春日芸能事務所(1)
次週、土曜日。
多忙な中、親となぜかついてきた智子と四人で春日芸能事務所に訪れた。
オーディション結果に記載されていた住所は、四方峰で一番栄えた八草区にある。
三十階建ての大型ビルが、春日芸能事務所。
小規模な事務所です、と綾城も春日社長自身も評していたくせに、ビルの入り口にはしっかりと『春日ビル』と名称が刻まれた石碑が鎮座していた。
中に入る前に小さな公園があり、一階にはコンビニとカフェ、食堂と美容院、雑貨屋が二軒入っており一般人も利用できるようになっている。
二階にゲートが設置してあり、カウンターに受付嬢。
「あ、あの……十一時に春日芸能事務所社長と面会の約束をしております、音無と申します」
「はい、いらっしゃいませ。音無様ですね、お伺いしております。こちら入館証になっておりますので、首に下げてBのエレベーターより七階にお進みください」
「あ、ありがとうございます」
セキュリティーもかなり高い。
四人分の入館証を受け取り、首から下げて言われた通り扉にBと書かれたエレベーターで七階に上がった。
七階につくとガラス張りの事務所。
左には壁一面に巨大なモニターが設置されており、文字が赤く点滅していた。
名前と日付、時間が出ている。
『綾城珀 7/13 8:00~10:00 スタジオダンスレッスン』――という表記。
本日の日付と時間で所属タレントの予定が表示されているのだと察した。
「あれ、淳くん」
「綾城先輩……!」
ちょうど名前が出ている本人がタオルを肩にかけて事務所前の廊下に現れて音無家全員面食らった。
隣にはもう一人高身長の黒髪小豆色の目の美少年。
「「「「甘夏拳志郎だ!!」」」」
ドルオタ一家、心の声が大きめに漏れる。
音無家全員に名前を呼ばれた当人が、ビクッと肩を跳ねさせた。
そりゃあ見ず知らずの家族に声を揃えて名前を呼ばれたらビビる。普通に。
「拳くん、こちら音無淳くんとそのご家族。僕の学校の後輩」
「ああ、あの神野先輩大好きなアイドルオタク家系の……」
「そうそう」
「ゴールデンウイークで神野先輩の必中セリフで一家全員失神して運ばれていた――」
「そうそう」
「…………………………」」
「に、認知されてる……!!あ、あの! サイン入りCDありがとうございました! 家宝にして神棚に飾っています!」
「え?」
間違ってないけど紹介の仕方があまりにもあまりにもだ。
恥ずかしさに俯く母と智子。
間違ってないのでなにも訂正しようがない。
「わかります。神野先輩のアレはもう、ズルいですよね。人死が出なかっただけましというか」
「「「「ですよね」」」」」
しかし思いの外冷静に音無一家のフォローをされた。
真顔でコクリ……と頷かれて一家全員でコクリ……と頷き返してしまう。
あの色気たっぷりの「おいで」はもはやテロだろう、と。
やっぱりそう思っていたのは音無家だけではなかったのだ。
「今日はどうしたの? ご家族揃って?」
「あ、あの、研修生の件、お受けしようと思って」
「あれ――淳くん声出るようになってる……?」
「あ、はい、そうです!」
今気づいた、とばかりの綾城。
いや、実際先週から綾城は学校を休んでいる。
さすがに来週からの期末テストには来る予定だそうだが、プログループの方の練習と仕事が立て込んでいて忙しさで家に帰る時間もないようだ、と花崗は心配していた。
実際結構疲れが表情に滲んでいるように見える。
「そうだったんだ。久しぶりに会うせいか、違和感ないなぁ。なんにしても無事に声が出るようになってよかったね。ライブの練習は始めているの?」
「えっと、まだ様子を見ながらなんです。今まで出ていた音域がさっぱり出なくなっていて、なんだか練習してきたものが全部リセットされたみたいで……。でも、練習して出そうとするとまた声が出なくなるんじゃないかっていう恐怖心もあって……」
「なるほど、それは確かに怖いよね」
「はい。なのでできるだけプロの先生に練習につき合ってもらえるよう、研修生の話を受けようと思って、今日契約に」
「そうか。そういう事情なら確かにそれが一番いいかもね。うちの社長、社長自身が健康マニアみたいなところがあっていろんなお医者さんや医療知識豊富だから相談しやすいし」
「え、そうなんです、か?」
意外な新事実が出てきた。
つい聞き返すと拳志郎も「社長自身、車椅子の人だから」と追加爆撃。
「音無さん? いらっしゃっていますか? 社長がお待ちですのでこちらへどうぞ?」
「あ、は、はい!」
「すみません、先輩!」
「あ、いいえ。引き留めてごめんね。来週には星光騎士団の練習に集中できると思うから、テスト共々一緒に頑張ろうね」
「はい」
事務員さんに呼び出され、綾城に頭を下げて事務所ではなくそのまま綾城たちが着た反対側の廊下を案内される。
事務所のすぐ隣に『応接室』と表札の貼りついた部屋があり、ガラス張りの部屋が二部屋繋がった応接室に通される。
窓ガラスのすぐ真ん前に、車椅子の少年が待ち構えていた。
ふわふわの石竹色の髪と留紺色の目の少年。
淳たちの姿を見ると、笑みを深めた。
不思議な雰囲気の、とても美しい少年だった。
彼自身がアイドルと言われても信じるレベルの美少年。