特権
「えーと、とりあえずいい時間なので綾城ちゃんが用意していたタイムテーブルのデータをもとに、SBO夏休みライブを開始したいと思います。リハはなし。順番は希望者を優先。――って、ことなんですが、前座は我々がやるので魔王軍と先輩たちどっちが先にやりますか?」
首を傾げ、花崗が魔王軍の面々と鶴城、蔵梨を見る。
するとすぐ朝科が「先輩たちに先に歌わせるわけにはいかないし、自分たちが歌うよ。いや、見せつけてあげます」と腕組みしてドヤ顔。
鶴城も少し困ったように「気を使ってもらわずともよいのですが」と言いつつ順番は魔王軍に譲ることにしたらしい。
「ほな、ぶっつけ本番やけどよろしゅう頼んますわ。システムについては淳ちゃん、魔王軍の子らに教えてや――あ、いや、淳ちゃんはあかんな。周ちゃん、できる?」
「はい、自分にお任せください」
「え~。淳くんでいいのにぃ。まあ、星光騎士団箱推しっぽいのは知っていたから仕方ない。来月の定期ライブに形骸化した『侵略』で獲りに行けばいいし」
「うわ! 一年生ズ鍛え直さなあかん……!」
ふふふ、と笑みを深める朝科。
それを聞いて花崗が汚物を見る眼差しを朝科に向ける。
残念ながら魔王軍三年生組もやる気満々。
しかし一年生全員鍛え直さなきゃ、と言われる意味がわからない魁星と周はギョッと淳の方を見る。
今でこそ地獄のレッスンなのに、さらに過酷になるというのか。
「え!? え!? 『侵略』って『決闘』と違うの!?」
「ええと……『侵略』は魔王軍の専売特許というか……三大大手グループには『特権』が認められているんだよ。星光騎士団には『決闘』、魔王軍には『侵略』、勇士隊には『下剋上』っていう。星光騎士団の『決闘』は前に話した通りなんだけど、三年くらい前は魔王軍と勇士隊が他のグループから『侵略』と『下剋上』でメンバーの引き抜きを行ったりしてたんだ。で、引き抜かれたメンバーを取り戻すには星光騎士団の『決闘』しか方法がなかったんだよね。ただ魔王軍の『侵略』は申し込む相手の学年が下の相手限定で、勇士隊は申し込む相手の学年が自分より上でないといけない、みたいな小さいルールがあって、星光騎士団の『決闘』ルールを借りて取り戻す場合星光騎士団メンバーの一人に同行してもらわないと行けなかったり……いや、でもこれはファン側の知識だから実際は違ってたのかも……?」
正直今さっきの鶴城と蔵梨の話を聞く限り、ファンが認識していたルールとアイドルたちの認識は違うのかもしれない。
不安になりつつ花崗の方を見ると、眉を寄せて首を振る。
「わしの世代はもう『決闘』が一般的やったし、それに賭けるモンも売り上げと罰ゲームやったよ。珀ちゃんより上の世代の方が詳しいわな。ただ――」
「勇士隊の石動くんは一年生時代から魔王軍では形骸化していた”特権”を使って暴れていたからね。彼が最高学年になった今、彼がその特権を使うことは不可能になった。ここ半年嫌に大人しいけれど、蓮名くんもいるしそろそろ勇士隊の一年生も育ってきているから暴れ始めるんじゃないかと心配してはいる。新入生たちは大人しい勇士隊しか知らないだろうから、気を抜いていそうだしね」
「それなんよなぁ。珀ちゃんも『石動くんがここまでおとなしいの気持ち悪いね』って言うとったし」
と、先輩たちが初めて口にする東雲学院芸能科の”実情”。
レッスンに注力していて、一年生は今までほとんど学院内の情勢など知らない――まっさらなままだった。
けれど、恐らく夏の陣が近いからどこもおとなしい。
新入生というまだ戦力と呼ぶには未熟な足手まといを抱えて今は、まだ。
星光騎士団も魔王軍も勇士隊も、新たに得た新入生を最低限の戦力になるよう育て、力を温存して戦力を整える時期。
特に問題児、勇士隊の石動が卒業までおとなしくしているわけがない――というのは、この場の三年全員の総意。
「去年なんか最悪だったよねぇ! 蓮名が石動先輩たち引き連れて珀先輩とひま先輩に『下剋上』挑みまくってきてさぁ!」
「ハッ! 魔王軍なんか高埜センパイを獲られたんだぜ! 高埜センパイの親の借金返済するって裏から手ェ回して……卑怯な手ェ使いやがってよぉ!」
「まあ、グループの移籍なんて在学中にほいほいできるもんやあらへんから、高埜ちゃんも苦渋の決断だったんやろ~。あの子の親もサイマーってやつやし。一応卒業後の就職先は決ってるっぽいし、他人がとやかく言うことちゃうけど……魔王軍は高埜ちゃん獲られたんは結構な痛手やったよね」
「そう~。三年生が卒業して一人になっちゃったから誘って入ってもらったのに、横から搔っ攫われてホント不快。直士くん自身すごくいい子だから、同じクラスなのに目が合う度に申し訳なさそうに顔を逸らされて……もうそろそろ一年経つのに、このまま卒業まで気まずいのもしんどいんだけれど」
それは確かにしんどい。
いや、しかし魁星と周にとっては”強制引き抜き”が可能なことに驚いていた。
不安げな眼差しで淳を見る。
「じゅ、ジュンジュン平気そうな顔してるけど、そ、その強制引き抜きシステムで魔王軍に狙われてるんでしょ……!? だ、大丈夫なの!?」
「ええ? ああ、うん。でも、引き抜かれても星光騎士団の『決闘』で取り戻せるし? 取り戻してくれたらいいかな。無理だったとしても魔王軍で頑張るよ。一時的でも栄治様と一晴先輩と同じ星光騎士団にいられて幸せだったし、魔王軍も普通に好きなアイドルグループだし」
「そうだった、ジュンジュンは東雲学院芸能科箱推しのドルオタだった」
「……鍛え直さなあかん……」
「ナッシーってそういうやつだよねぇ~」
「まあ、実際『決闘』で取り戻せばいいですし……」
と、呑気な二、三年騎士の皆さん。