泣くドルオタ
「おやおや、栄治。いいところで来ましたなぁ?」
「仕事が早く終わったのと、スタジオのVR機借りられたからね~。それより、柚子はもう帰っていいよ」
「いきなり帰れぇ!? さすがにひどくない!? 栄治先輩!?」
MCに入るやいなや、神野が冷たい眼差しで蔵梨に向けて言い放つ。
ドッと客席から起こる笑い。
淳の後ろから誰かが抱き着いてきて、驚いて振り返ると朝科の綺麗な顔が真横にあった。
「んええええ!? あ、朝科先輩!?」
「こんな状況で笑いを起こせるのはやはり経験の差だね。素晴らしい」
「え、え、あ、そ、そうですね?」
なんの話しかと思ったら、ステージ上の神野たちのことのようだ。
確かに人を笑わせるのは、難しい。
すでにアイドルとして卒業済みの三人が、懐かしいやり取りで場を沸かせるのはすごいことだろう。
だがそれどころではない。
顔が近い、顔が、国宝級の顔が!
「朝科先輩、ナッシーは星光騎士団の騎士だからぁ! っていうか推しがステージにいるんだから、邪魔しないでくださいよぉっ」
「私のことは気にしないでステージを観ていていいよ」
「ええええええ……」
頬を膨らませてクレームを言う宇月を華麗に無視して、淳を抱き締める朝科。
せっかく神野栄治がいるのに、後ろの重みが気になって集中できない。
もしリアルならぬくもりも感じるんだろう。
あの朝科旭の体温を感じるなんて状態に陥っていたら、さすがの淳も栄治様どころではなかったかもしれない。
「ちなみに、俺とはーくんは同じお仕事。なっちゃんはレッスンだったから無理矢理斬り上げさせて連れてきたよね」
「おや。ということは――」
「皆様、こんばんは~。星光騎士団団長及び春日芸能事務所『Blossom』リーダー、綾城珀です」
「こんばんは!! 春日芸能事務所『Blossom』所属、甘夏拳志朗です!」
「Blossomメンバーが全員揃ったぁぁぁぁーーーーー!!」
淳がわかりやすく朝科の存在を完全に忘れて叫ぶ。
Blossomがライブをする予定はなかった。
なんなら、神野と甘夏が来る予定も。
これはもう、ファン大歓喜のサプライズではないか。
新規ユーザーは「え? 誰?」「なにか増えた」「あの子誰? 知らない」と困惑している。
まだデビューして三ヶ月程度のBlossomは、SBOユーザーの中でもあまり認知されていないんだろう。
アイドル戦国時代、新たにデビューするアイドルは数えきれない。
弱小事務所の新規試みで作られたBlossomは、世間からもそれほど知られた存在ではないのだ。
だが、甘夏以外の個々の知名度は高い。
おそらくIG夏の陣で一気にその知名度は上がることだろう。
そんな”これから売れる”アイドルBlossomを、デビューから応援できていることはドルオタとしてなによりもの優越感。
「誰かな、あの甘夏拳志郎という子は……? 東雲の生徒ではないよね?」
「甘夏さんですか!? あの人は甘夏拳志郎さん! プロフィールは『西雲学園芸能科で落ちこぼれ、普通科に移動させられ夢を諦めかけていたところ、某ゲーム内で綾城珀と出会い、一気にプロデビューに至ったシンデレラボーイ! 身長:176センチ、体重:60キロ。誕生日:8/25。血液型:B型。趣味は筋トレとランニング、特技はスポーツ全般』ということで東雲ではなく西雲学園普通科の人です!」
「あ……そ、そうなんだ。え? 詳しい……え? 暗記しているの?」
「はい! 甘夏さんは春日芸能事務所の公式HPにあるプロフィールしかありませんけれど」
「ふーーーん、そうなんだ」
魁星と周と宇月は「ああ、また始まった」という怪訝な表情。
ドルオタモードの淳を見るのが初めての朝科は複雑そう。
さっきまで自分でドキドキしてくれていたのに、と若干拗ね入っている。
「ちょっとちょっとちょっとー! Blossomメンバー揃っちゃってんじゃん。なになに、このままBlossomでプチライブするの?」
「えー、しちゃいますかな?」
「しちゃおっか、ね? IG夏の陣、俺たちも出るんだよね」
「歌ってもいいかな?」
と、綾城が後ろにを振り返る。
一応Blossomは『星光騎士団のステージ』に招待もされていない立場だからだ。
花崗が時計塔の時計を見てから、親指を掲げる。
みんな優秀なので、綾城が来るまで時間を引き延ばそうと思っていた。
が、思いの外早く綾城が来てしまったので想定よりも全員揃うのが早かったのだ。
MCで延ばしてもいいのだが、せっかくならライブを見てほしい。
SBOは、歌でバフをかけるゲームなので。
「ひまりちゃんからオーケーが出たので、Blossomで一曲歌わせていただきます! IG夏の陣ではデビュー曲以外にもたくさん歌いますので、夏の陣、絶対観てくださいね。では、我々のデビュー曲『Flower Festivals』――」
うわーい、と両手を上げて喜ぶ淳の前に魁星と周が回り込んできた。
前奏が始まったのに、これでは見えない。
困惑する淳の両手を掴み、ステージが見えない位置まで朝科ごと移動させられる。
なぜか背後には宇月と蔵梨まで。
「え!? あの!? なんでステージから離されないといけないの、なんで!?」
「ジュンジュン、あの曲聴くと倒れちゃうじゃん! 今倒れてログアウトしたらこのあとの星光騎士団のライブに出られなくなるんだよ!?」
「うっ!? そ、それは……!?」
「出番があるのだから、今失神したら間に合わなくなるでしょう? 可哀想に思いますが、本日の先輩方のライブは遠くから鑑賞してください」
「うううう、うううう……!」
魁星と周のおっしゃることはごもっとも。
なにしろ失神前科三犯。
今日はこのあと今代星光騎士団七人でライブがある。
失神後、そのライブに間に合うよう目を覚ます保証もない。
しかし、Blossomには音無家の永遠の騎士、神野栄治がいるのに――。
「うううううう~~~~」
めちゃくちゃ涙を飲んだ。






