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ソング・バッファー・オンライン~新人アイドルの日常~  作者: 古森きり@書き下ろし『もふもふ第五王子』
6章

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推しは健康にいい


「というわけで今日のところは顔合わせだけして、交流して来てって社長からの指示が来ていたんだけれど……」

「エアリムさん帰りました」

「ああ、うんまあ、そんな気はしてたよ」

 

 コーヒーショップに袴とともに向かうと、先に涼みに来たスタッフと魁星、アンニーズが同席で水分補給の休憩をしていた。

 ジムに行くと言っていたので、いなかった場合も想定していたが本当にいないとは。

 

「交流会するのなら一度事務所に戻った方がいいかもね」

「アンニーズさんも?」

「多分今後の展開の話をしたいんじゃない? 俺も予定が流れたから、このあと普通に事務所に行くし」

「あ~……」

 

 展開――グループ発足についてだろう。

 本当は今日のフルーツパーラーの仕事を通して相性を見る予定だったのだろうけれど、仕事が流れてしまった。

 なので事務所で交流を、ということにしたのだろう。

 袴さんたちとお別れして、魁星、アンニーズ、アンニーズのボディーガードとともに事務所ビルに向かう。

 事務所内の談話スペースまで来ると、松田がげっそりした顔でパソコンルームの方から出てくるのが見えた。

 

「梅春さん、お疲れ様です。レッスンの予定じゃなかったですか?」

「こ、今度デビューするコメプロの新人さんに挨拶してた。一期生って俺だけだから……」

「コメプロ?」

「魁星は知らないっけ? 春日芸能事務所の子会社で、新しくVtuber事務所『コメットプロダクション』ができたんだよ」

「Vtuber?」

 

 そうか、そういえば魁星は最近仮所属になったばかり。

 事務所の状況もよくわからないだろう。

 

「えっと、Vtuberていうのは2Dのキャラクターの絵柄とリンクして配信するワイチューバ――、って感じかな?」

「え? その人たちはなにをするの?」

「ゲームの実況とか? 俺も梅春さんの配信を時々見るくらいだから、よくわからないんだけれど」

「おおむねそれで合ってるよ。なんで2Dのガワでやっているかと言われると、リアルの人間が苦手な人がいるのとこういうアニメ絵の方が入りやすいし興味が持たれやすいからかな」

「へー。そうなんすね。そういえばドカてんもそんなようなこと言ってたな~」

 

「誰……?」という松田の視線に「これは俺の同期で星光騎士団の花房魁星(はなぶさかいせい)です。そしてドカてんというのは同じく星光騎士団の一年生で鏡音円(かがねまどか)くんですね。前にコラボの話してませんでした?」

「言ってたね。まだ実現できてないけれど。ドカてんってあだ名?」

「そうです」

「あれでしょ? 鏡音くんって『ライデン』の子でしょ?」

「そうですね」

 

 あれ? もしかして松田、詳しい?

 よくご存じですね、と言ったら嫌そうな表情で「ゲーム実況を目指した時期も……ありました……」と目を背けられる。

 それは初めて聞いた。

 

「なんでしたっけ? FPS? やるんですか?」

「裏で少し。下手だけど。……だからコラボの話が出た時普通に嬉しかったんだけど……お互いレッスンが忙しすぎて全然予定が合わなくて……。来月になったら夏の陣でマジ忙しくなるだろうし……」

「そうですね。でも、あれですよね。夏の陣の前に宣伝も兼ねてやってほしいな。俺の方でスケジュール調整しますか?」

「え!? 淳くん、そんなことできるの!?」

「できますよ」

 

 夏の陣に向けてレッスンを減らして体調を整えるフェイズに入っている。

 レッスンは最低限、流れの確認など。

 鏡音は他に十月の大会に向けた格ゲーの練習があるので、その合間に松田とのコラボを入れてもらえたら。

 

「あれ? 鏡音くんの連絡先は知っているんですっけ?」

「知ってる知ってる。めっちゃ丁寧でいい子。元々好きだったけどますます好きになった。コラボできるって聞いて推しと連絡を取り合うのマジで大丈夫なかずっとドキドキしてて」

「「え?」」

「あ」

 

「梅春さん?」と力なく聞いてしまう。

 聞いてない聞いてない。

 鏡音推しだったの?

 淳の身内の鏡音推しの多さよ。

 

「ち、違う! いや、違わないけれど! 俺、『ライデン』のファンなんだよ!」

「えーと、eスポーツチームでしたっけ? エイランさんがいるチーム……」

「そ、そう! 日本のeスポーツチームの中ではFPS以外のゲームも上手くて、他のチームとも協力体制を取れる上、旧型のゲームもVRゲームもどっちも上手い人ばっかりだし……」

「箱推し、ということですね?」

「はこおし……ま、まあ、そ、そんな感じ……」

 

 そういうことなら納得だ。

 淳にとっての星光騎士団みたいなものなのだろう。

 いや、シンプルに“推しのスポーツチーム”ということ。

 

「梅春さんがそんなにeスポーツをお好きなの、知らなかったです。それ、鏡音くんに言えばすごく喜びそうですけど」

「淳くん」

「は、はい?」

「推しに認知されたい陰キャオタクなんてこの世にいるわけないだろう……!!」

「そ……そうですね。す、すみません」

 

 これはガチオタじゃねーか。

 

「え? でもコラボはするんですよね?」

「す、するけどさあ……」

「それと推しに近づくのは覚悟が必要なんだよ」

「そ、そういうもんなの?」

「魁星は推しがいないからわからないんだよ」

「す、すみません?」

 

 尊くて眩しく、恐れ多くて、でも嬉しい。

 感情がジェットコースターのようになり、夢のようでなにを喋っているのかわからなくなる。

 そのくらい推しとの接触は心臓に悪い。

 いや、推しそのものはすっごく健康にいいのだけれど。



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