麻野VS後藤(2)
最後の声の伸びが心地いい。
歌い終わるとワッと一般客席の方から大きな歓声が上がった。
餅は餅屋。麻野が得意な曲の土俵。
普通に感動してしまった。
「さすがお得意分野! かっこよかったですねー」
「当たり前だぜ!」
ドヤ、とマイクを回転させるパフォーマンス。
おばかがおバカなりにいちいち格好つけるのが可愛い、と定評のある麻野ルイ。
彼らしいパフォーマンスに拍手が起こった。
「さあ、決闘を申し込んだ麻野くんのパフォーマンスが終わりましたが、いかがですか? 後藤くん」
「そうですね。いつも通り、全力を尽くした麻野くんらしいパフォーマンスだったと思います。相手にとって不足なしですね」
「余裕そうですね~」
「余裕というわけではありませんが、自分にできる最高のパフォーマンスで応じます。お客さんたちにも応援してもらえたら、100%から120%にも200%にもなれると思うので、どうか応援してくださいね」
「「「キャアアアアアアアアアアアアアアア!!」」」
耳をつんざくような悲鳴に、淳たちが前のめりになってしまう。
驚いて振り返ると、お客さんの数が倍以上に増えていた。
決闘ライブは元々目玉として扱われる。
今回は古参最大大手、星光騎士団の後藤VS魔王軍の麻野。
グループ箱推しも多いグループ同士なので、ピーク時間を過ぎてさらにお客さんが増えたのだろう。
空気が揺れるほどの悲鳴が起こるのも、ファンサービスに定評のある星光騎士団、後藤のこれまでの実績があるからだろう。
まったく同じ前奏が始まって、後藤が歌い出すとその悲鳴が一瞬で静まり返った。
声の伸びも、音域の広さもやはり後藤の方が優秀。
麻野のようにがなりとシャウトを入れつつ、まったく違う歌い方。
彼の低音を活かした、響き。
後藤の声も、心地いい。
普段前髪で隠れている切れ長い目で見つめられたかのような視線使い。
これが後藤ファンには、効く。
男の淳にもゾワゾワしてしまう。
これは元々後藤推しの一般客席のお客さんは堪らないはずだ。
歌い方は完全に技術。
後藤はこういう技術ばかり長けており、母も祖母も「音楽に必要なものが欠けている」と言われ続けてきたらしい。
その「音楽に必要なものが欠けている」のをなんとか知ろうと東雲学院芸能科に入学し、アイドルになった。
アイドルになればわかるのか。
ステージで歌う後藤が歌い終わると、一瞬シン……と静まり返る。
けれど、後藤が顔を上げて前髪をかき上げた瞬間、一般客席の方は阿鼻叫喚か? というくらい、空気を揺さぶる悲鳴と歓声が上がった。
途端にギリィ……と表情を歪ませる麻野。
「パフォーマンスをありがとうございました! 後藤くん、しっかり練習して歌いあげましたね!」
「あは、皆さんに喜んでいただけたなら幸いです」
「それでは双方、歌い終わりましたので投票に移ります! お手元のスマートフォンから『イースト・ホーム』をダウンロードしてください! メンバー登録をせずとも決闘についての投票は可能ですのでお気軽に!」
大久保が手を振りながら、一般客に声をかける。
投票については開始前にも説明したけれど、お客さんが思いの外多く集まっていたから再アナウンスしたのだろう。
淳たちも速攻で決闘投票ページに飛んで、後藤に投票した。
「投票時間は約三十分! その間、二人に色々聞いてみましょう」
と、大久保がトークタイムを開始した。
投票はリアルタイムで誰にでも見ることができるので、大きなモニターに映し出されている。
一瞬で数百の票差が出て麻野が叫ぶ。
「おお~、すごいね。一気に票差が出ていますね! あ、ちなみに今のライブは『スイート・ホーム』で生ライブしておりました!」
「モニターの前の紳士淑女の皆様~、後藤琥太郎と申します。清き一票をよろしくお願いいたします~」
「おおおい! 俺の方が絶対かっこよかっただろぉぉぉ!? なんで俺が負けてるんだ!?」
吠える麻野。
投票時間まで二十分以上を残して票の動きがほぼ停止し始めた。
三十分という投票時間は基本的にに土日祝日の開催時、アイドルたちがトークをしてお客さんを楽しませることも想定して、かなり長めに設定してある。
トークの上手さも昨今のアイドルには必要不可欠。
だから定期ライブの時は一つのグループがMCを持ち回りで担当する。
MCを行う技量も同時に鍛えようというスパルタっぷりが、東雲学院芸能科の強みだ。
実際ワイチューブの配信の時などにも、とても役立つスキルなので。
淳も大久保のトークを見ながら、「大久保先輩すごいなぁ。ちゃんと後藤先輩と麻野先輩の小さい情報まで知ってるし、歌い方の解説まで……すごいなぁ」と関心した。
歌い方について、素人にもわかりやすく噛み砕いて二人から聞き出し、伝えている。
こうして投票中の暇な時間もお客さんを楽しませるのだ。
三年生ともなると、やはりトークだけで場を盛り上げたりすることも造作なしそうである。
「さあ、投票時間は残り五分を切りました。現時点で麻野くん、102票! 後藤くん、215票!」
モニターに向かって叫ぶ大久保。
淳の横で魁星がぼそりと「圧勝じゃん」と呟く。
まあ、元々決闘を申し込む側が不利と言われているから予想はできたことではある。
「――終了ー! 票は動かぬまま! 星光騎士団、後藤琥太郎の勝利ー!」
「くそおおぉ!」
「皆さん、応援ありがとうございましたー! 来月の定期ライブも遊びに来てくださいねー!」
きゃあああぁ、という歓声の中、後藤を勝者として決闘騒動は幕を閉じた。






