緊急依頼(2)
ここまで言われて鏡音が焦っていた理由もわかった。
あまり口数が多い方ではない鏡音の、あの焦った声。
選手たちのテンションが低いのだ。
言い出したスポンサーの丸投げや、注目度の低さ。
最高の状態でパフォーマンスができないのはつらい。
職種が違えどそれはよくわかる。
(なるほどね。それは……。しかも、鏡音くんにとっては多分、目標のような人だろうし)
淳からすれば鏡音も化け物みたいなゲームセンスをしている。
でもやはり、上には上がいるものだ。
鏡音としてはSBO経験者として自分が出たかったに違いない。
しかし、明日、開会式後最初に行われるのはクラフトストーリー、格闘ゲーム、野球、サッカー、柔道、剣道、空手などのスポーツ系の大会。
つまり鏡音は格闘ゲームの大会に出場しなければならない。
FPSは最終日なので、その晶穂マロさんが抜擢されたのだろう。
そんな人が落ち込んでいる姿は、さぞ胸に響くだろうな、と目を瞑る。
「改めて聞くけど、歌バフ要員が一人ってことは星光騎士団の――学生セミプロの身分で、代表1名が出てもそのスポンサーさんには叱られないってことでオッケー?」
『え、あ、ええと、た、多分?』
「そうだよね。確信はない、よね」
顎に手を当てて考える。
突発的な思いつきで選手もスタッフも各国代表たちも、無関係だった淳まで振り回すような“スポンサー”様だ。
もしも学生セミプロを鏡音が連れてきたことを、後々責めたりしないだろうか?
鏡音の話ではスポンサー本人が『星光騎士団の伝手でも使ってバフ要員を探せ』的なことを言っていたようだが、日本代表が負ければ絶対文句言いそうなのだ。
すぐに指をパチン、と鳴らす。
それならそれで、権力には権力をぶつけよう。
「オッケーわかった。鏡音くん、一度電話を切るね。星光騎士団の方から代表を出すにしても一度学院に連絡しないといけないし」
『あ……そ、そうですよね。こういうのも仕事の依頼になるんですよね……すみません、急な話を……』
「ううん。事情はわかったから大丈夫だよ。でも、大丈夫だから安心して。その晶穂さんという人にも言っておいて。大丈夫だからって」
『音無先輩……あ、ありがとうございます……よろしくお願いします』
ようやく、少し落ち着いたいつもの鏡音の声がスマホの向こうから聞こえてきた。
通話を切ると、話を聞いていた宇月と柳が微妙な表情で淳を見上げている。
「本気ぃ? 参加するのぉ? そんなエキシビジョンマッチ。絶対クソだよぉ〜?」
「でしょうね」
「そういう無茶振りしてくるスポンサーってマジで仕事できないタイプのスポンサーですよぉ〜? やめといた方がいいと思います」
「うんうん。だからちょっと春日社長に話を通しておくことにするんだ〜」
と、春日彗社長様にお電話をかける。
その名前を出した瞬間、宇月と柳の表情が固まった。
そして、すぐにニチャァ……と淳より悪い笑顔を浮かべる。
どうやらお二人には察していただけたらしい。
『はいもしもし〜』
「あ、社長。少々お時間よろしいでしょうか?」
『なんでしょうか?』
「かくかくしかじかでして……」
鏡音に聞いた話を春日社長にもすると、当然のように社長もその急遽決まったエキシビジョンマッチのことはご存じだった。
話が早くて助かる。
「――という感じで進めさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
『いいですね。面白いです。淳がそんな悪いことを考える子になっちゃったのはちょっとびっくりですけど、面白いのでオッケーですよ。学院の方には僕から連絡しておくので存分に暴れておいでなさい』
「ありがとうございます」
『あと、エキシビジョンマッチに出るのなら今夜泊まる部屋も手配しておきますね』
「え? いいんですか? ありがとうございます! あのー、ちょうど俺と宇月先輩と響くんの三人で残って、明日の開会式を見ようって話してたのですが……」
『三人分のお部屋ですね。わかりました』
「あ、いえ。響くんのマネージャーさんも一緒で……まあ、マネージャーさんは女性なのですが」
『いいですよ。個室でもいいですか?』
「ありがとうございます!」
社長のオッケーも無事に取れたので、もう一度鏡音に電話をかける。
明日のエキシビジョンマッチ、淳が歌バフ要員を受け持つよ、と伝えるとかなり驚かれた。
まあ、それはそうだろう。
星光騎士団の団長なのだから、相当に忙しいと思われている。
実際に忙しい。
開会式を見たいけれど、そのあとは人生設計の練り直しだから。
ちなみにエキシビションマッチをプレイするに至ってなにか条件は、と聞くと『レベル1からスタート。初期装備で統一』とのこと。
舞台として指定されたダンジョンはレベル30〜45推奨だというのに、プレイヤーにはレベル1、初期装備統一を求めるとは……正気か?
いや、鏡音がSBOに初めてログインした時のことを思い出すと、妥当かもしれない。
本当にいつの間にかレベル35になっていた、初日で。
プロプレイヤーにはそのくらいのハンデがないと『ぬるい』と感じるのだろう。
「わかった。集合時間とか……えーと俺、フルフェイスマスクVR機持ってきてないんだけれど、貸し出してもらえる?」
『それはもちろん。集合時間は朝八時で、試運転とキャラ制作などを一時間以内でやっていただいて……』
「うんうん」
あらかたの流れを聞いて、スケジュールメモに記入する。
明日はなかなか、忙しくなりそうだ。






