侵攻歌
「っていうかめっちゃエロくない!? あの人たち俺たちと一つ二つしか違わないんだよね!? 大丈夫なん!?」
「わかるぅ」
「さっき淳が言っていた迷言の意味も確かになんかわかりたくないけどわかりましたね」
さっきのあれだ。
『女だけど魔王軍のライブ観たら精通した』という意味不明なやつだ。
なにを言っているのかよくわからないのに、言いたいことは確かにわかる不思議。
「さあ……場が温まっただけでみんな満足してないだろう? まだまだ、もっと貪欲に貪って……?」
朝科が客席に差し出した指先をゆっくり畳んでいく仕草と、切なげな表情と、甘い声。
そのまま唇に人差し指を持って行って、唇の端から端までなぞる。
後ろからなのに一年生ズが「「「えっっっっっ!!」」」と喉まで出かかったその威力。
ステージ最前列にいたチコがしゃがみ込んで「ギャアアアアアアアアア」と叫ぶのも仕方ない。
その指を掲げると曲の前奏が始まる。
一応、三曲歌う予定なのだがチコはもつのだろうか? 理性的、意識的なものが。
吐息多めな歌い出し。
先ほどのロック調ではなくバラード調。
だが音楽がもうエロスを醸し出している。
歌詞も甘く、直接的な表現のない性的さ。
青少年には過激すぎるのでは?
さっきから魁星の顔がわかりやすく顔が赤い。
しかも先ほどと違って、三年生トリオの絡み、接触が多い。
角度によってはキスをしそうな――しているように見える。
麻野と茅原が完全にバックダンスに徹していた。
魔王が側近を弄ぶような演出に、客席からも「キャーーーーーー!」「ぎゃああああ!?」「アアアアアア!?」というなんともいえない悲鳴が度々上がる。
刺激が、刺激が強すぎる。
「エロいエロいエロい!!」
「これ見て大丈夫なやつなんですかっ!?」
「ほんとだよね、こんな、無料で観ていいのかな!?」
両手で顔を覆いながら、指の隙間からしっかり見る魁星。
両手で顔を覆って俯いて泣きそうに叫ぶ周。
間違いなく他二人と意味が違うことを言っている淳。
わかりやすく変な悲鳴が多発するステージ客席には、先ほどよりも倍近いユーザーが集まっている。
遠くステージの見えないユーザー向けに、モニターが『ファーストソング』中に浮かぶように設置され始めた。
曲がゆっくり終わっていくと、力が抜けるような衝撃。
朝科、檜野、雛森が客席に妖艶な笑みを向ける。
歓声が上がるどころか、「ヤバい」「イケメン過ぎ無理」「エロすぎ」「ハアハア」などの息切れが聞こえるんだが。
「さあ……愚民の皆様、我ら魔王軍の魅力は十分堪能していただけましたか?」
体勢を立て直した檜野が、丁寧にお辞儀をする。
執事のような衣装でその優雅な仕草と、さきほどのパフォーマンスも相俟ってやたらエロく感じてしまうのは人間の心理か。
なんというか、檜野がイケナイ人妻にしか見えなくなってきた。
「なんか人も増えてきたから~、改めて自己紹介しとくー?」
「そうだね。では、新たに集まってきた愛おしい愚民の皆さんのために改めて自己紹介。私たちは東雲学院芸能科所属アイドルグループ『魔王軍』。私は『魔王軍』のリーダー……魔王、朝科旭です」
「ボクは南の四天王、『魔王軍・南軍』リーダー檜野久貴と申します」
「日織くんだぞ! 『魔王軍・西軍』リーダーの、雛森日織くんだ! 魔王軍の作詞作曲担当だぞ」
「ハッ! 『魔王軍・東軍』リーダーの麻野ルイ様だぜ!」
「オレは『魔王軍・北軍』茅原一将です。東雲学院芸能科では毎月月末に定期ライブという東雲学院芸能科所属のアイドルグループが、校内特設ステージでライブを行いイベントを開催しております。普段我らは各々が率いる”ユニット”でライブを行っており、本日は我らが魔王のユニット……『魔王軍』で愚民の皆様にご挨拶させていただきましたが、いかがだったでしょうか? 楽しんでいただけましたか?」
物腰柔らかく魔王軍や東雲学院芸能科のことを説明する茅原。
麻野が忌々しそうに、そんな茅原を「ケッ、檜野先輩の真似していい子ぶりやがって」と悪態を吐く。
途端に茅原の顔つきが麻野に対して凶悪に変化して「うるせえよ」と小声で告げる。
怖い。
ギャップがすごい。
それに気づいているのかいないのか、客席からは歓声が上がった。
少し困った顔をしながら、真似されたと言われた檜野が胸に手をあてがったまま一歩前に出る。
「本日は我らと同格、東雲学院芸能科の三大大手グループの一角――星光騎士団のステージに招かれて、お邪魔している立場。聞けばサービス開始より星光騎士団出身の神野栄治先輩と鶴城一晴先輩がこちらのゲームのプロモーションを行っているとか。我々も皆さんのお声があれば、今後馳せ参じることもありましょう。レイドイベントが今月半ばからあるとのことですからね。八月十六日よりIG夏の陣が開催され、我々も当然参戦します。結果がどうあれ、IGが終わればまたお邪魔して皆様の心を侵略して差し上げますね。さあ、お喋もこの辺にして――今宵最後の曲にいたしましょう。名残惜しい? IG夏の陣でまたお会いできますよ。視聴者投票もございますので、ぜひ我らに投票して決勝まで我らが侵攻を受け入れてくださいませね。では、最後まで堪能してくださいませ? ボクたちの侵攻歌を……」






