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ソング・バッファー・オンライン~新人アイドルの日常~  作者: 古森きり@書き下ろし『もふもふ第五王子』
6章

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二年目夏の陣、二日目(2)


「ふんふんふふん〜」

 

 ウキウキしながら昨日と同じ屋台の立ち並ぶ場所からステージを眺める。

 花鳥風月は本日も午前、三戦目。

 お相手は去年のベスト12。

 なかなかに強敵なアイドルグループ『VS.RED(バーサスレッド)』。

 和風曲調の花鳥風月と、超ロック調のVS.REDの戦いはやはり知名度の高いVS.REDが優勢。

 淳が花鳥風月への『いいね』を連打しまくっても、厳しそうである。

 

「花鳥風月、結構よかったね。勝てたらいいね」

「さすがにVS.REDの方がよくない?」

「和風も普通に好きだけどねー」

「っていうか東雲学院ってちゃんとチェックしておいた方がいいんじゃない? 学生セミプロって舐めてたらチェック抜けみたいな感じになってるしぃ」

「だよねー。毎月月末定期ライブやってるらしいし、今度行ってみようよ。配信もやってるんだから、配信でもいいかもだけどさー」

「配信のアーカイブ見てみる?」

「ねえねえ、綾城珀様がいる時代のアーカイブとかもありそうじゃない!?」

「え、今から見る!?」

「見よう見よう!」

 

 という女子大生風の三人組の横で、社会人らしい女性五人組が「うちらも見る?」「星光騎士団のチャンネルって別にあったよね」「え! 昨日の新曲MVもう上がってるんだけど!? ヤバ!」「うそ! やばい!」「ねえ、淳くんの歌唱力やばくなかった!?」「そうそう!」と盛り上がり始めたので帽子の鍔を深く下げて早々に関係者控え室への扉に向かった。

 早歩きで。

 

「はあ……」

 

 星光騎士団の知名度が上がり、人気が出たのはいいことなのだが、まったくライブを楽しめなくなってしまった。

 帽子を取ってせっかく作って持ってきた推しうちわを帽子とともに痛缶バッチのトートバッグに入り込む。

 次の瞬間、腕を強く引っ張られた。

 エッ、と変な声が出る。

 そのまま引っ張られて、外まで連れていかれた。

 後ろ姿は知っているような、知らないような。

 

(誰!? 誰!? 誰!? 見覚えがあるようなないようなっ)

 

 なんですか、誰ですか、と声をかけるが背を向けたまま長い足でどんどん進む。

 腕を振り払おうとするが、ほぼ引き摺られるような状況で転ばないようにするのが精一杯。

 関係者出入り口、搬入口の横のトラックの荷台に投げつけられて、背中を強打して初めて本当に危機感を持つ。

 目の前に笑いながら佇むのは、applause(アプローズ)の紗遊だ。

 

「……な……っ」

「帰ったと思ったぁ? 平和なクソガキだよ、本当。生意気にも俺たちに勝ちやがって」

「そ……そんなことを言われても……。判断を下したのは審査員と視聴者さんたちで――」

「黙れよ。そんな言い訳通じると思ってんのか?」

「……っ」

 

 目は笑っていないが、口許はずっと笑っている。

 目の前には有名なアイドル。

 嬉しいはずなのに、彼の纏う空気は決してアイドルのものではない。

 にたにたと笑って短いマイクスタンドをトラックの下から足で取り出して、器用に踏みつけて手に取る。

 こういうスマートなパフォーマンスもできるのに、それをこんなことに使うなんて。

 

「これはお前らクソガキへの罰であって、俺たちと俺たちのファンを冒涜した罪を自覚させるものだ。しっかり俺を庇って、余計なことを言うな? もし俺にやられたと言ったら、その時はお前の家族にもなんかやらなきゃなんねぇからなぁ?」

「な……なにを言っているんですか……!?」

「言ったろうが。これは罰だ。俺たちに勝ってしまった罰。理解したか? しろよ。俺たちに勝つなんて、なんて愚かなことをしてしまったんだろうって」

「本気で言って――っ!」

 

 口を覆うように掴まれる。

 目を見開いて紗遊を見た。

 ステージでは見せたことのない種類の、恍惚とした表情に心底ゾッとした。

 こんな気持ちは――智子と一緒にいた時に不審なおじさんに声をかけられた時のような――。

 

(まずい。どうしよう。ここで怪我なんてしたら……)

 

 本番は十五時半から。

 紗遊が近づけてくるのは淳の顔。

 心の底から相手を傷つけても当然だと思っている目。

 

(あ……)

 

 頰に鉄パイプの先が押しつけられる。

 ゆっくり力を込められていく。

 このままじわじわと傷をつけ、痛みを与えようというのか。

 

「それ以上続けるのなら出るとこ出てもいいけどどうするぅ?」

「っ!?」

「……」

 

 震える視界で紗遊の後ろに視線を向けた。

 唇に笑みを浮かべた、ふわふわの亜麻色の髪、樺茶色の瞳を細めた美青年。

 淳が“神”と崇める騎士。

 

「神野栄治……!」

「落ちるところまで落ちたね、紗遊。かっわいそぉ♪」

 

 悪戯っ子のようにちろりと舌を出し、スマホを頬に当てて心底バカにした笑み。

 紗遊が一度無表情になってから、ギリリ、と振り返って神野を睨みつける。

 

「うんうん。ちゃんと撮影したし、そのデータは今もう送っちゃったからあがかないでよね? これ以上無様晒すとか笑い堪えきれなくなっちゃう。いやぁ、愉快愉快。生意気なアイドルもどきが、本格的にただのチンピラに堕ちちゃった。去年あーんなに偉そうなこと言ってたのに、所詮、ってことだよねぇ」

「……テ、めぇ……ッ」

「炎上不可避だもんねえ? ひゃははは♪」

 

わざとらしい煽りに紗游が淳の腕を放して神野の方へ向き直る。 

 淳以上に顔や体に傷などつけられない神野になにかあれば――淳は自分が許せなくなるだろう。

 

「栄治先輩……!」



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