社会人って大変だなぁ
「それってゲーム会社として大丈夫なのか?」
「社長が本当に規格外で、別なところで稼いでいるみたいで色々採算度外視でやっているんだ。会社で作るのは他人の趣味を見るためのものと、税金対策とフルフェイスマスク型VR機の販売のためなんだと。だからやりたいことは企画書と社員の人員確保したら好きなようにやればいいって」
「いい会社じゃん。やりたいことは自分の責任と実力で勝ち取れなんて常識だろうし」
「そ、それはそうかもしれないけれど」
淳としては社会人経験がないのでよくわからない。
しかし自分のやりたいことを企画書を通して社員全員にプレゼンし、制作できるのはいいことなのでは?
「普通に! 企画書が通らない……!」
「そりゃあ社員たちとしても自分の労働時間をかけて作るかどうかはシビアにもなるんじゃないか?」
「そ、そうなんだけど~~~……今の収入ほぼ配信者のグッズ収入とゲーム会社の基本固定給だけど、税金と社会保険料でごっそりいかれるんだもん~~~!」
生々しい。
「だからなんだよ? やりたいことやりながら給料もらえるなんて、お前めちゃくちゃ運がいいんだぞ。贅沢言ってんなぁ」
「ぐっ……そ、それはぁ……」
「デビューしたらゲーム会社の方のお仕事はどうなるんですかね?」
「どちらに重きを置くかは自由ですよー、とは言われている。社長に」
言いそうである。
あの人、アイドルやVtuberの事務所をやっているのは暇潰しや慈善活動的な感じのことを言っていた。
採算度外視で、町の活性化や治安の維持のためにやっているらしい。
実際お金は別なところで稼いでいるというか、「息するだけで入ってくるので」とだいぶ怖いことを言っていた。
なので松田がゲーム会社の社員として頑張ってもいいし、Vtuberとして頑張ってもいい。
どちらを頑張ってもいいし、どちらも頑張らなくても構わない。
ある意味“いてもいなくてもいい”と言われているようなものなのだが、本人の頑張り次第であるとも言われている。
「じゃあやりたいようにやりゃいいじゃん。なにをぐずぐず言ってんだ? マジでお前理解できんわ」
はあ、と深い溜息を吐いて淳に向き直る石動。
打ち合わせを始めよう、という意図。
もう少し松田のガス抜きをしておきたいと思ったのだが、こういうところが徹底的に石動と松田は合わない。
石動はやりたいことをやりたいようにやる。
基本的に自由人であり、自分のやりたいことやなすべきことがかなりしっかりと見えているタイプなのだ。
対して松田はかなりグダグダ。
なにをしたいのか、やりたいのか、やれるのか、自分で自分がよくわかっていない。
周りに求められたら応じたいというアイドルに必要な精神はあるものの、ゲーム会社への就職のためにVtuberになった割に就職した株式会社紫電がそんな会社なためなのか、はたまた社会人として当たり前のことが厳しいと思うようになったのか、今こんな感じで愚痴が止まらない。
ここまで正反対って逆にすごい、と感心してしまうレベルで噛み合わないこの二人。
「では打ち合わせ、始めますね。まず、正式なデビュー日が決定しました。次に情報開示について一週間ごとに一人ずつとなります。十二月十三日に俺、翌週十二月二十日に梅春さん、十二月二十七日に上総さん。自分の情報開示の日は間違えないように気をつけてください。自分の情報開示が終わったあと、次のメンバーの匂わせなどは絶対NG。まあ、最後の上総さんは初ライブの日の情報だけ出さないでくだされば大丈夫です。俺と梅春さんだけですね、注意しなければいけないの」
「う……えぐぅ」
「仮のデビュー日っていうか、予定日は松田が先だったよな?」
「そうですね。順番が俺になりました。一応リーダーということで」
「ふーん」
事前に「多分この日になると思います。予定日はここです」的なふうに教わっていたが、最初の予定は松田→淳→石動だった。
だが、正式決定の順番はリーダーの淳→松田→石動。
仮予定とはそういう変更もよくある。
「まあ、確かにリーダーが先に公表されるのは普通か? でもリーダーなら最後でもよくねぇ? 俺でまずは人目を引くのもありっていうか」
「最初はVtuberの『松竹梅春』で度肝を抜く……みたいな話でしたけれどね」
「一人目に音無淳を持ってきて、どれだけ注目度が集まるか、だなぁ? とはいえ夏の陣ではそれなりに目立ってたし、綾城のこともあるから星光騎士団の団長が春日芸能事務所のプロアイドルグループのリーダーも兼任する流れは注目度が上がるかも?」
「そうかもしれないですね。そうだといいのですが……。まあ、頑張ります。というか、冬の陣、俺が星光騎士団のリーダーになって初のIGなので優勝してFrenzyの宣伝もしますね」
にこり、と言い放つと石動に目を丸くされた。
夏の陣の方がどうしても注目度が高かなりがちではあるが、冬の陣もまたIG。
夏の若い客層とはいささか異なり冬の陣は冬季休み、年末年始休みに入った非常に幅広い層がIGを見守る。
夏は若い層向け、冬は老若男女万人向けに対策を行うのが、定石。
出演者も夏の陣とは選出基準が違い、夏の陣にも冬の陣にも出ているアイドルグループはそれだけ『知名度が高い』『古参』『万人向け』という。






