魁星の安否確認(2)
「魁星? 本当に大丈夫?」
「おーい」
応答がない。
周と顔を見合わせて、汗を拭う。
あまりドアを叩くと近所迷惑になりかねない。
「一度宇月先輩に連絡して、凛咲先生が来たか確認しましょう。凛咲先生が魁星の緊急連絡先になっておりますし」
「そ、そうか。そうだね」
暑さで頭がうまく回らないが、そこはさすが周だ。
冷静に指示をしてくれる。
本当なら淳がやらなければならないのに、情けなくて申し訳がない。
頭をトントン叩くと「落ち着いてください」と嗜められる。
「大丈夫ですよ。淳だけに背負わせないですから。少なくとも星光騎士団のことは頼ってください」
「あ――……ありがとう」
周にはなんでもお見通しなのか。
淳にはFrenzyというもう一つのグループがある。
あちらもほぼ毎日のように顔を合わせて練習しているが、やはり星光騎士団は淳にとって特別。
十年の歴史を背負い、今年のIG冬の陣と来年のIGに向けてレッスンを頑張らなければいけない。
パフォーマンスも、選曲も、星光騎士団を勝たせるために。
Frenzyは事務所の意向も汲みながらだから、責任感はそこまででもないが星光騎士団はそうじゃない。
でも周の言う通り、星光騎士団を一人で背負う必要はないし、一人で背負えると勘違いしてはいけなかった。
十年の歴史ある『東雲学院芸能科の三大大手グループの一角』を、淳が一人で背負うべきではない。
メンバー全員で守っていこう。
それに魁星は欠かせない一人だ。
「魁星! 起きてる? 起きてない? 大丈夫? もしも意識があって動けないなら、なんでもいいから音が出せそうなら音を出して」
周に連絡を任せ、改めてドアをノックしながら声をかける。
すると、ボトン、とペットボトルが倒れるような音が中から聞こえてきた。
思わず周と顔を見合わせる。
「魁星! 起きてるんだね!? 鍵……えっと……!」
「宇月先輩、魁星は部屋の中で意識はあるけれど体が動かない状態の可能性があります! 凛咲先生にすぐ、合鍵を持ってきてくださいと伝えてください! ……え? 事務室に? わ、わかりました! ……淳、宇月先輩が学院の事務所に電話してみろと。各寮アパートのマスターキーがあるそうです」
「え!? そ、そうなの!?」
「はい。本来各グループの顧問はそこから借りてくるのだそうです。ですが、凛咲先生はまだ出勤していないので、緊急性が高いと感じたのならそちらの方が早いだろうと。リーダーの淳が連絡するのが緊急性を伝えられるのではないでしょうか」
「そっか、連絡してみる」
確かに、とスマホを持ち直す。
本当は救急車を呼んだ方がいいのだろうけれど、とにかく中の状況を確認しなければ。
もしかしたら、寝相が悪くて偶然ペットボトルを倒してしまったのかもしれないし。
「もしもし、すみません。星光騎士団の音無淳です。同じクラスで同グループの花房魁星が寮アパートで意識がある状態で動けないようなのです。もしかしたら、熱中症かもしれなくて……はい、はい……実はまだ顧問の凛咲先生が出勤していないようで……。ただ、このあとセンターホールでイベントが……はい。予定があって、集合場所に来なかったので、心配して花房のアパートに来てみたのですが……はい……」
事務所に電話をしてみると、女性の事務員さんが出る。
状況の説明を行うと、確かに緊急性が高そうですね、と言ってもらい「すぐに凛咲先生にはこちらからも連絡してみます。合鍵を取りに来ていただけますか?」と言われたのでこの場を周に任せて淳は学校に戻ることにした。
まだ早朝だが、すでに気温は三十度を超えている。
暑くなるのが早すぎるし、このままではイベントの方もまずい。
宇月に連絡をして「申し訳ないんですが、後先輩の家の運転手さんが来たら先に行っていただいてもいいですか?」と頼む。
『えー、やばそう?』
「ヤバそう、かもです。まだ安否確認ができていなくて」
『オッケー。とりあえずブザーの安否確認できてからおいでぇ? こっちは別件の撮影が入ったので二年生たちに行ってもらった〜ってことにしておくから大丈夫大丈夫。こういう時人数多いとできること多くていいよねぇ。だから安心して落ち着いて行動しなよねぇ?』
「はい。大丈夫です」
トラブルに対する適応力がそれなりについたと思っていたが、メンバーの急病は初めてだった。
それを慮っての言葉だろう。優しい。
こういう余裕のあるリーダーに、自分もなりたいと思う。
(そうだな、落ち着いて……落ち着いて。混乱している時って自分じゃわからないもんね。順序立てていこう)
いろんな状況を想定して、と頰を叩きながら、学院に戻りそのまま事務所に向かう。
校舎の中はだいぶ涼しくて、少しずつ汗がひく。
事務員さんに声をかけて「先ほどお電話した星光騎士団の音無です」と告げると「こちらが星光騎士団、花房魁星さんの部屋の合鍵です」と差し出される。
さすが仕事のできる事務員さん、準備していてくれたらしい。
「ありがとうございます」
「あ、一応私が同行してもよろしいでしょうか? 学院管理の合鍵ですので」
「あ、! ぜひよろしくお願いします!」
大人がいるだけで安心感が違う。
すると事務員さんが男女二人で同行してくれるという。
大変に心強い。






