IG夏の陣、裏(2)
「なに? これ?」
「”とある要素”を柘榴に頼んで数値化してもらったんですけど、その“要素”を歌声に孕んでいた人間をリストアップしました。司藤財閥も石動財団も『歌声にとある要素のある人間』を探してここ五年、アイドル業界をわざと肥大化させてきているんです。で、向こうにその要素を持つ手駒を集められる前に、僕の方で確保して保護しようかと手を回していました。SBOは未開拓、あるいは未開花の才能の持ち主を見つけるために、僕も出資して柘榴に開発してもらったVRMMOなんですよね」
タブレットを一枚、自分のものを持ち上げて目を通す栄治。
いくつか数値化されたステータスが表示されており、ランクづけまでなされていた。
栄治は『ランクC』。
一晴は『ランクD』。
甘夏拳志郎、朝科旭、雛森日織、音無淳は『ランクB』。
――珀は『ランクA』。
しかし全員に共通するのは『神座未開花』の記載。
「なに? これ? 神座?」
「司藤財閥風の言い方にすると“金の生る木”という意味ですねぇ。司藤財閥は第二の『CROWN』を作りたいようです。いえ、もっと言えば今『CROWN』が持っている仕事も全部自分たちが都合よく作った”金の生る木”にやらせて、アイドル業界を牛耳りたいんでしょうね。こっちは西雲学園芸能科の経営に食い込んでいて、東雲学院芸能科のシステムを取り込みつつアイドル生産工場にする計画も進行中のようです」
不快そうに表情を歪ませる栄治。
金に物を言わせずいぶん好き勝手に業界をいじり倒しているようだ。
夢を諦めたり、仕事をもらえなくなり泣く泣く業界を去った者を知っている。
そしてアイドルが増えればほかの業界も圧迫されるだろう。
アイドルは比較的、モデルや俳優業界からはその歴史の浅さから下に見られがちだ。
元々声優業界も俳優の汚れ仕事のような扱いだった。
アニメも、未だに見下す層がいる程度には馬鹿にされてその技術のすごさが認められづらいものとされている。
実際栄治もそういうイメージがあったので、東雲学院芸能科に騙されて入学させられ、アイドルをやることになった時はがっかりした。
でも実際やってみればやはり相当に技術も技能も必要なことだ。
歌って踊るなんて――しかも体を動かしながら歌声をブレさせないなんて体幹をアスリート並みに鍛えなければできることではなかった。
馬鹿にするな、と今では本気で思う。
モデルとしてだけでなく、アイドルとしても一応、それなりにプロ意識があるからそう思うのだ。
その努力を、踏みにじるようなやり口ではないか。
しかもそうして無理矢理増やしたアイドルが他の業界を圧迫する。
別に才能がある者や努力する者を否定するつもりはないけれど、母体数が増えると”そうじゃないやつ”も増える。
そういうのが我が物顔で自分の誇りある仕事を踏み荒らす未来が目に見えるのだから、当然表情は険しさを増す。
「なにが言いたいかなんとなくわかった。確かに若いアイドルって各業界の”入口”になりやすいよね。アイドルの寿命って他の業界に比べてクソ短いし」
「ええ。十代中盤から二十代中盤までが平均寿命。そしてCROWNのメンバーは今二十代前半。司藤財閥の一部が、CROWNの次世代を作り出そうとしている。三年前、『Ri☆Three』の岡山リントが母親を見限り自分の事務所を立ち上げようとした時、それこそ事務所ごと取り込もうとして失敗したのが余程腹立たしかったんですかねぇ? 僕、邪魔立てしたのは悪いことしたと思ってないんですけど、それを発端に今回の大がかりな計画が動いてると思うとちょっと罪悪感です。色んな人に迷惑をかけることになってしまいました」
「彗殿は悪くありませんぞ。直くん……リントくんは”自分の事務所”を作るためにずっと我慢と努力と勉強をしてきたのです。それを横から掻っ攫おうとした者たちを、私自身不快に思っておりました。助けてくれてよかったと思っております」
「俺もそう思う。っていうか、だからって芸能界全体を巻き込むやり方はどうかと思うよね」
それならよかったです、と安堵した表情。
ついでに言わせると「まあ、司藤財閥の御曹司も二人と同意見みたいなんですけどね」とのこと。
彗自身がCROWNの事務所買収を阻害したのは、CROWNの鳴海ケイトと司藤財閥の御曹司、双方と知り合いであり双方に「お願い」されたかららしい。
すげえ知り合いもいたもんだなこの人、と思う反面「もうこの人がどんな人脈持ってても驚かないわ」感もある。
それと同時に彗が「一族内の内輪もめというか、骨肉の争いというか、内部分裂というか」と濁していた理由もなんとなく察した。
司藤財閥の御曹司は、確か西雲学園普通科出身。
学科は違えど自分の母校に身内が手を加えようと画策しているのは気分がいいものではないだろう。
しかも自分が在学していたから助成金を理由に手を入れられていると思えば。
口を出そうにも「別の学科のこと」なので気分だけの問題で口も挟みづらい。
なので彗を通して間接的に不快感を示した――のに、別の方面――鳴海ケイトの要望も加わって盛大に邪魔する形になった。
悪化してしまったが、それでもまだ表立って止めるデメリットがある計画ではないため、口が出しづらい。
御曹司自身は芸能界とまったく無関係な公僕の身なので、なおさら。