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オーディション結果(1)

 それから二週間。

 五月二十日の昼休み、淳たちに呼び出しがあった。

 呼び出された先は練習棟。

 呼び出したのは綾城と凛咲。

 

「春日芸能事務所の方からオーディション結果が送られてきましたよ」

「「「ッ!!」」」

 

 綾城が大きな封筒を持っており、そこから三通の封筒を取り出し、淳たちにそれぞれ差し出した。

 それを受け取り、封筒の名前を確認すると淳が受け取ったのはちゃんと『音無淳様』と書いてある。

 ただその当たり前のことなのに、じんわりと緊張してきた。

 

(いや、歌も歌えない俺は絶望的なんだから変な期待するな)

 

 と心を落ち着ける。

 なんだか高校受験の合否のことを思い出すけれど、少なくとも淳は可能性がない。

 そう思いつつ、凛咲先生に「開けないのか?」と聞かれたので魁星と周の顔を見て、頷き合い、封筒を開く。

 

『 音無淳 様

 この度は公開オーディションに参加いただきありがとうございました。

 厳重な選考の結果 研修生 をご提案させていただきます。

 研修生についての詳細は別紙に記載しておりますので、ご確認の上ご連絡ください』

 

 とのこと。

 研修生? と首を傾げる。

 不思議に思いながら封筒に入っている別紙とやらを開いて読んでみた。

 それによると『週に一、二回事務所でレッスン』『レッスン料は不要』『その代わり他の事務所から声がかかっても、春日芸能事務所に仮所属の状態なのでお断りしてください』ということ。

 つまり嫌な言い方をすれば”唾つけ”の”青田買い”というやつだ。

 それを理解した瞬間、じわじわ、ぷるぷる、手足の指先が冷え切っていく感覚。

 変に涙が滲んでくる、なんとも形容し難い気持ち。

 だって、春日芸能事務所には淳の”神”がいる。

 永遠の騎士(ヒーロー)が。

 研修生という名の”仮所属”――という結果。

 鳥肌が立つ。

 

「落ちた……」

「自分も……」

「淳ちゃんは?」

「え!? え!?」

 

 顔を上げる。

 魁星と周は落ちた?

 ぎょっとして、しどろもどろになる。

 綾城が柔らかな笑顔で「いい結果だったかな?」と聞いてきた。

 受かったと言えるのか、ますます複雑な気持ちになりながら髪を差し出して見せる。

 

「研修生、という結果が……」

「ああ、仮所属扱いだね」

「合格ってこと!? スゲー!?」

「な、なんで音無だけ――んぐ」

 

 自分の口を自分で塞ぐ素直な周の反応に、淳も「なんで自分だけ」と心苦しさに肩を落とす。

 しかし、劇団で役の奪い合いは慣れている。

 こういうことは、往々にして日常。 

 実力のある者が認められる。

 コネも運も実力も、あらゆるものを使って役を勝ち取るもの。

 けれど、今回淳は「実力もコネも運もないのに」という心境。

 コネ、は綾城がいるのでゼロではないが、コネ条件は魁星と周も同じだ。

 運も、声変りで歌えない今の状況は「運がない」はず。

 同じ理由で歌を披露できなかった。

 実力を見せられなかったのだ。三つとも足りていない。

 それなのに、なぜ?

 だから納得ができないのだ。

 

「あの、でも理由がわからないです。俺、歌えていなかったのに……。綾城先輩、なにかご存じですか?」

「栄治先輩が音無くんの『生歌を聴いてみたい』って言っていたよ」

「ヒュ……!」

 

 神が? 神野栄治が? あの、神野栄治が自分の?

 喉から変な音が出て膝から力が抜ける。

 綾城がにっこり笑顔で「春日さんも興味があるらしいから研修生になったんじゃない?」とのこと。

 

「お、おぉぉぉお、お、推しに認知されているだけでも、お、オタクには、そんな……ライブだって最後まで見届けられなかったのに……同じ事務所でうっかり遭遇したらそのまままた失神しそうなのに……」

「あ、『Blossom(ブロッサム)』のデビュー曲今日からサブスク発売です」

「サブスクも円盤も予約してありますし、今日放課後予約したお店に買いに行きます!!」

「お買い上げありがとうございます~。実はそんな淳くんに『Blossom』メンバー全員からのサイン入りCDをプレゼント」

「うわあああああ!? ええええええええええええええええ!?」

 

 どういうことですか、と混乱しながら綾城が淳たちの合否結果が入っていた大きな封筒からサイン入りCDを取り出して腰を抜かしている淳に手渡してくる。

 おそらく他に存在しないだろう『Blossom』メンバー全員の手書きサイン入りCD。

 探し回ったがサイン入りCDは話も出ていなかった。

 初回限定生産盤にサイン色紙と四人のうちの誰か一人分のチェキがついてくる、というフェアはあったけれど。

 

「こんな、え!? ナンデ……ええ!? い、いいんですか!?」

「一晴先輩が『可愛い劇団の後輩なので』って。拳志郎くんは恐縮して『自分のサインは余計だと思うのですが』って言っていたけれど、拳志郎くんのサインもあってよかったよね?」

「当たり前ですよ! 四人全員のサインがあるなんて、こんな、こんなぁ……あ、ありがとうございますぅぅう!!」

 

 CDを抱き締めて、嬉しさで本格的に涙を流す。

 けれどハッとする。

 話を上手い具合にごまかされているような。

 

「いや、先輩……つまり要するに神野様と一晴先輩が俺を取り立ててくれたってことですか?」

「うーん、取り立てたというか、興味? じゃないかな。一晴先輩は『音無くんは劇団でもそれなりの役をこなしている実績もありますし』って社長に言っていたから、僕じゃなくて一晴先輩のコネかも。ちなみに即所属の子はいなかったよ。所属させてもいい、くらいの子を研修生ということで様子見要員にされたんじゃない? 頑張れば所属に昇格だね」

「そ、そうなんですね」

 

 即所属ではなく。

 けれど、近々所属できる可能性が非常に高いということだ。



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