Frenzy、始動
父は頷いて、淳に向き直り「一晩泊まってみて、外からの音、隣人の様子を見てから決めようね」と言われる。
今日はひとまずここに宿泊する予約だけを入れて、もう一つの候補を見に行った。
駅に近く、バス停も真下という好条件。
しかし先ほど不動産屋が言っていた通り人の声、車や電車の音などがすごい。
淳も新興住宅地住まいなのだが、駅前がこんなにも騒がしいとは思っていなかった。
防音室も先ほどの部屋よりも狭い。
まあ、最初の部屋の防音室は丸々一部屋だったので、グランドピアノが入る広さを狭く感じてしまうのは仕方ない。
普通に考えれば、この部屋の防音室も一般的に十分広いのだけれど。
「ありがとうございました。では、宿泊が可能になりましたらご連絡よろしくお願いします」
「はい、早急にクリーニングをしお知らせいたします」
不動産屋を出てから父が「どこかでなにか食べようか」と言い出す。
気がつくともう十一時半を過ぎていた。
「それなら西区にあるめっちゃ大人でお洒落なカフェに行ってみたい! めちゃくちゃイケメンな店長さんなんだってぇ!」
「へー。美味しいの?」
「らしいよ! なんかねぇ、今話題のコメプロのVtuber、和香アゲハに声がそっくりなんだって」
「ブッ!!」
ペットボトルの水を飲みかけて、噴き出す。
危なかった、口に含んでいたら車の座席にぶっかけてしまうところだった。
和香アゲハは、確か松田の後輩。
コメプロの二期生の和風カフェのあやかし店長。
本当にカフェ経営をしているので更新頻度は少なく、遅め……とのこと。
まさか本当にカフェ経営をしているのか?
設定などではなく?
「本物?」
「え? 知らなーい。でも本人っていう話だよ。Vtuberだけど中身隠してない人もいるよね。和香アゲハはそういうタイプで、リアルのカフェの宣伝も兼ねてコメプロでVtuberやってるって」
「へ、へー」
「お兄ちゃんなんで知らないの? コメプロも春日芸能事務所の兄弟会社でしょ?」
「そう言われても、事務所が違うから会わないよ。一通りコメプロのVtuberさんの配信は見たけれど、中の人と会っても事務所のスタッフさんだと思っちゃうよ」
「そうなんだー」
まあ、松田とは今年ほぼ毎日顔を合わせていたけれど。
Vtuber云々はともかく、智子がそのカフェに行ってみたいというのなら行ってみようということになった。
だが、Vtuberが宣伝をしているカフェに予約もなしに行って入れるのだろうか?
淳が純粋な疑問として投げてみると、智子がてへぺろ頭こっつんポーズをしながら「実は先週予約してましたぁ♪」とのことです。
確信犯かい。
「淳、大通りになるから帽子を被っておきなさい」
「あ、うん」
運転中の父に言われて、マスクと帽子を装着。
IG夏の陣とeスポーツ世界大会から人の多い道は車の中でも変装するように気を遣うようになった。
一度助手席に変装せず乗っていたら、歩行者に盗撮されたことがあったので。
大通りは特に気を遣うようになった。
「え? あれ?」
「どうしたの? 智子」
「これ……春日芸能事務所から公式発表……新人アイドルグループデビュー告知! キターーーーーーーーー!!」
「え!」
スマホを見ると、淳にも来ていた。
そしてなんの因果か、中央大通りの交差点街頭ビジョンが突然真っ暗になり、宣伝映像が流れ始めた。
こんな辱めを受けるなんて、想像もつかない。
三つのスポットライトと、三人の影が浮かび上がる。
荘厳なBGMが流れ、人々が足を止め街頭ビジョンを見上げている光景。
『Blossomの春日芸能事務所より、新アイドルグループが、満を持してデビュー』というでかでかとした謳い文句。
Blossom、の文字に外套が騒めいた。
よりにもよって、ここで赤信号。
車が停車し、智子と母も後ろの席で「え? え?」「Blossomの後輩ってこと!?」と叫ぶ。
センターの人影、右脇の人影が消えて、左端の人影がセンターに移動してくる。
『三週連続メンバー開示』『12/31デビューライブ開催決定』『#』――『F r e n z y』
次々、文字だけの情報が画面に浮かんでいく。
『#』は検索しろ、という意味だ。
検索しやすいよう、『F r e n z y』という文字はカチ、カチ、カチという音とともに一文字ずつゆっくりと表示される。
人の好奇心、考察欲をくすぐるCM構成。
次に二人の真っ黒なシルエットにそれぞれ『12/20 OPEN』『12/27 OPEN』という白文字が刻まれ、唯一その白文字が出ていない黒い人影の足元がアップになる。
黒い影が剥がれる演出と、『Frenzy』『リーダー』という文字が剥がれる黒タイルを追うように表示されて、最後は左の耳元まで剥がれる最後まで焦らしまくる演出。
最後に全身が、影の剥がれた状態で表示される。
『音無淳』
「お兄ちゃんだあああああああああ!?」
「ち、智子ちゃん! し、しーーーー!」
ばっちり名前が出た瞬間の、妹の劈くような叫び。
必死に人差し指を唇に当てる中、母も同じく「きゃーーー!」という悲鳴。
気にはなっているようだが、青信号になったので車を発進させる父。
開示された淳をセンターに、残りの人影二人は『12/20 OPEN』『12/27 OPEN』という白文字を刻まれたまま再び並んで表示される。
次のメンバーの情報開示は来週という告知に、街頭ビジョン付近はざわざわしていた。
まさか告知現場に居合わせることになると思わなかったが、とりあえず――
(死ぬほど恥ずかしいぃぃぃい!)






