歌い手グランプリ前日(1)
「はい、それではSBOあんまりログインしない皆様、説明会を始めるのでそろそろ黙ってついてきてください〜」
「待てやゴルァ! 宇月てめぇ!」
「うるせぇんだよ、麻野! うちのナッシーが喋ってんだろ! 黙れよ!」
「すみませーん、メニューってどこから開くんですかー?」
「ぎゃああああああ! 虫の魔物デカすぎ無理いいいい!」
「狗央、狗央ー! やばい、魔物やばい! 近い近い近い!」
「カラオケ大会だよね!? なんでフィールドにこなきゃいけないんだ!?」
「行くぞ! とお!」
「バッ……! 蓮名先輩、ステフリもせずに魔物に飛び込んでいかないでください! ……ああっ!」
「ぐぅあーーーー!」
「すみません、お、音無くん……、は、蓮名先輩をリスポーン地点に迎えに行ってきても、い、いいですか……?」
「………………いいよー」
もうぐだぐだである。
「想像以上に、その、なんというか……統率が取れないと言いますか……」
「まあ、三年の先輩たちがいる時点で若干諦めてはいたんだけどね〜。蓮名先輩、SBOは初めてじゃないはずなんだけどなぁ」
本日、十月四日。
『SBO歌姫&歌い手グランプリ』の前日である。
なぜ前日に三大大手グループを含めた『SBO歌姫&歌い手グランプリ』参加希望者をSBOのフィールドに連れてきたのかと言われると、SBOで冒険経験がない東雲学院アイドルたちを連れてきたのはもちろん理由があった。
シンプルにSBOのシステムを、理解していないやつが多すぎたからである。
特に勇士隊君主を千景に譲渡したあとの蓮名。
君主という枷から解き放たれた蓮名は個人で特撮アクターの仕事を受けて、バンバン顔を出さずに特撮系の仕事をこなしている。
アイドルというよりもスタントマン、アクターの事務所にスカウトを受けて卒業後の所属も決まった模様。
そして今回も『スタントマンの仕事の役に立ちそうだ!』とゲーム内のアバターのリアルでは到底できない動きを参考にすべく参加。
ご覧の通りゲームをしないのでスキルツリーの解放も、レベリングもしないまま突撃してリスポーン地に逆戻りしていた。
まあ、これでSBOというゲームのやり方、バフの重要性を理解してくれたら――いいなぁ。
他のメンバーも似たり寄ったり。
「それにしても、このゲームについての知識も必要だなんて思わなかったな」
「なんでだよ。『SBO歌姫&歌い手グランプリ』なんだから、必須に決まってるでしょぉ?」
宇月の言う通り。
『SBO歌姫&歌い手グランプリ』の優勝条件は、いかに多くの、高レベルバフを一度で発揮させられるか、なのだ。
SBOのバフは歌う曲のジャンルである程度バフの種類が決まる。
ロック系の曲が攻撃力向上、和風の曲がアイテムドロップ率上昇などだ。
レベルと課金により歌える曲数が増え、精密採点機能により歌唱力でバフのレベルが決まる。
さらに【追加付与】というものが、複数人で歌うことによる『ハモり』で発生。
一定以上の歌唱力ならば単体でも【追加付与】は発生するが、簡単ではない。
歌を生業にしている人間クラスの歌唱力でなければ難しいことだ。
そして今回の『SBO歌姫&歌い手グランプリ』は『個人戦』である。
男性女性でトーナメントが分かれており、チャンスは一人一回。
場所は始まりの町ファーストソングのステージ。
追加付与までして、さらに精密採点で細かく採点。
サーバー全体に付与されたバフのレベル、追加付与のレベル、精密採点の点数で算出され、より高いバフと点数の人間が勝ち残っていく勝ち抜きスタイル。
司会はBlossom、神野栄治と剣城一晴。
SBOの公式ワイチューブチャンネルとニタニタ動画、ツブヤキックスなどの動画SNSサイトでリアルタイム配信。
ひたすらにバフのレベルと精密採点の点数で競い合うため非常に平等かつシビアな戦い。
ともかく自分たちが今、普通に戦闘を行いながら歌ってかけることのできるバフはどの程度なのかを把握しないと、戦い方もよくわからないだろう。
だから東雲学院のアイドルの中でもゲームに興味がなく、あまりSBOに触れてこなかった者たちは前日にログインして自分の歌唱力でどの程度のバフが入るのかを確認しにきたのだ。
それにより戦い方も変わるというものだ。
自分の得意な曲を歌うのはいいが、それにより発生するバフのレベルが低ければ戦いにならない。
あまり歌わないジャンルの曲でも、もしかしたら追加バフが発生することもあるかも知れない。
戦いながら歌う、というSBOの戦闘スタイルを経験してみてどのようにバフが役立つのかを確認すれば歌う曲の選択肢も変わる。
しかしその辺りを説明する前に、全員好き勝手に暴走するのでまだ到達できていない。
さらに――
「鶉くん、別に一人で行っていただいてもいいですよ」
「もー! なんでそんな意地悪言うんですかー! おれに構われて嬉しいはずでしょぉー?」
「そんなことないです。というか、今回は東雲学院芸能科の人たちと一緒にパーティーを組んでやるので、きみはぶがいしゃです。どうせいつもソロなのでしょう? 今日に限ってウザいのなんなんですか」
「バフがたくさんつきそうだからに決まってるじゃないですかー」
と、鏡音に絡むのは鶉ナツメ。
黄色と茶色の混色の髪の筋肉質なおっさんふうのアバター。
実年齢は鏡音の一つ年下、十五歳。現在中学三年生。






