音無家総力戦?(2)
「お、おはようございますー!」
「「「「お……おはようございます……」」」」
土曜日。
数日後にはIG夏の陣で県外へ遠征予定なのだが、ホテルの予約などは花崗と宇月と淳で行ったので現在の不安要素はやはり新曲二曲のMV。
そんなわけで水曜日に依頼して、土曜日早朝五時から星光騎士団フロアの練習スタジオAに集まった星光騎士団面々プラス音無家の三名。
こんな朝早くにソワソワしている智子を、驚愕の眼差しで眺める淳以外の六名。
無理もない。
智子が肩に担ぐ大きなカバンは人一人余裕で入りそうな大きさ。
それを下ろすと明らかに重めな機材がびっしり入っている音。
誰かの「ごくり」という生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
「音無優花と申します。演出と映像編集などを担当します」
「音無集と申します。撮影を担当します。本日は時間もないので少し強行軍で特殊な撮影をすることになりますが、どうぞよろしくお願いします」
「音無智子でーす! その他雑務を担当します! よろしくお願いします!」
こっそりと周が「智子さんは受験勉強は大丈夫なのですか?」と淳へ耳打ちしてくる。
智子の志望校は北雲女学院。
四方峰市内で西雲学園と対をなす北雲はレベルが高い。
夏の追い込みなのにこんなところに来て大丈夫なのか、という意味だ。
「一応塾には通ってるし、B判定はもらってるんだって」
「そうなのですか? 優秀ですね」
「……うん」
勉強机に神野栄治のプロマイド、ポスター、チェキ、CD、雑誌の切り抜き、スマホはMVを鬼エンドレス。
推し――神に見守られ……いや、正確には神に見張られている状態にしているので、凄まじい集中力を発揮している。
なぜなら音無家の神、神野栄治様は「仕事のために勉学に手を抜くのは学生として違うよね?」というスタンス。
淳もレッスンで疲れていても、お風呂などでしっかり勉強はしている。
とはいえ、智子の机は……真似できない。
あの圧は凄まじい。
あれだけの圧を推しへの愛に変換して頑張れるのだから、やはり推しというのは生活を潤わせてくれる。
「じゅ、淳ちゃん、淳ちゃん……」
「は、はい? どうしました、花崗先輩」
「い、妹ちゃん、めっちゃ可愛いけど……ちょっとあの、パワーが……」
「え? ああ、はい、生まれつき怪力なんですよね。四歳の時におもちゃを盗もうとした近所のおばさんに500mlペットボトルが破裂するほどの勢いでおでこを狙って振り下ろし、おばさんが失神して救急車で運ばれたり五歳の時に空き巣に入ってきた近所のおばさんのふくらはぎに250mlビール六缶パックをぶん投げてヒットさせて階段から叩き落とすとか、まあ、色々伝説的なものがありまして」
「え、ええ……」
ドン引きの花崗と後藤。
ややビビり気味の綾城と魁星。
「ねえ、それ近所のおばさんの危険率の高さも異常すぎない?」
「ですよねー。智子は小さい頃から本当に可愛くて……変な人ホイホイだったんですよ。変質者が毎月現れるから今の家に引っ越したんです。……いくら犯罪者、変質者でも……いつかうっかり殺してしまうんじゃないかと……」
「ア、ソッチ……」
宇月が正しく理解してドン引きする。
確かに智子は怪力ゴリラだが、それでも見た目と心は年頃の乙女だ。
怪力以外は極々普通の女の子。
小学生の頃に小太りなおじさんにハアハア紅潮した顔で手を伸ばされれば、怖いに決まっている。
そんな怖いおじさんから助けてくれた神野栄治は、やっぱりどうあがいても騎士だ。
「それでは早速演出についてのご説明を行わせていただきたいんですが」
「あ、はい。えーと……」
「その間に撮影の準備をしますね。行こうか、智子」
「はあーい、お父さん!」
よいしょ、となんか金属の棒を四本、ひょいと持ち上げる智子。
沈黙が流れる星光騎士団面々。
片手で四本、三メートルくらいある鉄の棒を。
「どうかされましたか? スタジオにフィルターを設置する旨は、一応事前に承諾いただいたはずですが……」
「え、あ、ああ、はい。大丈夫です。一応、床に跡が残らないように配慮していただければ」
「はい。床は保護させていただきます。それでは撮影について……先に七人全員のMVを撮影したいのですが」
「はい」
「まずは――」
母がタブレットを使ってコンテのようなものを再生しつつ、イメージを共有する。
背後は映像を入れるので、全面青色のフィルターが設置された。
いつも練習で使うスタジオなので、存外安心感がある。
音源を確保して、定位置につく。
スタジオ準備を整えた音無父が戻ってくると、別の鞄から青いドローンを三機取り出して調整を始めた。
「お父さん、三機も同時に動かせるの?」
「父さん、小さい頃からア◯ロみたいなニュータイプになりたかったから、すごく練習してきたんだよ!」
「そっかー! すごーい!」
愛娘にいいところを見せたい、と、息子の晴れ姿を撮りたい、で、気合い十分なパッパ。
なんとも言えない表情の息子。
「撮影は素材が多めにほしいので、三回ほど連続で歌っていただくことになりますが、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
笑顔で答える綾城。
一瞬青くなる一年生ズ。
確かに一曲を三回連続で歌って踊るのは問題ないだろうけれど、今日一日中撮影で何回やるかわからない。
スタートダッシュ三回はかなり、ハードなのでは?
このあと一年生だけの第二部隊の曲を歌って踊る。
それ自体は練習でかなり完成度は高くなっていたはずなのだが、先輩たち中心の七人の曲と比べて上手くできるかは不安しかない。