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三度あることは多分四度ある


「レッスンについてはこちらの用紙を参考になさってください。あ、書類一式紙袋にまとめておきますね。レッスンを休む場合は連絡をください。また、退所に関しては一ヵ月前に申し出てくださいね。他になにか質問はありますか?」

「淳、なにかあるか?」

「ううん、今はなにも思い浮かばない」

 

 では、今日はこれで。

 そう話はまとまった。

 廊下に出ると、綺麗な顔の男が目の前に現れた。

 音無家全員息を呑んだ。

 

「社長、話し終わった?」

「栄治、お迎えに来てくれたんですか? ありがとうございます」

 

 硬直した音無家を不信に思ったのか首を傾げ、全員の顔は見覚えがあるのだろうやや居心地悪そうに視線を逸らして応接室に入っていった。

 音無家の、永遠の騎士(ヒーロー)、神野栄治。

 この事務所所属なのだから、いるのは当たり前だろう。

 

「あ、音無淳くんです。先ほど研修生になったので、見かけたら構ってあげてくださいね」

「どこまで知ってるんだか。まあ、いいよ。あの子の話ししたのは俺だしね。星光騎士団の後輩にもなったみたいだから、事務所で見かけたら可愛がってあげるよね」

「ほどほどにしてくださいね」

「一晴に言って。俺よりアイツの方がよっぽど年下好きだしね」

「ああ、一晴は弟妹が多いですからね」

 

 なんて話をしながら神野は社長の車椅子を押して入り口に戻ってくる。

 さすがに邪魔になるので、扉から離れる一家。

 出てきた神野が淳としっかり目を合わせて立ち止まった。

 

「IG夏の陣、楽しみにしてるね。新人騎士様」

「ッ……」

 

 フッと微笑んで、そんな煽りをされて全身が震えた。

 たったあれだけのセリフに、色んなものが込められている。

 星光騎士団の新人の”騎士”として、IG夏の陣で「Blossom()と戦おうね」、とか「星光騎士団の”騎士”として恥じない戦い(ライブ)をしろよ」とか。

 淳自身の声の様子を思うと、IG夏の陣までに以前の――声変り前の最盛期のように歌うことは厳しい。

 だが、もしかしたらそれを知った上でそう煽ってきたのかもしれない。

 神野栄治は他人にも自分にも厳しい人。

 才能のない人間が、才能のある人間が闊歩する芸能界で生きていくには努力をするしかない。

 淳自身才能がある方ではないので、彼の言葉はどれも金言。

 さっきの煽りにももちろん「IG夏の陣で同じ舞台で戦う(ライブ)のなら、死ぬ気で歌えるようになれ」という意味も込められていたはず。

 あるいは、淳がそう受け取るような言い方でもあった。

 夏の陣まで、あと一ヵ月。

 あと一ヵ月で、歌えるようになれ――と。

 

「ああああああ、カッコいいぃぃぃい~~~……全世界からもっと賞賛されろ……!!」

「ほほほほんもの、ちかい、ちか……近……しゃべ……ッ」

 

 大興奮の智子と母。

 その横で父が深々と頭を下げた。

 幼い娘と息子を変質者から救ってくれた恩人なので、年下相手でも心から尊敬しているのだと。

 彼が在学時、定期ライブで家族揃って応援に行っていたから、音無一家のことは当然覚えていただろう。

 けれど彼の中では「終わっていること」であり「日常」であり「普通のこと」だから、しつこく感謝してくるうっとおしい家族。

 直接言われたわけではないけれど、過度に恩を感じすぎだと言わんばかりの表情で見られる。

 そういうところまで含めて、やっぱり彼は騎士なのだ。

 飄々としていて、当然のように人を助けて――助けっぱなしにする。

 変な言い方だが、他人に興味のないお人好し。

 あの顔と声、綺麗な容姿で、そんな性格なのだからよく「自分は才能ないし」といえるものだと思う。

 

「練習頑張らないとダメになったな、淳」

「うん」

 

 同じ舞台に――IG夏の陣に、出演するのだ。

 みっともなくて間抜けな姿を見せるわけにはいかない。

 彼のような人を救える騎士(アイドル)になりたい。

 そのために「声を出すのが怖い」なんて言っている場合ではなかった。

 

「カラオケ行こう!」

「「「行こう!」」」

 

 家族でカラオケ行った。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 七月十八日にサマーフェスのお仕事に参加したものの、まだお客さんの前で歌えるほど声が出せるわけではない淳は撮影や雑務に回った。

 久しぶりに綾城珀込みの星光騎士団ライブはお客さんも熱狂。

 しかも、星光騎士団のあと――最後に出演したアイドルグループは『Blossom(ブロッサム)』。

 着替えた綾城が再登場して、綾城ファンが阿鼻叫喚だった。

 当然淳も推しうちわとサムネイル装備で客席に移動。

 後方屋台でそんな淳の姿を遠目で眺める星光騎士団メンバー。

 サビが近づき、ステージ中央に歩いていく綾城が「栄治先輩のファンはお気をつけくださいね~」と声をかけてくる。

 そう、Blossomのデビュー曲には神野栄治ファン一撃必殺のセリフが入るのだ。

 しかし、サブスクで購入して鬼リピしてきた。

 

(対策は十分してきた。今日こそ生歌ライブを最後まで観届ける……!)

 

 それはもう、ファンとしての意地。

 軽快なダンス、サビが終わる――くる。

 

「おいで」

「――――――」

 

 なにがずるいって間違いなく淳を直前で見つけて、笑みを深めた。

 直後の「おいで」だ。

 狙い撃ちだ。

 先日の、春日芸能事務所の廊下で言われた言葉も相俟って、直撃。

 

「はっ!? ここは……!?」

「控室だよぉ」

「魁ちゃんと周ちゃんに『淳ちゃんはBlossomのあの曲聴くとぶっ倒れる』言われて『そんなアホな』って笑っとったけどマジに倒れおったな」

「大丈夫?」

「はい、これうちわとサムネイル」

「水」

「ぐ、ぐうううう……あ、ありがとうございます……」

 

 気づいた時には星光騎士団の控室。

 周に手渡されるうちわとサムネイル。

 呆れた表情の花崗と宇月。

 SDを片手に水のペットボトルを差し出して、心配そうにしているのは後藤。

 残念ながら熱中症ではないが、ありがたく水は飲ませていただいた。

 

「だっ、だって……だって……! 栄治様、やっぱり好き~~~~」

「わし、一応星光騎士団のお色気担当やけど、何度も同じところでお客さんを失神させるん無理やもん。やっぱモデルとしてもアイドルとしても、神野先輩はすごいお人やなぁ」

「あの人と鶴城先輩はちょっと別枠って気がするけどなぁ……。っていうか失神させるのっていいこと扱いなの? お客さんを危険に晒す行為じゃない? ブサーとクオーが倒れたナッシーを受け止めなかったら、後頭部からイってたよ? アレ。他にも倒れたお客さん、いたけどさぁ」

 

 と腕組して頷く花崗をジト目で見上げる宇月。

 確かに普通に考えると危ない。

 

「次回から後頭部に夜行バスで使う簡易枕くっつけて観ないといけないですね」

「そういう問題じゃないよぉ……?」

 

 とりあえず三連敗した。



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