上級国民様(2)
「さっさと準備をしろ! 仕事? そんなものは断れ! こっちが優先だ! 当たり前だろう! 早くしろと言っている! なにをチンタラしているんだ!」
全員顔を見合わせ、こりゃああかんなぁ、ということで宇月が「ナッシー、言われた通り事務所の方に連絡してあげてぇ?」とあまりにもあっさりとした死刑宣告。
え、いいんですか? といいかけたが宇月が「ちょっと同じ言語を使う宇宙人みたいだから、そういうのは専門部署で処理してもらうのが一番だからねぇ」らしい。
害悪宇宙人の専門部署が“神様”なのが、なんとも皮肉くさい。
はぁい、と返事をして電話をかけるとすぐに出てくれた。
「あ、社長。今大丈夫ですか?」
『なんでしょう? 大丈夫ですよ』
「実はかくかくしかじかで」
『おやおやですねぇ。その方のお名前わかります?』
本当に簡単な説明で察してくれるのがさすが。
スマホを耳から離して「すみませーん、町議さんのお名前がわからないのですが、失礼ですけれどお名前を教えてくださいますか?」と聞いてみる。
すると顔を真っ赤にしてスタスタと近づいてくると、スマホを思い切り叩き落とされた。
まさかの暴力。
スタッフの顔が青を通り越して紫。
宇月だけでなく後藤の目まで細くなった。
ギョッとした周囲にまったくの配慮もなく、町議は「馬鹿にするな! 俺の名前を知らないだと!」と叫ぶ。
そのあとは淳に対して罵詈雑言。
なにかを言っているのかわからないほどに怒り狂っている。
だが、淳は耳元のスマホを殴られたせいで片耳が上手く聞こえない。
それはいい。
それはいいのだが、この町議自分がいかに偉いか叫んで喚いている割に、淳のところの社長のように付き人がいるわけではないのがお察しだ。
「失礼。音無の事務所の社長がお話をお伺いして、場合によっては仕事として受注してもいいとのことですので直接交渉していただいてもよろしいですか? 阿久津議員」
飛んで行ったスマホを拾ってきた周が、それをそのまま町議に差し出す。
周の無表情が怖い。
だが、スマホを無理やり受け取った町議が「もしもし、この無礼者を雇っている事務所の社長とは貴様か?」と声を発した瞬間、淳の事務所社長を知る者が全員憐れみの眼差しを向けた。
あまりにもやっちまったなぁ、と。
「は? ………………え、ええと……し、失礼ながらお名前は――えっと……は? はい? え? か、春日……? ええと……あの、春日財団の……」
沈黙。
かなり長めの沈黙のあと、町議の顔色が赤から青へ。
人間の顔色ってこんなに綺麗に色が変わるのかと、驚いてしまった。
「いや、そういうわけでは……お、お待ちください! そ、そういうわけではないのです! ただ、その……え? は、はい。いや、ちょっとお待ちください! その件につきましては……おおおおおお待ちください! ちが、違うのですよ、誤解です! それはあのーーー……た、たまたま! か、蚊が止まっていたので! アイドルの顔に蚊が止まっていたら、そのーーー……け、怪我になってしまうと思いまして……! はい、はい! そうなのですよ!」
だいぶすごい言い訳をしている。
この頃になると痛みも引いてきて、聴力の方も戻ってくるので淳にもちゃんと言葉が理解できた。
暑さとは別種の汗が町議の顔面から溢れて止まらなくなっている。
あの汗だくな顔にピッタリとくっつけられる自分のスマホを見て、げんなりした表情になった。
あれは普通に誰でも嫌だろう。
「ですから勘違いで……そ、それは本当に……はい、まったく、こ、言葉選びを間違えて捉えてしまわれておられると申しますか……。は、はい、それは……じゅ、十分に理解しております。はい……そ、そうですね、が、学生の本分は勉学でありますからね、ええ、ええ……! も、もちろん接待なんてそんな……ははは……」
どこからともなくハンカチを取り出して、汗だくの顔を拭く町議。
半笑いだが、相手は十六歳の男の子。
だが、飛ぶ鳥を落としまくるBlossomを世に放った芸能事務所の社長であり、財閥も持つ日本屈指の金持ち。
淳がミュージカル俳優になりたいと言えばミュージカルの劇団を買い上げるし、土地を買ってショッピングモールを入れた超巨大劇場を建設する。
多分金銭感覚が死んでいる人だ。
あの人の金銭感覚に、何度宇宙猫になったことか。
当然四方峰町にも東雲学院芸能科にも、経済支援をしている。
お金は出すけど口はあんまり出さないという、支援者としては大変に神なその人の名前をちゃんと知っていたのは褒めるべきところか?
もしも春日彗のことを知らずに先程のような暴言を吐いていたら、多分この町が買い取られていた。
あの人、ガチでやりかねない。
宇月が町議のへこへこする姿を見て、魔王軍と勇士隊、西雲学園側に「今のうちに帰りな〜」と手で合図する。
柳と鏡音にも「控え室に先に戻って帰る準備しててぇ?」と指示。
周が駆け寄ってきて、「大丈夫ですか? 淳。怪我は?」と心配してくれる。
ちょっと衝撃があっただけで怪我はしていない。
「お、お待ちください! それだけは! お、お願いいたします! ……春日社長! こ、このようなことが二度とないようにいたしますので! どうか! ……は、はい! お約束いたしますので! はい! 必ず! はい!」
叫ぶ町議。息が荒い。
頭を下げて、目を見開いたまま突然沈黙する。
そして息を吐き出してスマホを耳から外す。
やっとスマホが帰ってくる。






