観劇デート?(4)
劇場は四方峰町の東南区にあり、自然に囲まれた公園横にある。
その隣に新しい劇場が建設中になっていた。
(……ん? ……あれ? どこかで見たような……)
その工事概要の看板に『春日芸能事務所』の名前がある。
その名前を見た瞬間、社長が「劇場作ってるんですよね」とか言っていたのを思い出した。
(あ……こ、ここかあー!)
ついでになんかミュージカル劇団も買い取った、とか言っていたのを思い出した。
あの人マジで容赦がない。
「どうかした? ……ああ、隣も劇場になるんだね」
「うちの社長が劇場作っている、とは言ってたんですけど……なんか、思っていたよりも……規模が……」
「そうだよねー……」
本日観劇する劇場は築五十年の木造劇場。
レトロといえばレトロだが、古いといえば古い。
チケットを受付でもいでもらい、半券を受け取る。
「あれ? あの、先輩。チケット代……」
「今回は奢らせて。そんなに高価なものでもないし、半日休ませてしまったからね」
「ええ……!? でも、さっきのカフェでも奢っていただきましたし、悪いです!」
「じゃあパンケーキや観劇のことを思い出す時、一緒に私のことも思い出して」
「は……はい?」
なんだそれは、どういう意味だ?
まったく意味のわからない主張だが、唇に指を立て、ウインクつきで言われてしまうともう「顔がいいー!」という思考が強くなって疑問が吹き飛ぶという意味のわからなさ。
これが世に言う『顔面でごまかす』というやつか。
「えっと……まあ、その……よくわかりませんけど、わかりました」
「うんうん、よろしくね」
なにがわかったのか、と思うが朝科がそう言うのならそうしよう。
正直なところ学生の身で非常に助かっている。
淳の場合、アイドルグッズや神野栄治の映る雑誌などに使ってしまうのでそこそこ金欠続きなのだ。
もちろん貯蓄もしているけれど。
爽やかな笑顔で手を引かれ、劇場に入る。
広いロビーとカウンターを過ぎると、独特な匂いの館内に進む。
赤い扉が三つ並び、その近くには物販が並んでいる。
若い女性たちが数人パンフレットやグッズを購入し、きゃっきゃっと笑っていた。
「今日の演目も原作が漫画なんですね?」
「そうなの? 2.5次元の舞台で、知り合いの出ているものを選んだのだけれどお気に召さなかったかな?」
「いえいえ! そもそも俺は2.5次元を見たことがなかったので……。あらすじもパンフレットに書いてありました。人気の青春群像劇らしいです。2.5次元よりは3次元寄りというか?」
自分でなにを言ってあるのかよくわからないが、三次元寄りの2.5次元の方がらしいかもしれない。
あらすじとしては今春から一人暮らしをする主人公が、隣に引っ越してきた幼馴染の女の子と料理を通して仲を深めていくという話。
ラブコメであり、心温まるストーリー。
淳もこれは読んだことのない作品で、内容がまったくわからない。
「でもなんか炎上しそうな内容ですね」
「玉置先輩は完全に“俳優”だから舞台で恋愛モノを演じてもそんなことはないみたいだよ。実際一度も炎上はしたことがないし」
「ああ、そうなんですね」
まあそれはそうか。
今時恋愛もののお芝居を見て相手役に嫉妬したり、敵役を演者と重ねて悪評を流すような人間はほとんどいない。
まったくいないのが世の闇だが、それを信じる世間はもうないだろう。
ある意味、その中でも『彼女います』『プロポーズしました』な、綾城はパイオニアなのかもしれない。
『ご来場の皆様、開演二十分前になりました。入場開始いたしました』
赤い扉が開け放たれる。
女性客が数人劇場の中に入っていく。
若い人が多いが、人数はそれほど多くない。
淳たちを含めて十人くらいだろうか。
あの玉置藍が出演しているのに、若い女性のお客さんが十人程度とは……。
「あ、ねえ、今日パンフにアンケート挟まってるよ」
「マジ? えっとなにー? 劇場について気になる点をお書きください?」
「やっぱり劇場が古いからちょっと臭いとか気になるよね〜」
「木の腐った臭いとかするもんね。椅子もペシャンコだし。まあ、藍を見るためならクッションくらい持ってくるけどさー」
「物販も少ないしー、トイレ古くて……暗いのが怖いっていうかね」
「そうそう〜。ここ使ってる劇団はそんなに〜だけど……」
聞こえてくる女性客の不満を聞きながら天井を見上げる。
確かに。
座るとペソペソの椅子。
剥がれた絨毯。
少しカビ臭い壁や床、幕もどことなくくすんだ色。
建物が古いので仕方ないだろうけれど、大切に手入れされていたとしても隣にあの社長主導で劇場が建設されていると思うとこの劇場の未来があまりにも不憫である。
この劇場の五倍ぐらい大きな建物が建設されていたぞ。
なんなら前のあの公園も範囲に入っている様子。
つまりあの人、土地ごと買ったらしい。
この劇場だけが取り残されている。
(俺がこんなことを思うのはおかしいだろうけれど、社長が無理にこの劇場を買収しなかったのは残酷な優しさからなんだろうな)
周辺が買収され、大きな劇場が隣にできたらこの廃れた古い劇場の立場は――どんどん悪くなる。
かなり惨めな気持ちになるだろう。
見たところこの劇場はすでに満席には程遠い。
劇場持ちの劇団が減少している中、劇場そのものが減ってしまうのはかなり痛いだろう。
大きな劇場があるのは、それ自体劇団にとってはありがたいことだ。
人が集まる新しい劇場で演じたいのは演者として当然の思いだろう。
この劇場の未来は、まったく先が見えなくなるけれど。






