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観劇デート?(2)


「先輩たちは――」 

「僕たちは来年だね。少し悔しくもあるけれど、やはり珀くんたちのBlossom(ブロッサム)のやり方は盛大に真似される。僕も来年デビューだよ」

「そうなんですね! もしかして、雛森先輩と檜野先輩と三人で新グループ、ですか?」

「いや、プラスで何人か合流する予定だね。秋野さんよりもプロデューサーが大人数の方がいいと言い出してね」

「へぇ……? 何人くらいでデビューするんですか?」

「ふふ……内緒♪ まだまだ社外秘だからね。これ以上はちょっとね」

「あ、そうですよね。すみません」

「ううん。淳くんに興味を持ってもらえて嬉しいよ。でもどうせなら、もっとプライベートなことを教えてほしいし、聞いてほしいなぁ?」

「プライベートなこと、ですか?」

 

 プライベートなこと……と、言われて頭の上に宇宙が浮かぶ。

 アイドルに、プライベートなことを、聞く?


(いやいや、アイドルにプライベートのことを聞くなんてありえなくない? だってアイドルのプライベートはアイドルだけのものだぞ? アイドルのプライベートを聞くなんてドルオタの風上にも置けないだろう……!)


 特に東雲学院のアイドルは一年生の時からくどいくらいにプライベートをファンに教えることはないよう授業で教わり、そういう意識を植えつけられる。

 それなのにプライベートを聞くだなんて。


「う、うーん……えーと……うーーーん……」

「ふふふ。真面目に考えてくれて嬉しいな。まあ、あまり深く考えないでいいよ。たとえば――ほら、休みの日はなにをしているのかな、とか」

「最近休みらしい休みがなくて……」

「えー?」

「ドラマの収録が入っているんです。他にも事務所のレッスンやグループの方の事務仕事など……結構忙しくて」

「ああ、二年生の頃って三年生のサポートとかで結構時間が取られるものね」

「お待たせしました」


 注文したパンケーキが届く。

 犬の耳を模った三角の小さなパンケーキに、顔のようにクリームとチョコチップが並べられる。

 芳しいコーヒーの香りと甘ったるいケーキと生クリームの香り。

 見た目は可愛いし、周りのお客さんが写真を撮るのもわかる。

 朝科も淳も写真に撮影して、とりあえず後日投稿するということで。

 どちらも食欲を十分に刺激する。

 

「いただきます〜。……あ、ソースが別になっているんですね」

「さすが流行りのカフェだね。ソースの入れ物がすべてオーダーメイドなんだね。面白い〜」

「ですね」


 こんなところにリソースを割いてもね、と淳にしか聞こえない小声で呟き、嘲笑のように笑う。

 ソース入れもまた、映えを意識したものだろうけれど、確かにこの程度の工夫では長続きはしないだろう。

 一時的な人気で十分利益になるのかもしれない。

 こういう飲食店は一時期に盛大に稼ぎ、その時の利益を次の流行りに注ぎ込む……というような稼ぎ方をする。

 このカフェは典型的な“その時期限り”だ。

 でもその“今だけ”という限定的で特別な感じを、人々は求めているのだろう。

 無自覚に。残酷に。

 アイドルも似たようなもの。

 朝科の嘲笑のような笑みには、こういった流行りカフェとアイドルに通じるものに対する複雑な感情が見え隠れしている気がする。

 

「そういえば淳くんは妹さんがいるんだっけ? 東雲アイドル推しって聞いたことがあるんだけれど」

「そうです。妹も――というか、妹が? 実は、小学生の時に……」


 特に隠していることでもないので、淳と智子が不審者に襲われかけた時の話をした。

 神野栄治はなんてこともないようにあっさりと男を組み敷いて、うつ伏せにしてその背中に腰掛けたのだ。

 人間、人体構造的にうつ伏せの状態で背中に錘を載せられると、動けなくなる。

 ちゃんと鍛えている人間なら腕立て伏せの容量で起き上がることもできただろうが、中年太りをした男にはとても鍛えていた神野を退かすことなどできなかった。

 しかも、その状態のまま優雅に警察に通報し、男に説教しつつ淳たちを安心させるように語りかけてくれたのだ。


「あの人は俺と妹を守って助けてくれた。あの日からずっとあの人は俺と妹にとって騎士で、ヒーローなんです。あの時あの人が来てくれなかったら、今頃二人でどうなっていたか」

「そう、なのか。……普通一般人相手にそこまでのことをするなんて、当時だったら炎上しそうだけれど」

「そうですよね。でも見て見ぬふりをしなかったんですよ。あの人は」


 現在の東雲学院芸能科のアイドルなら見て見ぬ振りが一番無難だろうか。

 淳なら――同じことができただろうか?

 あの時の神野栄治と、柳のために不審者を切り飛ばした鏡音の姿が重なる。

 炎上覚悟で人を救える人は、果たして何人いるのだろう?


「なるほど。君が東雲学院のアイドルを取りこぼしもなく応援してくれていたのは、そうして救われた経験があってのことだったんだね」

「そうかもしれません。でも、『神野栄治』というアイドルに憧れてアイドルという存在を好きになって、一人でも多くのアイドルを愛したいって思うようになったのは……アイドルになろうとしている人たちが頑張っているからですよ? 俺、頑張っているアイドルを応援するのが好きなんです! 一人でも多くのアイドルが、一秒でも長くアイドルでいてくれたなら、って思います」


 入学の時からずっと思っていたことだが、そこに、とある人と出会ってからもう一つ意味が加わった。

 御上千景に出会ってから、知った『音無淳』というアイドルもいること。


(俺も今はアイドル。応援してくれる人がいる。……頑張らなきゃ)


 応援してくれる人のために。

 アイドルでいようと思うようになった。

 一秒でも長く。



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