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Blossomの初ライブ

 

『以上、十八組でエントリーした東西新人グループは終了です。合否については後日、学校の方にお送りいたしますのでお待ちください。さて、それではいよいよ――デビューライブです!』

 

 イベント会社の司会女性により紹介された『Blossom(ブロッサム)』が手を振りながら現れた。

 白基調の生地に、騎士を思わせるシャープなデザイン。

 裾は左側だけが長く、縁は四人のイメージカラーになっているらしく綾城は“琥珀”をイメージしたゴールド、神野栄治は彼が好きだと言っていたラズベリー、鶴城一晴も髪色にちなんだ瑠璃色、甘夏はブラック。

 

「脚が長すぎる……顔が良すぎる……一生推す……」

「わかる。やばい、尊い。本物の栄治様と珀様と一晴先輩、本物だぁ……やばぁ……」

「きゃー! 栄治様ー! 珀様ー!」

 

 涙を耐え、語彙を失い、震えたり叫んだりする音無家にドン引きしつつやや距離を取ろうとした魁星と周。

 しかし、背中にはもう若い女性たちが集まってペンライトを振っている。

 その歓声で、それ以上下がれなくなった。

 

「珀様~!」

「一晴~! 愛してるー!」

「アイドルに戻ってきてくれて嬉しいよおおお!」

「栄治様~!」

 

 それらの歓声を聞いて、魁星と周が顔を見合わせる。

 それが――アイドルというものなのだと、その時初めて“見た”のだ。

 淳が熱く語る“アイドル”。

 映像で見るだけだった“アイドル”。

 民衆を熱狂させる歌って踊る存在。

 自分たちが“アイドル(それ)”になるという自覚が足りなかったのだと、周りを見てやっと思い知った。

 イントロが始まり、立ち位置についた四人が一斉に目を見開いて客席の方を見る。

 目が合った気がした。

 歌い始めは綾城。

 最初の一言目でもう、胸にジワリと熱が灯る。

 ダンスもキレがよく、かと思えば曲調に合わせて滑らかにもなり、指先から足先、表情まで完璧に意識しているのが伝わってきた。

 その上、圧倒的な歌唱。

 緩急も強弱も四人ぴったり。

 特に鶴城と甘夏のダンスと声量は聴き心地がよく、耳を惹く。

 立ち位置が入れ替わる振り付けと、体が一緒に踊り出しそうなノリのいい曲。

 弾むような激しさの中に、綾城と神野の艶と色気を纏う声色が胸を熱くさせた。

 あっという間にAメロ、Bメロ、サビが終わる。

 間奏に入ると神野が一歩前に出て、左手を客席に向けた。

 目を細め、男も魅入るほどの妖しい笑みを浮かべ――

 

「おいで」

 

 というセリフ。

 背筋にゾクッという謎の電流が走る。

 次の瞬間、隣の兄妹が――倒れた。

 

「淳ちゃん!? 智子ちゃん!?」

「ええええ!? ちょ、淳のお母さ……!?」

 

 息子と娘が最推し、神と崇める神野の色気たっぷり「おいで」に失神。

 音無母も時間差でしゃがみ込んだ。

 警備員が駆け寄ってきて倒れた三人を抱えて「こちらに」「他にも失神者が……! 控え室に運ぶぞ」と連れて行こうとするので魁星と周も付き添った。

 倒れた拍子に三人が落としたうちわは、ちゃんと周が拾って。

 

 

 

 それから一時間後、十人近くが失神して寝かされた部屋で淳が目を覚ます。

 それに気づいた周が、ペットボトルの水を差し出した。

 

「大丈夫ですか? 起きられそうですか?」

「こ、ここは……? ライブは……」

「途中で倒れたんですよ。覚えてますか?」

 

 腕を引っ張り、周に起こされる淳。

 魁星は智子と音無母のそばにいた。

 淳が起きると、近くに移動してくる。

 頭を抱えつつ上半身を起こした淳が辺りを見回すと、広い部屋にマットを敷かれ、その上に様々な年代の女性が寝かされていた。

 周に「覚えていますか?」と聞かれて記憶を辿り、最後に見たものを思い出すとまた意識が飛びそうになる。

 

「あ……い……あ……ラ、ライブを最後まで観届けられなかったばかりか、ライブ中に失神してスタッフの皆様にご迷惑をおかけしてしまうなんてドルオタとしてなんという失態……! でも、あんな威力のイケボ『おいで』を栄治様からいただいて正気でいられるわけがない……! ああああ……!」

 

 オタクの葛藤難しい。

 しかし、魁星も周も体験して、実感してしまった。

 淳の言っていることは正しい。

 男で、神野栄治に興味のない魁星と周でさえも背筋にぞわりと粟立つようなあの感覚。

 神野栄治のファンなら倒れても仕方ない、と納得させられた。……わからされた。

 

「俺らも最後まで観れなかったけど……めっちゃ勉強になったわ」

「んえ?」

「ああ。あれが『アイドル』なんですね。人に見られることを理解している歌と踊り。人を魅了する視線や表情や声色。引き込まれ、目を離せなくなった。一瞬でも目を逸らしたくないと思ってしまう……いや、ステージに立つ側は、客の視線を集めなければいけないんですね。集めて、夢中にさせなければならない。……あれが“プロ”なのだと」

 

 自分たちのステージを思い出して、今の全力を出し切れたと思うけれど、それでも足元にも及ばないと。

 それを聞いて、二人の真剣な表情に淳は少しだけ驚いてからふわ、と微笑んだ。

 

「うん、すごかったね。本当、最後まで観たかった……生で」

「お、おう、そだな」

「悔やんでも悔やまれぬ……明日の『SBOソング・バッファー・オンライン』のオンリーライブは絶対気絶せずに乗り越えたい。栄治様、好き!!」

「「うん……」」

 

 とりあえず――淳の頭の中は生ライブを最後まで見届けられなかった後悔最優先になっているな、と悟った魁星と周は自分たちの中だけで決意を新たにしておけばいいかな、と思った。




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