夜兎椥レンって誰
なんにしても後藤のプロデビューはドルオタとしても大変に嬉しい。
嬉しいのだがもう一つ気になることがあった。
「ところで、夜兎椥レンさんってどなたですか? 俺初めて見ましたし、名前も初めて聞きました。一応東雲学院芸能科のアイドルは一通り暗記しているはずなんですけど」
「音無くんってそんなガチのドルオタだったんだぁ……?」
「淳のドルオタ歴はすでに東雲学院芸能科の歴史の半分にも及びますよ」
「プロアイドルも地味にチェックしてるぐらいにはガチだよねぇ」
「ええ……そうなんだあ」
Lethalのリーダー奥谷、結構グイグイくる。
負けたことで淳たちに興味を持ったようだが、夜兎椥について知っていたのは同じくLethalのメンバー、利花那月。
「夜兎椥レンは西雲学園普通科の生徒ですね」
「西雲学園の子なの? しかも普通科?」
「ええ。芸能科に来るまでもない、アルバイト感覚で読者モデルをやっている子でしたね。顔がいいし高身長なので、いくつかの事務所からなぜか俺に問い合わせが来てたという不愉快極まりないことがありまして」
「え、お、おん……そ、そうか。た、大変だな」
「本当ですよ! 一銭にもならないクソくだらないことに時間を取られて……! 自分たちで調べろっつー話です! 同じ西雲学園の生徒でも学科が違えば相手のことなんて知ってるわけないじゃないですか! クズが!」
「言い過ぎ言い過ぎ」
「出てる出てる」
大人たちに「ステイステイ」と宥められる利花。
Lethalあんな感じなんだな、と眺める星光騎士団。
まあ、微笑ましい。多分。
しかし、普通科なのにそこまで注目されていた読者モデルとは。
読者モデルなら、宇月が知っているのでは? と宇月の方を見ると首を横に振られた。
「えー、僕そんなやつ知らなーい。宣材写真も見たけど知らない人だったー。まあ、僕の場合結構可愛い寄りの撮影イメージだから現場が被ったことないとかなのかもしれないけどぉ。それにしても全然聞いたことも見たこともなかったねぇ?」
「俺も知らないですよ。読者モデルという噂しか。話したこともないし!」
「じゃあ後藤先輩しか知らないんじゃん? どうなん? 先輩。その辺」
結局全員の視線が後藤に向く。
彼が人の視線を苦手としているのは覚えているので、星光騎士団メンバーは少しだけ目を逸らすけれど。
「夜兎椥くんね……読者モデルだけど……そのー……どちらかと言うとちょっと特殊系な読者モデルというかー……えーと」
「え? さすがにあれだよね? 学生がなって大丈夫なやつだよね……? え?」
「それは大丈夫……なやつ。あのー……メイク系の……男性の……えっとー……」
要領を得ない。
まあ、後藤の言うことなので、と全員首を傾げつつ「ふぅん?」となっていたがそこまで聞いて宇月が手を叩いた。
「ああ! 舞台メイク用の読者モデル!? え、珍しいねぇ!?」
「あ、そ、そう。そ、そんな感じの……」
「舞台メイク用の読者モデル? そんなのあるんですか?」
「そうそう。あんまりないけどメイクさん用の雑誌でねー。特に舞台用のメイクってクッッッッソ濃いでしょ? 肌が強くないと、まあ……うん……」
「あ、ああ……」
察した。
演技経験のある淳と柳は盛大に「あ、ああ……」と同じような声を漏らす。
舞台のメイクは基本的に誇張が凄まじい。
たとえば獣役などにもなれば、大阪のおばちゃんでもしないような濃いメイクをされる。
肌の弱い俳優は、濃いメイクで肌が荒れて千秋楽ではボツボツ……なんてこともザラだ。
最近の化粧品はだいぶ改善されているというが、それでも一部の弱小劇団のメイクはナチュラルメイクで現代ものなどしかしないか、あるいは諦めてとんでもない素材で――それこそ化粧品ですらない、絵の具のようなもので――メイクを施す。
当然、俳優の肌に配慮などない。
そういう自体が減るように、舞台メイクを行う人間向けにメイク雑誌の数ページにコーナーとして掲載されている『舞台用メイク』の読者モデルが夜兎椥レン。
肌がとても強いのが強みらしく、なおかつ舞台メイクという素顔を殺す勢いで誇張されるメイクを担当しているのでほぼ素顔がわからないような状況。
それでもどんなメイクでも対応してくれる読者モデルとして名前だけが一人歩きし、芸能事務所としては名前だけを頼りに西雲学園普通科の生徒、と調べに来る。
調べてもよくわからないので、利花に聞いてくる……という流れだったらしい。
「ええ? 舞台用メイクってそんなにすごいの?」
「すごいよ。舞台の内容にもよるけれど、中には人の顔してないメイクを施す必要もあるからね。たとえば有名どころだと人魚姫。魚役の人や人魚役の人は、それはもう人間の顔からかけ離れたメイクをすることもあるよね」
「お……おうう……」
「しかもそうやって顔を変えられる男性の俳優ってレアなんですよ。僕も撮影の時はメイクしますけど、僕らみたいなのは素顔が絶対わからなくする、みたいなことはしないのでメイクで顔が自在な人は色んな役をやってもらうのにうってつけなんですよね。……と言っても、その人読者モデルであって演技ができるかわからないと思うんですけど」
「でも顔がいいならね。演技は大根でもとりあえずデビューさせればいいってなるからね」
「そうなんですよね」
業界詳しい淳と柳、ペラペラ出てくる。
読者モデルなんて顔がいいのが大前提。
素顔がほぼわからない読者モデルなんて、と思われるかもしれないが、それはそれで使い道が豊富。
理想のアイドルを“作れる”可能性があるということ。
たとえばロックミュージシャンのような顔面白塗りのアーティストに仕立てることもできる。
要は話題性作りに使える可能性が高いということ。
奇を照らすような人材が欲しい、という事務所にはうってつけ。
なぜなら、現代はアイドル戦国時代といっても過言ではない。
実際そういう“キワモノ”もちらほら出始めている。






