シスコンではないと言いたい
SBO内ならば握手もサインも写真もオーケー。
なぜならゲーム内ならば『音無淳というキャラクター』なので。
現実では無理だが、なによりもゲーム内ならば接触があっても安全性が高い。
求められた握手に応え、ゲーム内写真も撮影。
感動で打ち震えるフィジーさん。
「すっごい! ありがとうございます! 家宝にします!」
「あ、ちなみに我々の写真を印刷して販売などしたら訴えられるので私的利用にとどめてくださいね」
「はい! そんなことしません!」
一応釘を刺すのも忘れない。
それにしても、千景以外でどストレートに「ファンです!」と言われる機会が減っていたので、一応自分にもファンがいるんだなぁ、と再確認できた。
現在の二年生では魁星の人気が高いとは聞いていたが、フィジーは真っ先に淳の名前を呼んでくれたので彼の“推し”は淳なのだろう。
ありがたい限り。
「か、魁星さんも握手と写真いいですかっ」
「いいよー。はい」
「ありがとうございます!」
「ところで、どうしてあのでっかい黒蠍に追われてたの? なんかお友達も逃げちゃったけど」
「あ。あーーー……え、えーーーと……」
魁星にも握手を求め、ツーショット写真も撮ってもらってご満悦になりつつも事情を話すのはやや躊躇うフィジー。
こちらとしても無理にとは聞く必要もないので、話を終わらせようとした。
「い、いや、あの……み、身内の話で申し訳ないのですが……実は、うちの妹が同級生に誑かされて森の奥の『千手龍の額玉』を取りに行ったんです……。だ、だから連れ戻しに……。高橋――セロフィは妹に惚れてて、かっこいいところを見せるとかなんとか言ってたんですけど、あっさり裏切りやがって」
「妹さんが?」
妹を助けにきた、ということなら妹がいる淳は聞き捨ておけなくなった。
詳しく聞いてみると、妹さんはSBOがプレイできる年齢、十五歳になってすぐにアカウントを作ったほどにSBOをプレイしたがっていた人らしい。
理由はカラオケ大好きだから。
SBOなら、カラオケやり放題。
しかもゲームとしてプレイもできるからワクワク。
ちなみに、リアルの妹さんはめちゃくちゃ可愛いそうだ。
町を歩くと芸能事務所のスカウトを受けるほど。
しかも性格もいい。
唯一の欠点はBL大好き腐女子なところ。
それなのに見た目に騙されて……ではなく、それでもいいからと男たちに群がられているらしい。
「もしかして藤井紗羅ちゃん?」
「え!? な、な、な、なんで妹の名前を!?」
「普通科の一年生でしょう? 俺の妹も東雲学院普通科に通っているんだよね。それで、めちゃくちゃ可愛い子がいて声をかけたんだけど『解釈違い』で、友達にはなれなかったって言ってた」
「えええ!? お、お、音無淳くんの妹が東雲学院の普通科に!? あ、あいつそんなこと一言も言ってなかったぞ!?」
「それはちょっとわからないけれど……」
兄はドルオタのようだが、妹さんはアニメや漫画、ゲームが好き。
それじゃあ淳のことも、淳の妹が普通科に通っていることも興味ないなら知らないんじゃないだろうか。
とはいえ智子も相当に美少女なので、話題にはなっていそうだが。
それでも知らないのなら本当に興味がないのだろう。
ちなみに詳しくは言わないが『解釈違い』とはアイドルナマモノBLの話を聞いてしまったから、らしい。
腐女子とは深淵に近づけば近づくほどありとあらゆるものが『攻』と『受』のどちらかに分かれて見えるそうな。
アイドルに興味はないものの、智子が話をした時に「うーん、この人とこの人ならこの人が攻めでこの人が受け」という話になり、智子的にそれが『解釈違い』だったので「多分あの子とは仲良くなれないかなって」と珍しく人間関係を構築する前に諦めていた。
正直「そっかあ」としか言いようがないしあんまり聞きたくなかった。
誰と誰の話をしたのかも特に聞いていないが、まあ絶対に淳も知っているアイドルの話だと思われるので。
妹のそういう部分の“癖”的な話も深く突っ込んで聞きたくないので。
「そ、そこまでバレてるんですね。そ、そうなんです。あ、俺は東雲学院普通科の藤井早由といいます」
「普通科の方だったんですね」
「は、はい! 高橋も、普通科の……あ、いや。まあ、それはいいんですけれど」
「まあ、そうですね。それで、妹さんをたぶらかした? 人というのは」
「お、同じく普通科の……ちょっと問題のあるやつで……」
と、顔を青くするフィジー。
(あ、フィジーって『藤井』ってことか!)
今それに気づいたところで話はそこじゃないドルオタ。
改めてフィジーの話を聞くに、その問題あるやつは都会から引っ越してきた不良で今時珍しいくらいの暴力男。
フィジーのようなオタク系隠キャを平然と馬鹿にして、見下してくる。
そして当然今年入学してきた美少女一年生たちに声をかけて回っていたらしい。
どう考えてもフィジーの妹はそんな男に靡くようなタイプではなさそうなのだが?
「智子さんはそのような話をしていらしたのですか?」
「えー、聞いてないな、そんな先輩がいるとかそういう話は。うちの智子は結構その手のやつのあしらい方上手いし、なんかいつものって感じで処理してそう」
「あ、ああ。慣れておられるんですよね。確かに」
周が智子をたいそう心配してくださるが、智子さんは強い。
なんなら物理的にも強い。
不良がどんなもんかはわからないが、物理的にでも智子に勝てる男はそうそういないだろう。






