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ソング・バッファー・オンライン~新人アイドルの日常~  作者: 古森きり@書き下ろし『もふもふ第五王子』
6章

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赤逆の森へ(4)


「そんなこと言わないでくださいよぉー! ソロなんだからこういう(こす)いことして敵のHP削らないとやってられないんですよー。毒より融解効果のほうがダメージ量多いから、素材がいらないならこっちのがいいっすよぉー」

「まあ、それはそうだけれど」

「ブラックデススコーピオ、砂漠のフィールドボスですよね。硬くてだるかったの思い出すなー。鏡音先輩は何匹倒しましたー?」

「三十はいかないくらいじゃないかな。防具には使えるけれど、新大陸の“陸亀”に比べると脆いですよね」

「そうそうー」

 

 プロゲーマー、多分ゲームに限定で本当に人の心がない。

 残り一列になったHPのブラックデススコーピオ。

 融解効果で、毎秒HPが100マイナスになっている。

 ブラックデススコーピオは毒耐性があるので、毒では絶対にこれほどのダメージは見込めない。

 ボス級にこれほどの定間隔ダメージを与えられるのは、融解効果だけだろう。

 それにしても、問題は素材が採れなくなるだけではないと思う。

 見た目がかなりグロい。

 なぜなら甲殻が崩れてきているから。

 艶やかなプリプリの薄いピンク色の肉が見えて、普通に「美味しそう」と思ってしまうが、これ他の魔物だったら相当にグロテスクだろう。

 だが、新大陸はこれほどの攻撃でも溶けない魔物がいるらしい。

 新大陸、相当にヤバいのだろう。

 

「じゃあ、最後のトドメ! おれがいただきますよー!」

「いいですよ」

 

 トドメを鶉に譲るらしいが、そもそもあと残り一列。

 普通に考えて残り一列のHPを一人、歌バフもなしに削り切るのは不可能のはずだ。

 普通なら(・・・・)

 

「大剣必殺技(ウルト) 散斬紅花重閃」

 

 グワ、とブラックデススコーピオの周りに暗い光が円状に広がる。

 次の瞬間、ズドン、と大きな音を立ててブラックデススコーピオが地面に突っ伏す。

 そのまま融解効果と重力の二つの効果が凄まじい勢いでブラックデススコーピオの体力を削っていく。

 半分ほどまで削れたところで、赤い炎がチリチリとブラックデススコーピオを焼き始める。

 

「せいよ!」

 

 まさにトドメ。

 巨大化した大剣がブラックデススコーピオの体を真っ二つに引き裂く。

 HPがゼロになり、ブラックデススコーピオが霧散する。

 フィールドボスを、こうも簡単に。

 

「ブラックデススコーピオの肉か。焼いたら美味しく食べられそう」

「SBOの三代珍味の一つですよ! 食べましょう食べましょう! ゲーム内のご飯大好き! こういうところをこだわっているゲームって少ないですからねー、こういうところにこだわっているゲーム大好きですよー! ね、ね、鏡音先輩」

「ああ、言われてみると確かに。ポーションも美味しいですよね。ぶどう味」

 

 確かに。

 VRゲームの中で『食事』の項目はあまりない。

 SBOは元々かなり大きなゲームのシステムを一部流用しているので、『食事』による回復や追加バフ効果がある。

 以前ファイブソングで千景や桃花鳥(とき)とドルオタ談義をした時も、カフェのお茶やお菓子が美味しかった。

 ポーションや復活薬もぶどうや桃の味で美味しい。

 だからって値段的に連続で使えるものではないけれど。

 実はSBO内で、珍味や美食を求める一部変態プレイヤーがいるらしい。

 鶉はなんと、その一人。

 つまり、最初から武具の素材としてブラックデススコーピオの甲羅を手に入れるつもりはなかった。

 彼がほしかったのは、最初から――肉。

 

「どうやって食べます? おすすめはシンプルな塩焼き! 生もちょっと食べてみたいですけど! たくさんあるからおれは生チャレンジしてみたいんですけど」

「今まで食べたことないんですか?」

「ないんですよー。今までは装備優先でしたから。でもやっと食の方に割けるのなら絶対食べたい」

「まあ、ゲーム内なら太る心配ないですしね。リアルの方も痩せた方がいいです」

「なんでそんな意地悪言うんですかあー!」

「健康的な面を心配してのことです」

 

 あ……鶉って、そうなんだ。

 まあ、鏡音の言う通りゲームの中ならばいくら食べても太ることはない。

 そういう面でも、食に造形が深いSBOはよいゲームなのだろう。

 

「簡単に魔物を倒してしまうあたりさすがですね」

「もう俺ドカてんが怖くなっちゃったよぉ……」

「ところで……えーと、高橋くん? じゃなくて……」

 

 くるりと振り返る。

 地面に腰を抜かして倒れ込んだままだった青年アバターを見ると、頭上に『フィジー』というプレイヤー名。

 

「フィジーさん?」

「は! はい!」

「大丈夫ですか?」

 

 手を差し出すと、おずおずと応じてくれた。

 その手を引っ張って立たせると、ぺこぺこ頭を下げてくる。

 

「あ、ありがとうございます! …………あの……」

「はい?」

「ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほん、本物……ですか?」

「んん?」

 

 どういう意味? と首を傾げる。

 本物、とは?

 

「ほ、ほほほほほ本物の、お、音無淳、さん、と……か、魁星?」

「あーーー。そうですね。今日はレベリング目的なので。最近僕らの――星光騎士団メンバーの名前を騙るやつがいたので、定期的にリアルの姿のまま動き回るようにしています」

「じゃ、じゃあ……ほ、ほほ、ほ、本物……! す、すごい! 自分、ファンなんです! 夏の陣の時の最初の曲でめちゃくちゃ綺麗な高音、男であんなに高音が出るって感動したんです! あ、あ、あ、握手してください!」

「いいですよ~」



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