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ソング・バッファー・オンライン~新人アイドルの日常~  作者: 古森きり@書き下ろし『もふもふ第五王子』
2章

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地獄の授業


 聞けば放置親兼搾取親の魁星は親――保護者に口座を作るのを手伝ってもらえば、通帳を押さえられて搾取され続ける未来しか見えない。

 異常過干渉親の周は、口座を作るための接触だけでもなにを言われるかわからない。口座と自分で作れないイコールまだ親の庇護下にいるべき、なぜなら未成年だから。結局自立できないだろう、と言われて連れ戻されかねない。むちゃくちゃだ。

 上手く口座を作れても多額の仕送りを入れられ、一円でも手をつければ同じ理論で連れ戻される。

 

「二人とも、今の生活費どうしているんだ?」

「寮に入ってからは貯金箱で出し入れしてる。バイトする余裕ないから、東雲学院の奨学金貰ってるし」

「自分も……」

「そんなことできるもんなんだな……」

「でも、こうざかんけいはぜったいにほごしゃほしょうらん、あるよね」

「とりあえず未成年でも親の同意なく口座を作れないか、ネットで調べてみたらいいんじゃないか? そんなにすぐ必要なの?」

「今月遠征の仕事が入ったんだって。それで、来月報酬が支払われるから口座登録しろって」

「さ、さすが星光騎士団。指名の仕事が入るんだ?」

「そうらしいね。でもおれ、まだほんちょうしじゃないから、やくにたてないとおもう……」

 

 まだ声を出して喋っても、頭に反響して聞こえる自分の声に強い違和感がある。

 ちゃんと話せているはずなのに、どんな声になっているのか不安だ。

 三週間喋っていないので、自分の以前の声もあまり思い出せなくなっているけれど、今よりは高かった気がする。

 そんなことを思い出していると、ふと、三人に聞きたくなった。

 

「ねえ、おれのこえ、いまどんなかんじ?」

「ええ? 前よりは低くなってる?」

「声自体はそうだな、低くなっているような気はするな」

「きもくない?」

「きもくないですよ。放課後、練習棟で収録して自分で聞いてみるといいと思います」

「そのてがあった!」

 

 周、天才! と称賛していると、予冷が鳴る。

 先生が入ってきて、コンプライアンスの授業が始まった。

 淳が登校していたのに少し驚かれたけれど、星光騎士団が遠征に行く話から本日は主に学院の外での立ち居振る舞いと、学院の外でのファン対応。

 遠征で学院外でのファンサービスを求められることが増えるだろうということで、今回の授業はなかなかに参考になった。

 淳のようなドルオタとしては「ステージや会場以外でアイドルを見かけても、おさわり禁止」「アイドルのプライベートは死守せよ」を心がけている。

 だが、にわかやミーハードルオタはそうではない。

 自分の欲望を最優先にさせ、プライベートであっても二十四時間理想のアイドルを求める。

 こちらはファンなのだからアイドルを演じてもらって当然であると考え、ファンはアイドルに優遇されて然るべきと傲慢に考える。

 そういう傲慢なファンからアイドルを守るために、東雲学院芸能科では「学院の外でファンにファンサービスを求められた場合の対応」に規定を定めて生徒に徹底するよう指導していた。

 例えば握手はいいが、写真撮影やサインは不可。

 物や金銭の授受は以ての外。

 差し入れと称していても、手軽な飲み物コンビニのお菓子一つでも受け取ってはならない。

 贈り物はすべて断ること。

 ファンレターも東雲学院芸能科に送ってもらう。

 しつこくねだられても「校則で決まっているので」と断るように、と習い、授業の後半には「では実演してみましょう」とお断りの練習が始まった。

 二人一組に~、と言いかけた先生が、淳を見て「音無はそういうファンに詳しそうだから五人くらい相手してもらいなさい」という無茶ぶり。

 声が出るようになってすぐにその無茶ぶりはいかがなものかと。

 ――だが。

 

「やれというならやりましょう」

「ヤバい、淳ちゃんが言うと冗談に聞こえない」

「しらとてんがいくんですよね? にゅうがくからずっとおうえんしています!」

 

 と、淳がどこからともなく天皚の名前が書かれた推しうちわと、公式グッズとして販売されているサイン入りサムネイルと、ロングタオルを取り出す。

 それを見た瞬間に天皚が「う」とおののく。

 もうこの時点でこのファンは自分にお金を落としてくれている”お客さん”なのだ。

 無碍にできるわけもない。

 現時点で自分の知名度を自覚しているクラスメイトもざわついた。

 

「さいんいただけませんか?」

 

 と、サインペンと色紙を差し出す淳。

 震える天皚。

 ごくり、と喉を鳴らすクラスメイト。

 これを――断らなければいけない。

 

「あ、う……ご、ごめんなさい! 校則でサインはできません!」

 

 腰を九十度に曲げてガチ謝罪。

 きっとほとんどのクラスメイトがそう謝る。

 ほぼ全員の表情がしおしおになった。

 ちらり、と先生の方を見ると「もう一声」と無残にも言い放たれる。

 

「え~、じゃあいっしょにしゃしんはだめですか? SNSとかにはのせないので!」

 

 と、スマホを取り出しカメラ機能を起動させた淳。

 わざと隣に立ち、わざと「はい、ちーず!」と天皚に顔を近づけて撮影の準備。

 天皚が顔を上げた瞬間を狙って撮影ボタンを押して撮影完了したら「ありがとうございました! これからもおうえんしてますね!」とスマホをしまった。

 静まり返る教室内。

 

「……素晴らしい。これが厄介ファンです。さすが俳優志望ですね、音無くん。百点です」

「あ、ありがとうございます……?」

 

 それは褒められているんだろうか?

 

「そして白戸くんは赤点ですね。これよりももっと厄介な強引タイプに会ったらどうするつもりですか? まんまと写真を撮られて」

「うううううううう」

「次、長緒くん」

「ながおくんですよね!? にゅうがくからずっとおうえんしています!」

「待って!? 音無って俺のうちわも作ってくれて、公式グッズも買ってくれたの!?」

「おれ、まいとししんにゅうせいのおしうちわつくるしこうしきグッズでたらぜんいんぶんかうから」

「「「か、神……?」」」

「嘘だろ? 俺の分のうちわも作ってくれたの?」

「ぜんいんぶんあるよ」

 

 と、紙袋を出してきてそこから『1年A組』で括ってあるうちわを取り出した。

 ざわつく教室内。

 自分のうちわを見つけて「マジだ」「ありがとう、音無くん~」「すげえ、すげえ」「ちゃんと手作りだ……マジか……」と歓喜の声。

 しかも紙袋の中にはやはり全員分の公式グッズ。

 若干、よくこの量がこの紙袋に入っているな、と感心する。

 

「大事にするのですよ、こういうファンを……」

 

 先生のしみじみとした声に、半泣きになるクラスメイトたち。

 先生の言ってることと授業内容がかけ離れていて、数人が涙を浮かべて俯く。

 

「みんな、がんばってことわってね」

「あのさ、音無……グッズとうちわ出すのなしにしてもらっていい?」

「罪悪感がパねェ」

「音無くん、容赦なく頼みます」

「りょうかいです」

 

 授業は混沌を極めた。

 



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