違う世界の住人と(3)
移ろい易いが、淳が河野栄治を“神”のように崇めて推しているからわかる。
推し活は軽度の“宗教”のようなものだ。
おそらくDancingLinkProductionは“入り口”の役割。
DancingLinkProductionから、CRYWNのようなアイドルを出してはいけない。
もしそんな存在が席巻するような事態になれば――その宗教団体は“生贄”に困らなくなる。
それになにが腹立たしいって、Walhallaのような所属アイドルは自分たちがそんなことに利用されていると知らずにただ、自分の夢のために頑張っていることだろうか。
「あと、春樹のことなのですが」
「え? はい」
「彼も少し家庭事情が特殊でして」
「え? そうなんですか?」
「まあ、上総ほどではないのですが……あの子、両親が交通事故で亡くなってから親戚縁者にたらい回しにされてご両親の遺産や保険金は吸い尽くされて、一文無しで東雲学院芸能科に放り込まれたんですよ。半年かけて自活できる程度に整えてから、普通科に転科して『普通』に生きていこうとしていたんです。彼をまたこちら側に連れてきてしまったのは、彼が『とりあえず収入をあげたい』と言っていたのを聞いたからなんですよね。まあ、あとシンプルにVtuberに興味があったようなので、ですけど」
「そ……そんなに波瀾万丈だったんですか……梅春さん」
知らなかった。
だが、さすがに人に言い振らせるような話でもない。
というか、できるなら言いたくはないだろう。
Vtuberは顔出ししなくてもいいし、『松田春樹』がアイドルとして活動していたことを知る者は余程の東雲学院芸能科箱推しの人間だけなので、おそらく中身バレすることもないだろう。
ゲーム会社に就職したかったのもVtuberをやるのも、彼が自分の安定した生活と趣味を仕事にしたかったから。
「ちなみにその『資産を食い尽くした親戚』が資産を捧げた先が上総の実家が関わる宗教団体なんです」
「っ……!?」
「一時的に春樹はあの宗教団体に預けられて贄にされていたのも確認済みです。どうやらあの宗教団体、『歌える者』を増やしているらしいんですよ。詳しくは話しませんが、人心を集める“歌声”を出せる者を、その増やした歌い手の中から集めて儀式を執り行おうとしているのでしょう」
「儀式……?」
「あるのですよ。歌を使って“神を創る”方法。どちらかというと“降ろす”の方が正しいんですけど、そのまま固定して生き神にしたいんだと思います。でもそうなると器にされた人間は死にますからね」
心臓が早鐘を打つように強く早くなる。
苦しくなって服の胸の部分を握り締めてしまう。
本当に――
「梅春さんは……贄にされたって……えっと……」
「“死ぬことのない儀式の贄”でしょう。でも春樹の体には間違いなく“種”が植えつけられています。すでに発芽していますから、とにかく見つからないことが重要。だからVtuberとしてデビューさせたんです。……可哀想ですが、あの子、歌わないと発芽した呪いが間違った育ち方をして寿命を食い散らしてしまう。本人にはわざと告知はしてませんけどね。知ったら混乱するので」
「呪い……」
「呪種という人間が成長する時間に寄り添って発芽して成長する呪いの種があるんです。正しく育てると害もなく、上手く開花させて再び新しい種にすることができれば問題なく解呪ができるのですが、成長途中で手を加えることができて色々な“使い道”があるのが特徴です。それこそ操ったり、自我を壊して精神崩壊させたり、自害させることもできる。春樹の性格的にネガティブな感情を持ちやすく自己肯定感が低いので、歌を歌うことで発散させるのが一番効果が高かった。あの子、なんだかんだ歌うこと自体は好きなんですよね」
ふふ、と目を細めて笑う社長に、レッスンの時の松田を思い出す。
確かに体力がないので「ダンス嫌い、苦手」とは言ってしんどそうにはしているが、歌うこと自体は楽しそうだった。
だがまさか、呪われているなんて……。
「本人には言わなくていいですよ。あなた呪われていますよ、なんて言われても『は?』となるでしょう? 普通」
「まあ……はい、そう……ですね」
「人間、正しく生きていれば無縁なことではありますが、ろくな生き方をしていないと生霊やら悪霊やらに憑かれたり、人を呪わば穴二つ……なんてこともありますからね。呪い自体は珍しいものでもないんですよ。呪いになる前の“念”なんてもっと簡単に飛ばせますし。僕も二十歳までしか生きられない“呪い”持ちですし。縁切寺とかも最近流行っているでしょう? ああいうのも一種の呪いです」
流行って……流行っているのか?
淳にはちょっと縁のない場所なので、宇宙猫のような顔になっているとニコリと微笑まれた。
「だからまあ、春樹のは普通に生きている分には特に問題がない“呪い”なんです。正しく育ててあげれば勝手に解けますしね。なにも怖いことなどないんですよ。ただ、わかる者が見ればわかるし、利用しようという野心を持つ者で、利用できる方法を知る者に見つかると少し厄介なだけで」
「だ、大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫ですよ。――たかだか人間風情に僕の施した護りが破れるわけもありませんから」
多分今日一の笑顔でそう言い放たれた。
その笑顔の凶悪さに、背筋がゾッと震える。
(あ……そ、そうだよね。わかる人が梅春さんの呪いというものを放っておくわけがないよね。じゃあ大丈夫かぁ……)
安心感パない。






