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「ナッシーの事務所社長、怖ぁ」
「そうなんですよねぇ……」
病院の待合室で、先ほどの社長の無双っぷりを語る。
結局打撲と裂傷で全治一週間の診断を受けた。
痛みはあるものの顔以外を包帯まみれにされたのは大変な損害だ。
社長に「診断書をちゃんと取ってきてくださいねぇ?」と笑顔で言われたので、多分苳茉葵の家族は間違いなく逮捕される。
いや、もしかしたら今頃されているのかもしれない。
あの社長を敵に回している以上、普通なら執行猶予がつきそうなものもつかなくなりそうだ。
まさかそこまでの力は多分ない、と思いたいな、と思いながらスマホを取り出そうとしたが、液晶画面が派手に取れていたのを思い出す。
当然電源は入っておらず、中の基盤が丸出しでサーっと血の気が引く。
「これってデータ、大丈夫でしょうか……」
「あー……これは……ヤバいね。このあと携帯会社行きな〜?」
「そ、そうします」
「ちゃんと領収書もらっておいでね? あのハゲ町議に割増して請求しなきゃ〜」
「あ、はい」
そうだった。
この人もガッツリ敵に回しちゃいけないタイプの人だった。
「とりあえず僕のスマホの番号メモして渡しておくから。代理のスマホとかもらってきたらこの番号使いな〜。まあ、イーストホームがあるからブラウザでなんとかなると思うけどさぁ。でもイーストホームも僕のスマホの電話番号も代理のスマホに残さないでねぇ?」
「それはもちろん……!」
「不便だよねぇ、スマホがないと。あのハゲよくもやってくれたよホント。苳茉くんも、よかったねぇ。秋野先輩の事務所に拾ってもらってたんなら、なんも心配ないっしょ。アイドルとして続けていくにしても、裏方になるにしても」
「そうですね」
そこだけは本当に安心だ。
しかし、毒親毒親族というのは実に厄介、と改めて思う。
「ん? ……え、やば!」
「え、どうしたんですか?」
「さっきの件、ネットで広がってる!」
「え? え!? さっきの件ってまさか……!」
「そう! 苳茉の家族のアレ! 動画まで出回ってるんだけど!?」
「え……ええええ!?」
宇月がスマホでSNSをチェックしたところ、様々なSNSで先程の件が拡散されているらしい。
例の町議のシーンから、苳茉の家族の大暴れがあの場の舞台袖らしき場所からの画角で盗撮されていた。
「どうして……誰が!?」
「あの場にいた人って……スタッフかな? 西雲学園のアイドルも全員映ってたし」
「えええ……!? スタッフでもやっちゃダメですよね!?」
「ダメだねぇ。ダメだけど……もう拡散されちゃってるしね……終わったねぇ、あの町議。まあ、あれだけ横暴な態度してたら恨みも買うわな」
「ええ〜……だ、だとしてもじゃないですか?」
「そうねぇ〜。ダメだねぇ。でも、どうだろうね? 犯人捜しされるかなぁ? もうマスコミが食いついてるしね」
それは終わったなあ、と淳も天井を仰ぐ。
淳のスマホが破壊されたところも、軽く殴られていたところも映し出されている。
さらにそのあとの苳茉家族への態度、苳茉家族の大暴れまでの流れもすべて。
SNSの反応を見ると、やはり町議と苳茉家族への批判が凄まじい。
星光騎士団に対しては『推しを逃してくれてる! ありがとう!』『マジ騎士じゃん、かっこいい!』『ふざけんな、あのハゲ議員、淳くん殴ってんだけど!?』『ちょ、いくらなんでもフルボッコされすぎ』『アイドルとはいえこれは一発ぐらい殴り返しても許される』『美桜ちゃんたち怪我してない!? 血出てるよね!?』『ハゲ議員助ける必要なくね? 星光騎士優しすぎ』『殴ってきたやつ庇う?』『ハゲ絶許』等の称賛が多い。
もちろん中には『女の腕掴むとかセクハラじゃん』『きっしょ、女を力づくで止めるとかないわ』などの苳茉家族擁護もあったが、それらの擁護発言には『は? どこ見てんの?』『自演乙』『星光ファンからしたら腕じゃ済まねーぞ』『特定班の方〜』と大批判が集中している。
主な火元となっているのはこれらのようだ。
「これ、まずいですよね? どうしますか?」
「めんどーい。一応ファンの子たちには僕とクオーがSNSで注意喚起しておくわー。ナッシーのスマホぶち壊れてるしねぇ」
「はい。よろしくお願いします」
「でも、うちのファンの子たちは割と慣れてるからこういう燃やしてるやつらはアイドルアンチとよく知らないやつらだろうねぇ。そういうのって僕らがなんか言っても喧嘩したいだけだから、あんま関係ないんだよねぇ。最悪学院側からもなんか言ってもらうしかないかぁ。とはいえ、もうマスコミが動画拡散してる奴らに接触してるから今夜のニュースはこれ一色になるだろうなぁ。火消しは“アッチ”の方が大変だと思うよぉ」
「まあ、そうでしょうね」
“アッチ”とは、町議のことだ。
これだけ動画が拡散されれば、町議を続けていくのは難しいだろう。
マスコミにとっては格好の獲物だ。
もっとも、公務員や議員というのはそう簡単に辞めさせることができない。
本人が「辞める」というまで、徹底的に追い回されるだけだ。
あのプライドの高い町議が自分から辞めるだろうか?
そんなこと、淳には関係ないけれど。
「どっちにしてもこれを機に僕らに支払われる報酬についてもどこかから暴露されて、面白いことになったらいいな〜」
「ええええ……」
なんという呑気な。
というより、強欲な。
いや、そのくらい強かな方がいいのか。






