フリーランスは特に敵にしちゃいけない
「オレも人のことは言えないんですけど、本当にクソガキで」
「鶉ナツメくん?」
「はい。対人ゲームよりもモンスターを大量に狩ったり、高体力のモンスターをどうやって攻略するかが好きらしくて、今回の『SBO歌姫&歌い手グランプリ』で配布されるバフで最近追加された特殊ダンジョン『魔毒の洞窟』に出るデーモンアラクネ・クイーンを単独で討伐したいそうです」
「た、単独!? いや、SBOならできるか」
普通のゲームなら気が狂いそうなことだが、SBOならイベントでバフを享受できるので不可能ではないんだろう。
やるやつだいぶ頭おかしいけれど。
「その……あまりこういう言葉を使いたくないけれど、控えめにいって変態だね」
「自分もあまりこういう言葉を使いたくはないんですけれど自分よりも若いのに変なことに時間を使うな、と思いました。なんかそういう、敵の体力をいかに効率よく削るのかが楽しいらしくて」
「へ、へえ……」
そういうのに楽しみを見出す人もいるのか、と若干虚無の顔。
いや、人様の趣味をとやかく言うつもりはないけれど。
というかもう言っちゃったあとだし。
「でもSBO、俺も最近ログインできていないから遊ぶの楽しみだな~」
「自分も格ゲーの練習ばかりだったので、楽しみです。やっぱりたまには一方的に敵をぼこぼこにしたいですし」
「な、なるほど」
格ゲー、対人ゲームなので勝つこともあれば負けることもある。
プロゲーマーとはいえ、上には上がある――ということだ。
「あ、すみません。俺、今日このあと事務所に呼び出されてて……早いんですけど」
「ああ、言ってたね。気をつけて帰りなよぉ〜」
「本当に気をつけてくださいね。今、一応話題の人なのですから」
「は、はぁい……」
宇月と周にぶっすりと釘を刺されつつ荷物をまとめて事務所へ移動。
変装しても、校門から出るとインタビューを目論む雑誌記者やテレビ局員に声をかけられた。
学院に問い合わせてください、で通そうとしたが、前に回り込まれて進路を妨害される。
名刺をください、と言うとウキウキ手渡してくるので、そういう人間の名刺はすべてコピーの上学院と事務所それぞれに上納するのだ。
その上納した名刺がどうなるのかは知らない。
あまり考えないようにしている。
まあでも言うことを聞かず進路を妨害してくる上、報酬もなく情報だけ得ようとする誠意のかけらもないようなジャーナリストもどきなどどうなろうが知ったことではない。
「おはようございます」
「おはようございます。無事に来れましたか?」
「あ、いえ。進路妨害されたので、名刺だけいただいてきました。名刺をください、というと本当に通してくれるんですね」
「そうですね。あとで連絡が来ると期待しちゃうので、そういうやつらは目的を達成したつもりになるんですよね。まあ、そういうやつらは指示を出した上の人間がいたりするので、フリーのジャーナリストもどき以外は圧をかけておきますね」
にこり。
事務所に入ってすぐに社長に声をかけられたので、もらってきた名刺を全部コピーして手渡すと優しい微笑みでそんな怖いことを言う。
多分、本当に相当上の方に圧をかけるんだろな、と思った。
「フリーのジャーナリストは、どう対処したらいいのでしょうか?」
「フリーのジャーナリストはこの手のゴシップにはそれほど首を突っ込んでくることはないですよ。もしもフリーランスが声をかけてきたら同じく名刺をもらってきてください。こちらの連絡先を知らなければ“待ち”に徹することになるので。フリーランスなので一つの案件に集中はできないと思いますから、待たせておけば諦めて新しい案件を探しに行きますよ」
「なるほど」
確かに生活がかかっているのだから、新しく売れるネタがあればそっちに食いつくに決まっている。
結局は名刺をもらって相手を『待ち』体勢にするのが一番効く。
ゴシップは移り変わりの早い旬のモノだ。
中にはしつこい者もいるが、そういうタイプは後ろ暗いところのある人間の方を好むので淳のような人間にはあまり食いついてくることはないそうな。
「まあ、もしカミツキガメみたいなタイプのフリージャーナリストが来たらその時はまた、教えてくださいね。――そういうフリーランスは自分が後ろ暗いひとがおおいので、やりようはあるので」
だ、そう。
普通に怖い。
「おはようございます。おや、淳くん早いですね。今日は定期ライブがあるとのことなので、もっと遅いかと思っていました」
事務所に入って来たのはFrenzyのマネージャー、槇湊。
今日もやたらと重そうな鞄を持っているのに胡散臭そうな超笑顔。
細いのに腕力はある男。
「多分校門で囲まれると思ったので早めに出てきたんです。名刺をもらって来たので、今社長に提出したところでして」
「ああ、今なんか燃えてましたよね。阿久津町議もそのうちこうなると思っていましたけれど、思ったより遅かったですね」
「今までは見逃していましたからね。特にこちらに迷惑をかけるようなこともなかったので。今回はうちの子に関わって来たので仕方ないです。降りかかる火の粉は火元からしっかり消化しないと」
にこり。
微笑み合う二人。
表情はこんなに和やかなのに、言っていることはあまりにも。あまりにも。






