IG夏の陣初日(2)
「〜〜〜♪」
「〜〜〜♪」
強烈だった。
『Blossom』のツルカミコンビは、まったく異なる曲調の歌詞で歌う。
そして、サビの部分だけ同じ歌詞、という二つの歌を合体させたようなもの。
歌うのもかなり難易度が高い。
それを生歌でやってのける。
しかも、まったく別の振付を踊りながら、お互いと戦うような、時に背中合わせで共闘するような。
相手が可哀想になる程完璧で、凄まじいパフォーマンス。
序盤に出てくるようなレベルのパフォーマンスではない。
息を呑む。
瞬きするのも惜しいほど激しい鶴城一晴と、緩やかだが力強い神野栄治のアンサンブル。
小道具の模造刀と洋剣を上手く使い、最後に刃を交差させてフィニッシュ。
会場からは割れんばかりの歓声。
「ぎゃぁぁぁあああぁぁぁ……っ!」
終わった直後、崩れ落ちるドルオタ。
出番が終わったら下手へ退場するが、紳士的に胸に手を当ててお辞儀をしてから観客席に手を振って退場していくツルカミコンビに観客の歓声はまるで収まらない。
「す、すっげえええぇ!」
「……勝てる気がしません、先輩……」
「安心せい、わしもや」
「初戦からフルスロットルすぎなぁい? お相手さんの曲始まってんだけどぉ……」
「初戦勝ち抜け決定ですね」
あと三組のパフォーマンスのあと星光騎士団の出番なのだが、次の出番のグループがお通夜のような空気を醸し出している。
ツルカミコンビのパフォーマンスを見たあとのパフォーマンスも地獄だが、この高揚した会場の雰囲気はしばらく尾を引く。
腕組みをして半笑いになっている花崗は「まあ、先輩方が会場あっためてくれたおかげでわしらの追い風になりそやし、儲け儲け」と言っているが目が泳いでいる。
追い風にはなったが想像の数倍すごいのをぶち込まれた。
優勝できるとは思っていなかったが、戦って勝てる相手ではない。
プロと遜色ない知名度と実力はあると自負している。
メンバーもちゃんと仕上げてきた。
それを伝説の先輩方は、軽々超えてきたのだ。
怖い。さすが先輩。怖い。
お相手のパフォーマンスはモニターからも見えるが、覇気が抜けていて可哀想。
笑顔なのに泣きそうに見える。
「ううう、ううう……うううう……ツルカミコンビ、三年ぶりのライブ……もう二度と見ることなんてないと思っていた……ううう……それを生で見られるなんて、感無量すぎてぇ」
「淳ちゃんもうすぐ出番やから目ぇ腫れんようにしてぇ」
「もぉー! メイク落ちちゃうでしょぉー! ペットボトルで冷やしてぇ!」
「うううううー」
ドルオタ、ガチ泣きである。
客席から観たかった、と言いながらスマホから投票『いいね!』を連打している器用さ。
投票結果はリアルタイムで出るが、『Blossom』――もといツルカミコンビの『いいね!』投票数はあっという間に現在登場済みの十一組の中でダントツトップに躍り出た。
もはやこの時点でこの『いいね!』票数を超えるグループは出ないのではないだろうか、という勢い。
「ナッシー、一回控え室戻るよぉ。メイク直さなきゃ」
「ううううう……」
「いい加減泣き止んで!」
宇月に叱られながらずるずる控え室に連れ戻される淳。
感涙が止まらない。
しかし出番はすぐに訪れる。
一グループの持ち時間は一曲五分以内なので、サクサク進む。
約三時間半程度で四十三組が歌い切る。
合間にシードの三組のインタビューや、現場のモニターに今まで登場したグループの説明やメンバーの紹介、最後に勝ち抜いたグループの結果やインタビューなどが行われるのでイベント自体は午後四時まで続く。
イベント番組MCは、協賛にも参加している『CRYWN』の岡山リントと空風マオトが担当。
二日目は同じくCRYWNの鳴海ケイトと星科新。
三日目は四人全員が揃う。
そんなドルオタには堪らないイベントで、まさかの号泣。
宇月にクーラーボックスから保冷剤を出され、タオルで包んで目元に押しつけられる。
涙が止まってからメイク。
赤みをコンシーラーで消され、アイメイクを描き直される。
「本当にもぉ〜」
「うー。ありがとうございます〜……。宇月先輩、化粧を人にできるのすごいですよねぇ」
「あー、それは……まあ、ねぇ。バレエやってた頃に色々あったからぁ」
と、やや濁す。
首を傾げると「女子のいざこざぁ」と唇を尖らせて教えてくれた。
それだけでなんとなく「ああ」と察する。
妹、智子も読者モデルという女の世界で揉まれてきた。
可愛い子ばかりで、いかに目立てるか、という世界。
数人の女の子のモデルで表紙を飾る時、前へ前へと出ていく子をにこやかに見ながら後ろでその頭に指で角を作って遊ぶなどやらかしていた。
嫌がらせをされたりしたら、その怪力でリンゴを握り潰して威嚇し「あ、コイツヤバい」と思わせ牽制していたとかいないとか。
バレエも圧倒的に女の子が多い世界。
「泣かされる子、多そうですね」
「そう〜。僕見た目可愛いし、ごとちゃんと仲良かったから結構目の敵にされたりもしたんだけどぉ、結局は男の子だったから小学校高学年になると主役の奪い合いで本番に衣装隠されて泣いてる子とかいてさぁ。ごとちゃんが予備の衣装作って持ってきたり、僕がお化粧直してあげたりしたんだよぉ。せっかくの舞台、ボロボロにされるのは僕らもヤだったしさぁ。まあ、それでまたさらに虐めが激化したりするから良し悪しなんだけどねぇ。それでも本番は守りたいっていうかー」
「そうですね」
それで泣き腫らした目を冷やす方がいい、とか泣き止んですぐにお化粧したり手慣れていたのかと納得。
後藤の衣装作りスキルも、その頃から培われたのか、
「先輩たち優しいですね」
「えー? まあねー。あ、ところでさぁー」
「はい?」
「スターリズムダンスっていうアプリゲー始めてみたんだけど、どうやって遊ぶのかあとで教えてくれない? 柚子様が出てるらしいんだけどストーリー、なんかライブ? のスコアをクリアしないと進めないらしくって……手詰まり」
柚子オタ、沼へ踏み出していた。
「あ、はい。いいですよ。でもそれ結構ガチャ割合渋くて、蔵梨柚子が主人公の三章は課金必須ですよ」
「そぉなの!?」
「宇月先輩! ジュンジュン! 出番!」
「「い、今行く!」」