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大人の階段


「腫れも綺麗になくなっていますし、のどぼとけもきちんと形成されたようです。発声に違和感はないですよね? あ、い、う、え、お、と言ってみて」

「あ、い、う、え、お」

「もう少し大きい声を出してみて」

「あ、い、う、え、お! ……けほ、けほ!」

「三週間も声を出さない生活をしていたので、発声の仕方をちょっと忘れちゃったんでしょうね。自分に聞こえる声も違和感はあるだろうけれど、しばらくすると慣れると思うから。医学的に見て発声は問題ないでしょう」

 

 顔を上げて、母を顔を見合わせる。

 声変りが無事に終わった、ということなのだろうか。

 だが、それはそれで気になることがある。

 

「あの、うた、うたえますか?」

「ああ、ミュージカル俳優志望でしたもんね。そうですね、今のところ問題はないと思います。ただ、声帯が少し固まってしまっていると思うので、以前のように戻るのにはまた練習が必要ではないでしょうか。喉が枯れやすくなっているかもしれないし、乾燥には十分気をつけてください。それと、無茶な練習は再悪化の原因になるので無理は厳禁です。治りたてなので一気に悪くなって、今度こそ声が出なくなるかもしれません。一年くらいは様子を見ましょう。根治したというわけではありません。音無くんの声変りは長期間タイプのようなので、治るのも同じくらいかかると思ってください」

「は、はい。わかりました」

「一曲くらい歌えますかね?」

「様子を見ながらですね。一応、来週も受診してください」

 

 こくり、と頷く。

 母も安堵した表情で頭を下げて、一応炎症止めのお薬とのど飴を購入して帰宅。

 妹は食洗器に家族全員分のお皿を入れて、洗浄スイッチを押しておいてくれたらしい。

 お弁当もちゃんと持って行ったのだろう、テーブルからなくなっている。

 

「お母さん、お仕事に行くわね。今日一日、学校もお休みにしたんでしょう?」

「(こくり)」

 

 しかし、やることもないので学校へは行くつもり、とスマホのメモ機能で打ち込んで母に見せる。

 心配そうにされたけれど、喉も回復しているので大丈夫だと打ち込んで見せた。

 夏の陣も来月に迫っている。

 間に合うかどうかわからないが、できることは全部やりたい。

 自室に戻って私服から制服に着替えて、鞄を持って家から出る。

 戸締りを確認してから、コンビニで昼ご飯を購入して登校した。

 そういえば、とバスの中でスマホを見ると、先輩たちや魁星からも『お大事に』等のメッセージと、彼らの本日の予定や今週の予定が書き込んである。

 さらに、綾城から追加の書き込み。

 

『星光騎士団に指名お仕事の依頼が来ています。○○町で開催されるサマーフェスティバルで三曲ほど披露。日時:7月18日 集合場所:某町、○○駅前にAM8:00時 AM9:00時に現場でリハーサル AM10:00時開場 AM11:25出演 出演後、解散、自由行動。持ち物:各自衣装、水分、昼食(出店が出るので現地でも購入可能)、マスク、帽子、サングラスなどの変装道具。一年生は初遠征だと思うので、放課後練習の際ひまりちゃん、美桜ちゃん、こたちゃんにわからないことを聞いてください。また、報酬に関しては東雲学院に支払いとなっていますので規定に従い合算して来月”イースト・ホーム”経由で登録された口座への振り込みとなります。まだ口座を登録していない人は確認の上登録を忘れずに』

 

 とのこと。

 初遠征。ひいい、と顔面蒼白になる淳。

 自分の口座なんて、とすぐに親に連絡すると父から『淳名義の口座はあるよ。しどう銀行四方峰町支店普通×××……』と銀行口座を送ってくれた。

 知らなかった。

 両親はちゃんと淳名義で口座を作り、お年玉などを積み立ててくれていたらしい。

 ちなみに「智子はモデルで働き出した時に渡しているから、淳にも渡そうと思っていた」とも。

 

『この口座を使うか、仕事用に新しく作ってもいい、その時は休みの日に一緒に店舗に作りに行こうね』

 

 と選択肢を新たにくれる。

 スマホを抱えたまま、時間的にガラガラのバスの天井を見上げた。

 自分の口座があって、仕事をして報酬が口座に支払われる。

 妹はモデルとして働いていた時に、すでに両親に名義の口座を手渡されていたという。

 なんだか、口座があってそこに仕事の報酬が支払われると思うと、大人の階段を上ったような気がする。

 ウキウキと登校し、教室に入ると魁星と周が机に突っ伏して魂が抜けかかっているではないか。

 

「あれ、淳ちゃん今日お休みだったんじゃないの? 病院行って来た?」

「うん」

「え!? 声出るようになったの!?」

「いたみはなくなったから、びょういんでけんさしてもらった。こえ、だしてもだいじょうぶって」

 

 話しかけてきた天皚に応えると、魂が抜けかけていた魁星と周も顔を上げる。

 自分の机の横に鞄を置いた順に駆け寄って来て「おはよう」「声出せるようになったんですか」と聞いてきた。

 同じように答えると、二人にも安心した笑みを浮かべ、次に絶望したような表情になる。

 

「な、なに? こわい。どうしたの?」

「いや、あの……」

「口座登録しろっていう連絡がきていたから……」

「きてたね」

「「どうしようって……」」

「ええ?」




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