魁星の安否確認(3)
事務員さん二人と一緒に魁星のアパートに戻ると、周がペットボトルの水を飲みながらタオルを額に当てていた。
屋根があるとはいえ、二階の廊下は壁があるわけでも風が吹いているわけでもない。
じわじわとした暑さが、足下から迫り上がってくる。
事務員さんは普段冷房の効いた事務室から出ないのだから、特にしんどそうだ。
「おはようございます。朝早くから申し訳ありません」
「大丈夫です。こういうことがあるので事務所には人が常駐しているのですから。こちらのお部屋ですね」
「はい、よろしくお願いします」
周と淳が心配そうに事務員さんを見守る。
女性の事務員さんが鍵を開けると、玄関にタンクトップと半ズボンの魁星が倒れていた。
「「「「ええええええええええ!?」」」」
あまりにも予想外で叫ぶ四人。
淳がすぐに「え!? あ、魁星!? 大丈夫!?」としゃがんで声をかけるとぜえはあ、と荒い呼吸でぎりぎり意識はあるが喋る余裕はない、という感じである。
「魁星、これ……えーと……」
「淳、脇の下に」
「あ! うん」
ハンドタオルで巻いた保冷剤を両脇の下に差し込み、勝手に部屋に入ってエアコンをつける。
エアコンのリモコンが部屋の入り口のリモコン置きに差さったままで、立ち上がれなかった魁星は届かなかったらしい。
それでも玄関から淳たちの声がしたので、エアコンをつけるのを諦めて玄関に進路を選んだ。
無茶しやがって。
周が冷蔵庫を開けてペットボトルを持ってきて頭を持ち上げて飲ませる。
淳はタオルを濡らして、中に氷を入れ太ももに載せる。
事務員さんはオロオロ。
救急車を呼びますか、と言うが意識があるのでひとまず応急処置をしてみて改善するか様子を見てからだろう。
「電気代をケチりましたね」
「う……」
周の鋭い一言に、魁星がぐったりしつつ呻き声を出す。
ハンド扇風機を使い、冷房の風を魁星に向けてやる。
「周、宇月先輩に連絡して。凛咲先生の方には俺から連絡してみる。連絡つくかどうわからないけれど」
「わかりました。とりあえず魁星の体調が安定したら、ということでもいいですか?」
「いや、魁星は今日ダメ。休み。救急車じゃなくて普通にタクシー呼んで病院」
「了解」
「え、あ……う……うう……」
「「ダメです」」
なにか言っている魁星に、ギロリと睨みつけて即否定。
事務員さんたちは「なんで今ので言っていることがわかるんだ?」という表情。
宇月に連絡するとあちらは「了解。ゆっくり体調を整えて」という返答。
凛咲先生はようやく電話に出てくれたが『え!? 集合時間六時なの!? わりぃ、今起きた!』とのこと。
やっぱり集合時間を間違えていた。
肩を落としつつ「宇月先輩たちは後藤先輩の家の運転手さんが、センターホールに送ってくれたと思います」と伝えると『ああ、いつも申し訳ない』と言いながらなにやら電話の向こう側でバタバタしている。
おそらく着替えたり、顔を洗ったりと身支度をしているのだろう。
「すみません、お手数をおかけするのですが氷を作っておいてくださいませんか? それと、タクシーを……」
「わかりました。お任せください」
「すぐに呼びますね」
事務員さんにお願いをして、魁星の体から赤みが消えるまで眺める。
やはり熱中症らしく、ビニール袋を持ってくると「吐いていいの」と言わんばかりの目で見上げられた。
熱中症、頭痛や吐き気、眩暈や意識喪失などの症状が出る。
体が熱に籠り、脳が茹ってしまう。
そうなるともう、人としての生命活動を続けることはできなくなる。
魁星は一応まだ、意識はあるのでセーフ。
触れた寝具が夏用の通気性抜群冷感シーツだったのが幸いしたか。
こういうもので命って繋がるんだなぁ、と変な溜息が出る。
「病院に行くからね。財布どこ?」
「こちらのカバン、いつも魁星が通学に使っているものですしこの中では?」
「中身確認するよ。……うん、あるね」
「淳、病院に行くので着替えさせましょう。さすがにこの格好で外に連れて行くのは……」
「そうだね。えーと、服は……うわあ……」
汚部屋だとは聞いていたが、洗濯したものは適当に収納ボックスに放り投げられていた。
洗濯物を畳むという一手間を面倒くさがった結果だろう。
なんと信じ難いことにゴミ袋はその横に洗濯バサミで吊るされていた。
この暑い時期にゴミ放置はまずい。
熱中症でなくとも体調が悪くなりそうだし、名前を言うのも憚られる黒いあいつらが沸きそうだ。
舌打ちしてゴミ袋をぎゅっと縛って玄関に持って行く。
ごみ収集所が下にあるのでそこに「捨ててきまーす」と言って外へ出た。
ちょうどタクシーが到着したので「早いなぁ」と思いつつ「今病人を連れてくるので、月科総合病院までお願いします」と頼む。
部屋に戻るとだいぶ顔色がよくなった魁星。
「タクシーが来たので、俺たちで病院に連れて行きます」
「我々が連れて行くので、音無くんと狗央くんは仕事の方に行っていただいても大丈夫ですよ。確か、花房くんは親御さんがちょっとアレなタイプの方でしたよね?」
「はい、そうですね」
さすが東雲学院芸能科の事務員さん。
そのあたり、あまりにも慣れておられる。
「親御さんに連絡できない場合は学院側で保護者の代わりをしますので」
「え? そうなんですか?」
「未成年の方に全部任せるとそのー……学院側としても、あれなので」
それはそうかも。
思わず目線だけで周と内心そう思う。






