レプレッションのメンバー候補(1)
七月の第三土曜日。
レッスンの予定をキャンセルしてフルーツパーラーの仕事を入れてもらったのだが、私服の魁星と合流した瞬間ゾッとした。
襟元が寄れたTシャツと、見るからにダメージ加工ではない穴の開いたジーンズ。
底のぺしゃんこなスニーカーに、色落ちしたトートバック。
どうしてそれを合わせた? と聞きたくなる麦わら帽子とベージュのサングラス。
「か、魁星って私服そんなに……そんなだったっけ……?」
「あー、そういえば私服で会うの初めてだっけ? ドカてんの家行った時制服だったもんね」
魁星とバレていなくても、別な意味で悪目立ちしている。
淳も一応眼鏡と帽子と日傘で変装はしているけれど、魁星のは完全にダサい人だ。
(ま……まずーい。まさか魁星の私服がこんなにダサいとは思わなかった! よく見るTシャツの襟もと黄ばんでるし……!!)
台無しどころではない。
一応早めに来たけれど、この格好で今後同じグループでやっていくかもしれないメンバーに初めて会うのは色々と、印象的な問題でまずいと感じた。
しかし、服屋を回っている時間がない。
せめて上のシャツくらいはなんとか……。
「あのさ、魁星……」
「なに?」
「ねえ、まさかその格好でネット配信とはいえ世界配信に出るつもり? 時間ないのに」
「あ、栄治先輩」
「えっ、神野先輩……!?」
本日の監督役、神野栄治。
日傘とサングラスのみなので、一目で本人とわかる格好。
だが、オーラがすごくて近づけない。
魁星が「え、なんで」と神野と淳を交互に見る。
ちょっと頭を抱えてしまう。
「今日魁星が一緒に仕事する人が栄治先輩の海外の後輩の人だから、最初だけ一緒にいてもらえることになったんだよ。このあとすぐお仕事。合間に来てくれたんだよ」
「そうだよ。すぐ服買いに行くからおいで。悪いんだけどジーくんは待ち合わせ場所のカフェに先に行って待ってて。これちょっと改造してくる」
「よろしくお願いします」
「え!?」
容赦なく神野に預けます。
頭を下げてぎろりと睨まれた魁星は硬直。
宇月よりも怖い人、と本能で理解したのだろう。
五月から暑かったが、やはり夏本番の七月は暑さの桁が違う。
息を吸うだけで息切れがする。
なので待ち合わせはカフェ。
このあとフルーツパーラーで飲み食いするので、軽めのコーヒーで日本に不慣れな留学生を待つことに。
海外は比較的『前もって集合時間にいる』文化はあまりないらしいので、おそらく淳たちのように先に来て待っていることはないだろう。
コーヒーを注文してガラス張りの外に面する席に座っていると、人影が近づいてきた。
見上げると褐色の肌に濃いモスグリーンの髪と紫の瞳を持つ美青年。
「ア、エエト……カイセイ?」
『いいえ、俺は淳・音無。春日芸能事務所所属のアイドルです。あなたはアンニーズ・アル・ジェーベッド?』
「ア……ソウ! ア……アリガト、イングリッシュ……デモ、日本語、ベンキョーチューダ、カラ、日本語デ、オーケーヨ」
「わかりました。アンニーズさんは勉強熱心なのですね」
年齢的にアンニーズは十八歳の学年が一つ上。
なので先輩相手として接したのだが、その後ろにボディーガードらしきゴリラのような黒服が一人立っていて笑顔が凍る。
アラブ圏のお金持ちのご子息とは聞いていたが、専属ボディーガードつきとは……。
「ア、コッチ、ボクノボディーガード、ロイド、デス」
「日本語はわかる方ですか?」
「チョットダケ」
「音無です。よろしくお願いします」
声をかけてみるが小さく会釈されたのみ。
ゴツい体躯にサングラスと七三分け。
昔なにかでボディーガードは身元が分かりづらくなるよう、同じ装いをして見分けがつきづらくする、というのを見たことがある。
それで護衛対象を守るらしい。
もしも一人が護衛対象の前で死亡したり、入れ替えが行われても対象の精神が病まなくていいよう……という話を聞いた。
まあ、この場合一人なのであまり関係ないようにも思うけれど。
「なにか飲まれますか? 魁星なんですが、今先輩に服を買いに連れて行かれておりまして」
「カイセイ、服? ファッション?」
「いえす。えーと……人と歩くには少し目立つ格好だったので」
「フゥン?」
だいぶよくわかってない顔をしている。
できればわからないままでいてほしい。
淳もそれなりに普通の格好をしていたが、やはり朝科とお揃いで買った服は間違いがない。
「アンニーズさんは日本のアニメが好きなんですよね? なにがお好きなんですか?」
「好キ! イッパイ、好キ! アルヨ! ジュン、クワシイ?」
「実はあんまり詳しくないんです。でも、声優さんの中には東雲学院芸能科のアイドルだった人もいるので、そういう方の出演作品は見ますね」
「オ~、アイドル! 西雲学園ニモ、アイドル、イマスネ。歌ッテ、躍ルノ。ボク、デキルカナ」
「きっとできますよ。レッスンもありますし」
あ、一応アイドルになる自覚はあるのか。
会話も問題はなさそうだが、時折「ユックリ。モウ一回言ッテ」とおっしゃる。
しかし、当然思うことはある。
(俺、Repressionのリーダーじゃないんだけれどなぁ)
待ち合わせ時間を五分ほど過ぎた頃、カフェに緑がかった金髪の高身長男子が入ってきた。
待ち合わせ場所がお高いカフェなので、あのレベルの人が入ってきても騒めくことはない。
顔を上げるとその青年が真っ直ぐにこちらに歩いてくる。
その顔を見て察した。
(あ、見たことある。栄治先輩の雑誌に乗ってた。エアリム・ルークス)






