八月に向けて(1)
「では自分と魁星が柳と鏡音を見ていますね。淳なら一人で大丈夫だと思いますので」
「そうだねー。あとアレだね。ゴールデンウィークの時に結成したコラボユニット『welcome』もそろそろ始動だよねぇ」
「そうですね。様子を見てきます」
こちらも宇月主催のイベントだった東雲能科GP。
それの個人ランキング上位で構成されているコラボユニット。
当時はまだユニット名も決まっていなかったが、東雲学院芸能科の入門編という意味も込めて『welcome』と名づけられた。
こちらは不名誉ユニットとは違い、宇月の全力営業が功を奏して八月から九月末まで予定がみっちり。
リーダーに任命された三年の夏山と『SAMURAI』の芽黒那実は自分のグループに構っていられなかったんじゃないだろうか。
そのくらい、仕事がみっちみっち。
楽曲提供、御上千景なので曲もものすごくアイドルアイドルした曲。
「まあ、welcomeは夏山がいるから大丈夫じゃない? 他の二年も頭は悪そうだけれど、真面目にレッスンするタイプだしね」
「そうですね」
夏山以外は二年生。
双陽月の太陽と月光は二人だけのグループ。
芽黒は元々『SAMURAI』のリーダーとして真面目に活動している。
なのであまり心配はしていない。
問題はやはり不名誉ユニットの方だろうか。
「じゃあ、各々頑張ってきてねぇ。僕、学力向上委員会関係でイベントのスケジュール調整聞きに行かなきゃいけないからナッシーはあとで合流しよ。来月はいよいよIG夏の陣がありまーす。二年生は二回目、一年生は初めてだろうから先輩に色々聞いて勉強しておいてねぇ。星光騎士団自体の依頼はwelcomeに代理で言ってもらうので余裕はあるけれど、去年は綾城先輩とナッシーが過労で入院する程度には過酷でした。マージで気を引き締めて、残りの日数調整を意識して過ごしてくださーい」
「え!? 淳先輩、過労入院したんですか!?」
「しました。今年はわからないけれど多分来年も過労で入院するようなことをすると思うので、ご迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願いいたします」
「今からその宣言するぅ!?」
「まあ……そうならないように体力作りはしているけれど、綾城先輩でも倒れたから」
と零してハッとする。
しまった、匂わせも禁止だった。
慌てて「あ、ごめんなんでもない」とごまかす。
だが、四月からレッスンでほとんど星光騎士団の方の練習に参加できていないので、宇月辺りは察していると思われる。
綾城とスケジュールがほとんど同じだと思うので。
「そういえばブサーの方もナッシーと同じ事務所に仮所属が決まったんだっけ? どうなの、その辺」
「あー。俺もそのあたりはわからないです。最初に紹介された人たちはやる気がないから新しい人を探すって言われましたもん」
「あ、グループとしてやっていく感じなんだ?」
「……っていう話だったんですけど、出会いがしらの印象が悪かったみたいで社長が別の人がいいだろうって」
「怒ってたもんね……」
しかしあの二人、知名度は悪くなかったと思う。
それでも最初の態度で却下されたと思うと世の中やはり口には気をつけなけでばならないな、と思う。
まあ、あそこまで最初から舐めた態度をとる人はなかなかいないだろうけれど。
「春日芸能事務所の社長って優しそうなイメージだったけど」
「優しいっていうか、響くんと同い年なのでちょっと舐められるっていうか? いや、ちゃんと話してみると絶対に逆らってはいけないタイプの人なんですけれど」
「え? そんな年齢で社長ってできるもんなの?」
「書類上の名義はお父さんって言ってました。でも海外の大学卒業済みですし、マジで敵に回してはダメなタイプの人ですよ。マジで」
真顔で首を横に振る淳。
こう見えても相手の情報をインストールして演技に生かすタイプなので、情報が完結しない春日彗という人間を本当にヤバいと思っている。
なんというか、表面上だけならばある程度情報を取得済みなのだが、彼の真相――神様の部分は本当に“深淵”そのものでとても立ち入れない。
人間に到達できない人ではないもの。
その演技を求められるのなら、もう少し情報収集を真剣にやる必要もあるだろうけれど。
「僕と社長さんならどっちが敵にしたらヤバい?」
「お金がある分社長でしょうか」
「あ、ソレはヤバいタイプだね」
判断基準、金の有無――というのもヤバい気がするけれど。
宇月が納得してくれたようでよかった。
……よかったのか?
「春日彗くんでしょ? 財界でもヤバいから迂闊に手を出すべきじゃないって前に教えたじゃない、美桜ちゃん」
「ああ、なんか前もそう言ってたねぇ」
「四方峰町の東南区の土地も結構な広範囲、春日くんちで買い取ったって聞いたしね。大きな劇場にするらしいけど、あの規模を一括で購入して開発費も自分のところで出しているんだから」
「え!? あの辺劇場なかった?」
「この間旭さんと出かける機会があったんですけど、公園を含めて工事中、建設中になってましたね」
「やっば……」
後藤が東南区の公園と劇場について知っていたのは驚いた。
社長のヤバさはまさしく金だろう。
あの古い劇場についても、本当に興味がなかった。
どうなるのか――見守ることしかできないけれど。






