新居候補宿泊(2)
「駐輪場も広いですね」
「住人専用だから空きが多いけどな。車もなんか高級車が多いから、車の駐車場は地下。シャッターあるから、もし原付なりバイクなりの免許取るなら見とく?」
「うーん、どうしよう。車の免許は取ろうかと思っていましたけれど……上総さんはバイクの免許があるんですよね」
「そうそう。中型のね」
石動が駐輪場の端のバイク置き場にあるカバーに覆われたバイクが置いてある。
駐輪場も地下にあり、シャッターがあるので安全性は高いのだが最近バイクや車の盗難が全国的に増えているため厳重にするに越したことはない、ということらしい。
「五階より上の階はこの真上にゴミ捨て場があるらしくて、ダストボックスに投げればここに落ちてくるらしいよ」
「へえ……。タワマンにそういうのがあるって聞いたことありますけれど、このマンションにもそういうのあるんですね」
「あとなんだっけ。エントランスホールの下に避難施設もあるんだとか聞いたな。月水金に来るコンシェルジュに聞けば見学できたはず」
「え、じゃあ今日もしかして見学できたりします?」
「できるんじゃね? 聞いてみる?」
というか、コンシェルジュがいること自体初めて聞いたぞ。
ワクワクしながらエントランスに行ってみると、カウンターに制服の女性が一人座っていた。
石動が声をかけると笑顔で応じて、地下の避難所について聞いてくれるとカウンター裏の扉を開けてくれる。
螺旋階段があり、一緒に下るとかなりひとい空間があった。
奥に三畳ほどの個室がマンションの部屋数と同じ数あり、右隣の部屋には水と保存食、発電機がある。
左端にはトイレや風呂も。
「だいたい一週間ほどは過ごせるようになっています。ご自身で防災グッズや保存食をお持ちになってこちらに置いていただいても構いません」
らしい。
三畳ほどの個室の方には部屋番号があり、そこに保存食や水を保存していいという。
マンションに保存してあるものだけではまず間違いなく、足りなくなるから。
自分の分は自分で確保しろ、ということだ。
「まあ、そういうことをしているのは分譲購入している五階より上の階の家ばっかりだろうけれど」
「ああ、五階以上上の階は分譲なんですね」
「そう。まあ今の時点だとガキに手が出る金額じゃないんだよなぁ。貯まったら買いたいけど。ここ、住み心地いいし」
「……もしかして春日社長の……」
「今気づいたん?」
今気づきました。
やはりこのマンション、春日社長の持ち物であった。
正確には春日社長の父上所有のビルだけれど。
石動は元々卒業前、春日芸能事務所と関わりを得た時からこちらのマンションに引っ越してきてずっと住んでいたらしい。
エントランスに戻り、コンシェルジュにお礼を言ってから五階の部屋に戻る。
もちろん、石動の部屋に。
「ちなみにもしかして事務所経由だと家賃って……」
「家賃は七万。十年住んだら分譲するって言われた」
「うわ……! 不動産屋経由よりも安い……!」
社長経由の方が家賃が安いという事実。
じゃあ、社長経由の方がいいのでは?
こればっかりは、生活がかかっているので「明日聞いてみます」ということになった。
あとはキッチン、リビング、ダイニング、防音室の部屋の掃除を実施。
掃除機をかけるには遅い時間になったが、右隣は空室、左隣は角。
約一時間かけて部屋中に掃除機で埃を吸う。
「ふう……ようやく終わりました。定期的に業者を入れて掃除した方がいいと思いますよ」
「えー……」
「ええー、じゃないですよ、本当にもおー」
次に洗濯機から洗濯した下着をサンルームに干していく。
物干し竿が備えつけてあって本当によかった。
洗濯バサミもなんと未開封で発見。
この人ここに引っ越して一年くらい経つはずなのに、本当にほとんど家事をしてこなかったのだろう。
ここに越してくるまでどうやって生きてたんですか、と聞くと「柴がなんかやってた」とのこと。
ああ、柴先輩かあ、と石動とともに行動していたアイドルを思い出す。
彼は卒業と同時にどこかへと消えてしまった。
石動とあれほどべったりだったのに。
「ああ……嫌なやつのこと思い出したな」
「柴先輩ですか?」
「まあ、もう実家に帰っている。あいつはうちの――あの宗教にどっぷり浸かって洗脳されているから。もう戻ってなんてこないだろう。俺も会いたくないしな」
これには少しだけ、切なくなる。
淳は年季の入ったドルオタなので。
卒業して、アイドルも卒業したアイドルのことも覚えている。
ずっと見てきたし、グッズも保管している。
もちろん柴薫というアイドルのことも覚えていた。
だが石動の家庭事情を思えば、柴とは二度と会わない方がいいのは仕方ない。
どんな関係だったのかも、想像することしかできないのだ。
ただ、こんなになにもできない人を放っておくなんて淳にはできない。
Frenzyのリーダーとして、ドルオタとして、後輩として、彼を尊敬している人間として。
「家事は少しずつでも教えるので覚えてください。ここに引っ越してきたら、俺が少しずつ教えますから」
「え、お前マジここに引っ越してくる気?」
「その方がいいでしょう? お互い。ほら、洗濯物干すの手伝ってください。たたんでしまうところまで教えますから」
「えーーー……」
とか言いつつ、立ち上がってサンルームまで歩いてくる石動。
下着を干して、タオルで外部から隠すように干すのがコツだ。
(男物とはいえアイドルの下着だから、一応ね)






