。何であいつが的な思念をとても感じる。まあ姉さまや妹に比べると私は華がないから、あまり吊り合っていないように見えるのだろう。

彼は顔も家柄も優れているから同年代の令嬢に彼にモーションをかけていたものは多かったはずだ。それなのに、特にアピールもしてなかったはずのあの地味女が何故…ということだろう。当然の反応であろうとは思う。私にも青天の霹靂みたいなものだったし。私としては結婚相手は家の利になる相手で私が趣味程度でも針仕事をとかをするのを許してくれる相手がいいなー、くらいに思っていたから、彼のことは特に対象だと思ってなかったし。公爵夫人って忙しそうだったし…。まあ今は婚約者なんだけど。

「む、マーガレット嬢、何処か加減がよろしくないのだろうか。休憩室に向かうべきか?」

「いえ…ただ、私が注目を集めるのに慣れていないだけですわ」

エレンヴァルト様は立場上、参加を切り上げるわけにはいかないのだから、私も途中退場するわけにはいかないと考えた方がいい。それも今回に限った話ではない。できるだけ早く慣れなければならないだろう。そう思うと若干憂鬱だが、いくらかすれば他の人たちも私に変な目を向けなくなるだろうし(希望的観測)これまで交流のなかった方のことを覚えるのも必要なことだし…。

「そうか…無理はしないでほしい。私もあなたにあまり負担をかけるのは本意ではない」

「私も己の役目を果たせないのは本意ではありませんわ」

一応私も貴族としての矜持みたいなものはある。戦わずに負けるような真似は御免である。

ともかく、デビュタントの儀式を見守りながら待機する。今年デビュタントを迎えた高位貴族の令嬢令息は30名ほどのようだ。これは割と多い。少ない時は10人にも満たなかったりする。別の会場で受けるものも合わせれば平均は王都内で100~200名程度になる。

「…人数は多いが、突出したもののある者はいないようだな」

彼がぼそりとこぼしたのが聞こえた。私にはよくわからないが、彼は何か感じるところがあるのだろう。

そしてそろそろデビュタントすべての儀式が終わるという頃、慌てた様子の神官が何やら伝令を陛下にもたらした。ざわつく貴族たちを鎮め、陛下の声が会場に響き渡る。

「教会の立ち合いの元、魔眼を持つ者が確認された。いずれの血の者かは判明しているが…虚偽の報告、否、報告漏れをした者がいるようだ。追って沙汰を出すが隠居の準備をしておくのだな」

ふっと、それはローズマリーのことだと思った。だとすると、私が彼女に見覚えがなかったのはまだデビュタントを迎えていなかったからだったということになるのか?

エレンヴァルト様に目を向けると、目が合って、彼はふっと目を細めて私の手をぎゅっと握った。

「…あなたは心配しなくていい。あなたにも、クレアシオン伯爵にも、迷惑はかけない」

この場で説明するわけにはいかないのだろうが、後でちゃんと本当のことを教えてくれるのだろうか。

そうこうしている内に、何事もなかったかのように夜会が始まった。


無事結婚式が終わり、婚姻契約の結ばれた夜。私はエレンヴァルト様と向き合っていた。

「あなたもロッドユール家の一員となったのだから、伝えることがある」

彼が言うには、ローズマリーは彼の腹違いの妹にあたるらしい。ロッドユール家の宝石眼は魔眼持ちの証であり、ローズマリーは彼より、御父上よりも強い魔眼の持ち主なのだそう。それなのに彼女は私生児としてすら届け出られていなかったのは、彼女の母も出生届すら出されていない人間だったためらしい。

このままではいけないと思った彼が、ローズマリーにきちんとデビュタントを迎えさせようとした結果が私へのドレス依頼であり、先日のデビュタントでのアクシデントだったらしい。

「…てっきり、ローズマリー様はエレンヴァルト様の愛人なのかと思っていましたわ」

「私はそんなに厚顔な男ではない。ローズマリーには妹としての情しかないし、彼女も私のことは兄としか思っていないはずだ」

「ローズマリー様との方が美男美女になりますし」

「マーガレットも愛らしいのだから絵になるだろう」

真顔で言われて思わず間抜けな声が漏れた。

「エレンヴァルト様…?」

「私があまりあなたへの賛辞を口にできていなかった自覚はあるが、全く言っていなかったわけではないはずだが。私はあなたを中身も見目も好ましく思っているし、愛している。あなたはそうではないのか?」

「それは…その…私も、エレンヴァルト様のことは美しい方だと思っていますし、好ましく思っていないわけではありませんが……愛されているとは、思っていませんでしたから…」

愛さない方がいいだろうと、思っていたのだ。自分を見てくれない相手を愛すのは、苦しいことだと思ったから。元々期待はしていなかったし。

「…では、これから知ってもらわなくてはならないな」

「ひぇ…」

「それに、もう夫婦となったのだからお互いにもう少し歩み寄っても良いのではないだろうか」

「いえ、その、エレンヴァルト様」

「そのように他人行儀ではなく、愛称で呼びあっても良いのではないだろうか、メグ?」

至近距離に彼の美しい顔があるとドキドキしすぎて色々考える余裕がない。でも頑張って訂正しておく。

「メグは、同じ名前の曾祖母の愛称なので、レティで、お願いします…え、ええと、エレン?」

「そうなのか。では、レティ。私のことはエレンで構わない。…取ってくったりはしないから、そんなに緊張しないでくれ」

「あなたの距離の詰め方が急すぎるんです」

「そうか?」

彼は目を瞬かせる。自覚がないらしい。流石に自分の顔が綺麗な事自体は自覚しているはずだと思うのだが…夫婦になったからといって急に適応できるわけがない。そりゃあ、交際期間は年単位で取ってもらえたが、交際中はあくまでも節度を保った付き合い方と距離に留まっていたのだ。こんなに顔の距離が近かったのは、…ダンスの時はこれくらい近かったかもしれない。いやでもダンスはダンスだから…(?)

「あなたは、触れたいとは思ってくれないのか?」

「それは、その…私の覚悟が足りてなかったかもしれないですが」

「今日は初夜のはずだと思うんだが」

「そう、ですね…」

愛人がいるから愛するつもりはないと言われて白い結婚になる覚悟はしていたのだが、それを言ったら拙いことは私にもわかる。余計なことは言わない方が良いのだ。

しかし改めて初夜と言われるとすごく恥ずかしくなってきた。これから、エレンヴァルト様に抱かれるの…?本当に…?

「レティは、私と結ばれるのは嫌か?…そうであるなら、一度時間を置くつもりはある」

「いえ、その…嫌、というわけでは、ないです。本当に、私の覚悟が足りなかっただけで…無事に夫婦になったというのに…」

こうして迫られるまで、私は結婚というものを現実感を持って捉えられていなかったのだろう。冷静に考えてみると、エレンヴァルト様が私に対して誠実に対応してくださっていたのは事実なのに。いや、でも何も聞かずにドレス作ってくれは普通にどうかと思うけど…。そこがアレなだけで、浮いた話など他になかったのだ。

私が一人で、自信がなかったから、自分は政略結婚の為だけのお飾りの妻になるんだろうと思い込んでいただけで。よく考えると別にローズマリーは彼といちゃついたりはしてないし、私に邪険にしたりはしてなかったのに。どちらかといえば寧ろ彼に対して塩対応だった気もする。それはそれでどういう関係なんだろ。

「ああ。あなたは私の妻だ、レティ」

頬に口付けられ、唐突に現実感が湧いてきた。そっか、彼は私の夫なんだ。えっ、夫?このイケメンが?

「本当に、エレンと夫婦になったなんて、夢、みたいです…」

「これは現実だ。夢にしないでくれ」

そっとベッドに押し倒されて、至近距離で彼は目を細めて私を見る。

「愛しい人。これから私の愛を思い知らせても構わないか?」

「ひょええ…」

イケメンは何をしてもイケメンなんだなって半ば現実逃避のように思った。



例の場面で妹は多分「妹の前でいちゃついてんじゃねぇぞぼんくら兄貴」と思っている


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[良い点] エレンは言葉が足りなすぎるしマーガレットは早合点しすぎて絶妙にすれ違ってるのが面白い [一言] 妹視点もあったら面白そうですね
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